ハリボテ怪獣ハンドメイドン

第一回世界大変

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第二十八話:本当にやりたいことは、なに?

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 誰かが俺の身体を揺さぶっている。
 うるさい、疲れているんだ。朝の陽ざしも差していないし、ニワトリの声も聞こえない。まだ夜中だろうに、気持ちよく寝かせてくれ。

「ソーサクさん……ソーサクさん起きてください」

 その夜、俺の安眠を妨害したのは。

「えあ、アロン?」

 行方不明となっていたエフェクト担当だった。
 いったい今までどこで、みんな心配していたんだぞ、とか思い浮かんだ言葉のうちどれから片づけるかを考えていると。

「し、静かに。皆さん起きちゃいます」

 俺の唇に人差し指を当てて、覆いかぶさるような態勢になり耳元で囁いた。

「夜風に、当たりませんか?」

 ちょっと待ってくれないか、寝起きで何にも考えられないんだ。
 返事を聞こうともせず腕を引っ張り上げると、寝ぼけて無抵抗な俺を連れ出した。

 街にはポツポツと明かりが灯り、無休で騎士団の人たちが働いている。アロンは人気のない、それこそカミシモが好きそうなルートを選んで街の外へと向かう。
 歩けば歩くほど灯りから遠ざかっていくにつれ、布団で得た温もりを忘れ、俺の意識も覚醒へと向かう。

「どこへ行くんだよ、真っ暗だぞ」
「……大丈夫、アタシに付いてきて」

 アロンはカバンからテトランプを取り出すと、慣れた手つきで明かりの強さを調節、すぐに二人分の影ができた。一つは完全なる人型。もう一つは背中に大きな四角い影ができている。

「どうしてカバンなんか持ってるんだよ」

 最初に二人で宿の個室で紹介された旅用のものだ。
 アロンは右手でランプを持ち、左手で俺の裾を握りしめ、お構いなしに街道を進んでいく。

「それ以上行くと街から出るぞ。アロン、いったい何がしたいんだ?」

 気が付けば門の前、その先は真っ暗で何も見えない。怪しんだ俺はアロンの腕を振りほどく。
 振り返った彼女の顔は街のほのかな明りに照らされていて、赤い目は俺を見つめている。だが、そこからは何も読み取れない。俺に何をさせたい。
 相手の意図が分からず、俺も口を紡ぐ。しばらく二人で見つめ合うと、アロンはすぅーっと息を吸って。

「……逃げませんか?」

 アロンの声は震えていた。

「一緒に逃げませんか?アタシと、二人で。騎士団は負けた。魔王に勝つ術はない、なくなった。このまま全滅するなら二人で一緒に……」

 その震えた声で懇願する。
 思い返せばアロンは街を出たがっていた。ゴブリンを倒した後、街の中でタウロスサンドを食べる前も、ピノからこの服を買う前も。できるだけ人目に付かないようにして。

「ピノやレタン、カミシモはどうするんだよ?置いていくの?」
「……はい。あなただけならわたし一人で何とかなります。今まで隠していたけど、魔法には自信があります。これでも昔は魔法で人を助けてたんですから。例えばすごく無口な女の子とか、他にもいっぱい」

 カミシモは忍者の里からこの街へ飛ばされてきたと言った。レタンも騎士団に入れずこの街にやってきた。ピノは冒険者を諦めて商人としてこの街にいる。
 でもアロンは違う。彼女の魔法は騎士団の一部隊と同じくらいの力を持っていた。アロンほどの腕があればきっと。

「わたしの魔法があれば一生困らないと思います。いえ、困りません。魔王には負けちゃったけど、逆を言えば魔王でなければ何とかなります。どこか、誰も知らない場所に、二人で……二人だけで暮らしましょう。ソーサクさん」

 戦う人がいない街で、アロン一人があれだけの魔法を使いこなせたのか。何故、あそこでピノが引っ叩いたのか。何故、俺を誘ってくれたのか。
 いつぞやの演劇を思い出す。英雄ファレーノ兄妹と魔王モノ・ヴァレルの一幕。

