レトロミライ

宗園やや

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後編

第65話

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 雛白邸三階に有る会議室に向かって廊下を歩く、青いセーラー服姿の明日軌。
 ふと足を止め、長い髪をポニーテールにした頭を窓の外に出す。雛白自警団積め所の庭に、十万人もの兵が整然と列んでいる。兵の正面に設置された壇上で、軍服姿の小倉が大声で激を飛ばしていた。敵を倒し、生き延び、故郷を取り返そう、等と言っている。
「良く考えれば、ウチだけでこの広い街を守れていた事が不自然なのよね」
 こうして日本国中が避難する状況になって、他の名失いの街を守る部隊は千人を超えている事が当たり前な事を知った。
 越後の名失いの街を守る雛白部隊は五百人弱しか居ない。
 名失いの街とは蛤石が生えている街の事で、地名を無くす事で周囲に危険を知らせている。
 しかし、蛤石の無い普通の街でも神鬼の襲撃が有る。だから普通の街でも数百人の市民で結成された自衛部隊が有る。
 雛白部隊は、そうした自衛部隊規模しか無かった事になる。
「のじこさん達が一生懸命戦ってくださるおかげです」
 後ろに控えるハクマが言う。
「ええ。だけど、頑張って何とかなるのなら、今のこの危機的状況にはならないんだけれども」
 この街を攻めるのは最後の最後と言っていたのは樹人であるエンジュだったから、今までずっと手加減されていたんだろう。
 龍の目で街中を見てもどこに居るか分からないあの娘は、今はどこで何をしているのだろうか。
 ぷいっと窓から身体を離し、会議室に向かう明日軌。
 ノック無しでドアを開けると、色取り取りの瞳が一斉に明日軌に向けられた。部屋の中では、十才から十八才までの少年少女達が、立ったままで複数のグループを作っていた。
 明日軌は堂々と部屋を進み、白い壁の部屋の中心に置かれた巨大な木製テーブルの上座に立った。
「お待たせしました。私が貴方達、混合妹社隊の指揮を取る雛白明日軌です。着席してください」
 統率の欠片も無く、ダラダラとテーブルの周りに置かれたパイプ椅子に着く若者達。
 それを見届けてから、明日軌も椅子に座る。
 龍の目で軽く全員を見たが、敵に接触した子は居ない。この子達に不安要素や問題が無くて安心した。
 頭痛を顔に出さない女主人の着席を確認したコクマが白いメイドを従えて入室し、全員の前にオレンジジュースを置いた。
 明日軌の前には、更にハクマが数枚の紙を置く。その紙を見ながら話を始める明日軌。
「まずはみなさんの顔と名前を覚えます。名前を呼ばれたら返事をして立ち上がってください」
 最初は雛白妹社隊の三人の名前が呼ばれた。
 のじこ、蜜月、エルエルの順に立ち上がり、一礼してから座る。
 紙を捲り、続ける明日軌。

「小倉妹社隊。妹社哲也」
 立ち上がったのは、生意気そうな少年。
 十二才。

「妹社雄喜」
 気弱そうな少年。
 十二才。

「ベン・イモータリティー」
 チリチリ髪の黒人少年。
 十三才。

「沢井妹社隊。妹社大輔」
 糸目の青年。
 十七才。

「妹社守人」
 小太りで、すでにジュースを飲み干している青年。
 十七才。

「妹社ユイ」
 ウエーブが掛った髪を持った美人。
 十六才。

「エリカ・イモータリティー」
 ユイに負けない美貌の金髪少女。
 十八才。

「黒沢妹社隊。妹社一春」
 爽やかな短髪の青年。
 十六才。

「妹社萌子」
 座敷童の様なオカッパ少女。
 一春とは実の兄妹関係に有る。
 十三才。

「カイザー・イモータリティー」
 体格の良い黒人男性。
 大人にしか見えないが、十八才。

「青井妹社隊。妹社翔」
 ツンツン髪の青年。
 十八才。

「妹社隆行」
 勇ましい目付きの青年。
 十八才。

「妹社キノ」
 みつ編み少女。
 十六才。

「妹社凛。ただし彼女は見た通り妊娠中ですので、非戦闘員となります」
 短髪だが前髪は長い少女は申し訳無さそうに頭を下げる。
 十七才。

「知ってるぜ。青井妹社隊って、一度敵に寝返った奴等だろ?」
 妹社哲也が断わりも無く発言した。
 隣りに座っている気弱そうな雄喜が止めるが、構わず続ける。
「そんな奴等と戦うのかよ。最後の最後でまた寝返るんじゃねぇのか?」
「哲也くん。小倉様は、勝手な発言を許される様な良い加減な方なのですか?」
 生意気そうな少年の反抗的な返事が来る前に続ける明日軌。
「そうではない事は、私も知っています。哲也くん。小倉様の顔に泥を塗る行為は止めなさい」
 哲也は唇を尖らせて拗ねた顔をしたが、反抗せずに口を噤んだ。
 雄喜はしきりに無言で明日軌に頭を下げている。
 妹社はこうして共生欲を刺激してやれば大人しくなる。
「彼等による裏切り行為はすでに解決しています。蒸し返しても意味は有りません。以後、この事について語る事は私が禁じます。良いですね?」
 この様な流れになったら絶対に口を開くなと事前に言って置いたので、青井妹社隊の四人は居心地悪そうに押し黙っている。
 微妙になった場の空気を全く気にせずに、ウエーブ髪の美人がスッと右手を挙げた。
「ユイさん。どうぞ」
「しかしそれでは示しが付かないのでは? 彼等のせいで蝦夷が落ちたのも事実です」
「確かにそうです。ですがそれは、蝦夷を狙う敵に身重の凛さんが誘拐され、仕方無く行ってしまった事なのです」
 居たたまれなくなった凛が「すみません」と小声で言って小さく頭を下げた。そんな凛の腿の上に有る妻の手をそっと握る翔。
「妊娠中の妹社が極端に弱くなる事は余り知られていません。二十才以上の妹社は数人しか居ませんからね。ですが、同じ女性であるユイさんには理解出来るでしょう?」
「知識としては、どう言う精神状態かは知っています。一応、理解出来ます」
 妹社が妊娠すると、自身の胎児に共生欲が向く。そのせいで心が内向きになり、鬱状態になり易い。
「しかし、凛さんは無事でここに居ます。だから解決している事なのです。彼等が再び敵にくみする事は絶対にありません。私がそう確信しています。身重な凛さんを更に責めるのは酷です」
「……分かりました」
 渋々納得するユイ。
「さて。本題に入りましょう。撤退戦を行ってらした小倉妹社隊と沢井妹社隊のみなさんは身を以ってご存知でしょうが、我々人間は存亡の危機に陥っています」
 名簿の紙を脇に退かし、テーブルの上で指を組む明日軌。
「冬の前に、必ず敵の総攻撃が来ます。この街が私達の最終決戦地です」
 明日軌はゆっくりと妹社達を見渡す。全員が壮絶な戦いを予想し、緊張した面持ちになっている。
「街中の敵は自警団に任せます。妹社隊は、街の外から攻めて来る、中、大型を倒す事が主な仕事になります。コクマ」
 名前を呼ばれて深く頭を下げた黒メイドは、明日軌の背後の壁に街の地図を貼った。
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