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後編
第79話
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「私が断わるのが分かっていたみたいね」
蜜月がそう言うと、エンジュは余裕たっぷりの顔で頷いた。
「分かっていた、と言うより、どんな結果でも私のプラスになるから、どう答えられても良い、と言う感じです」
「えっと……?」
怪訝な顔をしている蜜月に天使の様な笑顔を向けるエンジュ。
「蜜月さん私達の側にいらっしゃった場合。貴女は神の位に。私は最高位の貴族になります。たった二人の、本物の樹人として」
「神、ねぇ。拝まれるのかな」
「全ての人の頂点、と言う意味なので、王と言う言葉がしっくり来ますね。女王。拝まれもします、土下座もされます。そして、……ん?」
視線を伏せたエンジュは、耳に嵌めている小さな機械に手を当てる。
「……北側の街の端で、雛白明日軌発見、ですって。意外に早く見付かったわね。あの穴、そんな所まで繋がっていたのね。そこまでして逃げたかったか」
振り返り、破壊された通信機器が残されたままの無人テントを見るエンジュ。
「エンジュ。明日軌さんをどうするつもり?」
蜜月に訊かれ、クス、と笑うエンジュ。
「あの子を生かして置けば、次の龍の目を持った子が現れない。次の子は良くない未来を呼ぶらしいので、薬漬けにしてでも言いなりにさせるそうね」
「薬……」
「まぁ、それも予想しているのでしょうね。蜜月さん、落ち付いていらっしゃるし」
「明日軌さんを助けるのは私じゃありません。私は、ここを守るのが任務」
「なるほど」
肩を竦めるエンジュ。緑色の髪が冷たい風を受けて揺れる。
「こうして向き合っている状況からすると、これからキーフルーレの取り合いになると予想します。しかも、雛白明日軌は蜜月さんがキーフルーレを使っている場面を龍の目で見ている」
「明日軌さんから、そう聞いています」
「私は蜜月さんに倒されるのかしら。いえ、殺される。だって、私は死んでもキーフルーレを貴女に渡さないから」
「どうして?」
「キーフルーレを持てるのは、純粋な樹人の証だから。つまり、これを持っている限り、私は蜜月さんの代わりに神の座に上がれる」
「貴女は神になりたいの?」
「まさか。でも、死ぬまで贅沢な暮らしが約束される。それはとても魅力的」
エンジュは、石と石を擦り合わせる様な独特な音を立ててゆっくりキーフルーレを抜く。鞘も石で出来ているらしい。
そして銀色の切っ先を蜜月に向けた。
「未来は私が生き残っている。それでも?」
蜜月はエンジュから目を離さずに雛白邸玄関の柱まで下がり、そこに歩兵銃を立て掛けた。
そして、そこに隠す様に置いておいた日本刀を手に取る。
「蜜月さんなら理解して貰えると思います。本当の樹人は、争いを好まない穏やかな種族。私は、戦いを起こす存在の全てを嫌います」
「分かります。私も、私の友人が殺されていなかったら、今ここに居なかったかも知れない」
エンジュは僅かに悲しげな顔になる。
「猿人に戦いを挑むと言う計画が反対されなかった。反対が有ったとしても、黙殺されている。それはつまり、私達は戦いを好む猿人と同じと言う事」
大きく息を吸い、長く吐くエンジュ。憤怒なのか憂いなのか、肩が震えている。
「私達には猿人の血が濃い人しか居らず、本当の樹人が居なかったと言う事。それに気付かなかった私達の先祖を、プリンセス候補の私は憎む」
一転、にっこりと微笑むエンジュ。
「戦いましょう、蜜月さん。死ぬか生きるかの真剣勝負です。私がここで死んでも、私の望みは叶います」
邪魔そうなスカートを翻したエンジュは、フェンシングの構えを取る。
この時の戦い方を教えてくれた明日軌の言葉を思い出す。
フェンシングは、突きを主体とした剣技。その攻撃は正に神速で、目で見て避けるのは不可能に近い。
しかし突きは直線的なので、動きを予測すれば対等に戦える。弾丸を避けられる妹社なら勝ちも有り得るだろうと、フェンシングの使い手であるエリカと特訓もした。
「死んでも良いって事?」
訊きながら日本刀を抜く蜜月。
エンジュは頷く。
「吐き気がする程嫌いな男の子供を産まなくて済むんですもの。結果、気高くも間違った道を歩んだ樹人の血が途絶える」
キーフルーレを振ったエンジュは、何かの儀式なのか、複雑に空気を切った。そして祈る様に空を仰ぐ。青かった空は、いつの間にか灰色の雲に塞がれていた。
「でも、素直には死にません。贅沢な暮らしも私の望み。死と言う運命に抗える程に。行きますっ!」
高い踵をカカカと鳴らして一気に間合いを詰めて来るエンジュ。
蜜月は真横に身体をずらし、大仰に第一撃を避ける。
エンジュの緑の長い髪と、蜜月の外国の犬の様な形の長い髪が、人を超えた体裁きを表すかの様に派手に広がった。
蜜月がそう言うと、エンジュは余裕たっぷりの顔で頷いた。
「分かっていた、と言うより、どんな結果でも私のプラスになるから、どう答えられても良い、と言う感じです」
「えっと……?」
怪訝な顔をしている蜜月に天使の様な笑顔を向けるエンジュ。
「蜜月さん私達の側にいらっしゃった場合。貴女は神の位に。私は最高位の貴族になります。たった二人の、本物の樹人として」
「神、ねぇ。拝まれるのかな」
「全ての人の頂点、と言う意味なので、王と言う言葉がしっくり来ますね。女王。拝まれもします、土下座もされます。そして、……ん?」
視線を伏せたエンジュは、耳に嵌めている小さな機械に手を当てる。
「……北側の街の端で、雛白明日軌発見、ですって。意外に早く見付かったわね。あの穴、そんな所まで繋がっていたのね。そこまでして逃げたかったか」
振り返り、破壊された通信機器が残されたままの無人テントを見るエンジュ。
「エンジュ。明日軌さんをどうするつもり?」
蜜月に訊かれ、クス、と笑うエンジュ。
「あの子を生かして置けば、次の龍の目を持った子が現れない。次の子は良くない未来を呼ぶらしいので、薬漬けにしてでも言いなりにさせるそうね」
「薬……」
「まぁ、それも予想しているのでしょうね。蜜月さん、落ち付いていらっしゃるし」
「明日軌さんを助けるのは私じゃありません。私は、ここを守るのが任務」
「なるほど」
肩を竦めるエンジュ。緑色の髪が冷たい風を受けて揺れる。
「こうして向き合っている状況からすると、これからキーフルーレの取り合いになると予想します。しかも、雛白明日軌は蜜月さんがキーフルーレを使っている場面を龍の目で見ている」
「明日軌さんから、そう聞いています」
「私は蜜月さんに倒されるのかしら。いえ、殺される。だって、私は死んでもキーフルーレを貴女に渡さないから」
「どうして?」
「キーフルーレを持てるのは、純粋な樹人の証だから。つまり、これを持っている限り、私は蜜月さんの代わりに神の座に上がれる」
「貴女は神になりたいの?」
「まさか。でも、死ぬまで贅沢な暮らしが約束される。それはとても魅力的」
エンジュは、石と石を擦り合わせる様な独特な音を立ててゆっくりキーフルーレを抜く。鞘も石で出来ているらしい。
そして銀色の切っ先を蜜月に向けた。
「未来は私が生き残っている。それでも?」
蜜月はエンジュから目を離さずに雛白邸玄関の柱まで下がり、そこに歩兵銃を立て掛けた。
そして、そこに隠す様に置いておいた日本刀を手に取る。
「蜜月さんなら理解して貰えると思います。本当の樹人は、争いを好まない穏やかな種族。私は、戦いを起こす存在の全てを嫌います」
「分かります。私も、私の友人が殺されていなかったら、今ここに居なかったかも知れない」
エンジュは僅かに悲しげな顔になる。
「猿人に戦いを挑むと言う計画が反対されなかった。反対が有ったとしても、黙殺されている。それはつまり、私達は戦いを好む猿人と同じと言う事」
大きく息を吸い、長く吐くエンジュ。憤怒なのか憂いなのか、肩が震えている。
「私達には猿人の血が濃い人しか居らず、本当の樹人が居なかったと言う事。それに気付かなかった私達の先祖を、プリンセス候補の私は憎む」
一転、にっこりと微笑むエンジュ。
「戦いましょう、蜜月さん。死ぬか生きるかの真剣勝負です。私がここで死んでも、私の望みは叶います」
邪魔そうなスカートを翻したエンジュは、フェンシングの構えを取る。
この時の戦い方を教えてくれた明日軌の言葉を思い出す。
フェンシングは、突きを主体とした剣技。その攻撃は正に神速で、目で見て避けるのは不可能に近い。
しかし突きは直線的なので、動きを予測すれば対等に戦える。弾丸を避けられる妹社なら勝ちも有り得るだろうと、フェンシングの使い手であるエリカと特訓もした。
「死んでも良いって事?」
訊きながら日本刀を抜く蜜月。
エンジュは頷く。
「吐き気がする程嫌いな男の子供を産まなくて済むんですもの。結果、気高くも間違った道を歩んだ樹人の血が途絶える」
キーフルーレを振ったエンジュは、何かの儀式なのか、複雑に空気を切った。そして祈る様に空を仰ぐ。青かった空は、いつの間にか灰色の雲に塞がれていた。
「でも、素直には死にません。贅沢な暮らしも私の望み。死と言う運命に抗える程に。行きますっ!」
高い踵をカカカと鳴らして一気に間合いを詰めて来るエンジュ。
蜜月は真横に身体をずらし、大仰に第一撃を避ける。
エンジュの緑の長い髪と、蜜月の外国の犬の様な形の長い髪が、人を超えた体裁きを表すかの様に派手に広がった。
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