「アロン……ごめん」

 それまでも、それ以降も魔法を完璧に使いこなしていたアロンが初めて暴発した、たった一度の事故。

「残念だけど」

 あれが事実なら重要な人物がいたはずだ。ダイン・アール・ファレーノ。おそらく、その人は……。

「俺は君のお兄ちゃんじゃない」

 おそらく甘えてきたり、後ろに隠れたりしたのは惚れていたわけじゃなくて、兄を重ねていただけなんだろうな。

「初めまして、アロン・アール・ファレーノ」

 それが正解だというようにアロンは、いやアロン・アール・ファレーノは一瞬、息を吸って目を見開くとそのままうつむいてしまった。

「……分かってるよ、分かってる。お兄ちゃんはこんなに弱くないし、カイジュウとかいうモンスターに変身なんてしない」

 アロンは大切な何かを思い出すように胸に手を当てて、俺を見つめている。

「暗いぞ、もっと元気な顔をして。君を守りながら戦うから、俺を助けてね。合体攻撃で倒すんだ。
 これ全部、お兄ちゃんがアタシに言ってくれた言葉なの。アタシが落ち込んでいたときとか、不安になったら頭を撫でて励まして、二人で戦うときは勇気づけてくれた。ソーサクもそうだったよね」

 どれも覚えている。初めて会って、なんて言ったらいいのか分からず出た言葉。コカトリスにビビり散らして出たそれっぽい言葉。ゴーレム戦で調子に乗って出た言葉。

「お兄ちゃんがいなくなって、どうしようもなくなったときに現れたのがあなた。同じ言葉、同じ仕草、同じ背格好、お兄ちゃんの生まれ変わりだと思った。
 だけど戦い方も撫でる癖も、匂いも違う、そうじゃないって否定しようとした。
 なのに、あなたはアタシの思い出にねじ込んで入ってくる。半分正解で半分間違いだと教えるように」

 アロンはそのまま俺の胸に飛び込んできた。丁度胸の位置、そのまま撫でてと言わんばかりに赤い髪の毛が見える。

「ねえ、あなたは……あなたは誰なの?」

 俺にだけ届きそうなほど小さい声でアロンは囁いた。
 おそらくアロンの兄なら頭をさすって励ましているところだろう。アロンもそれを望んでいるはずだ。だからこそ俺はアロンの両肩を優しくつかむと、ゆっくり引き離す。

「あっ……」

 名残惜しそうな声が漏れる。小刻みに揺れる赤い瞳、今にも泣きだしそうな少女に正体を明かした。

「俺の名前は中島宗作。信じられないかもしれないけど、俺は地球っていう異世界から来たんだ。あの怪獣は劇で登場したものを再現しただけ」

 アロンは目をこすり、星空を見上げて鼻をすすった。それから膝を抱えて座り、ゆらゆらと前後に揺れている。

「あー、納得。カイジュウだっけ、そんな生物この世界にいないもんね。いたとしても遭遇している必要があるし、だとしたらあんなに目を輝かせてたりしないでしょ。襲われたらひとたまりもなさそうな奴ばっかだもん」

 俺も真似して座ると、柔らかな草の感触がお尻から伝わってきた。
 ふふっと隣から笑い声が漏れる。

「正直、楽しかったよ、君と……うんん。君たちと一緒にいると。なんか暑くて暗くて不便な場所に閉じ込められてさ、みんなでギャアギャア騒いで。戦いにくいったらありゃしない。ガイコツ軍団と底なし沼で戦っていたほうがマシだった。
 でも、何より私一人で戦っている感覚がないんだもん。なんかこう、みんなで一緒に戦ってる感じっていうの?」
「お兄さんや他にも仲間がいたんじゃないの?」
「いたよ。みんなアタシとお兄ちゃんを頼りにしてた。だからみんなで戦うっていうより、お兄ちゃんがみんなを守ってた。そんな感じだった」
「お兄さんってそんなにすごい人だったの?」
「うん。お兄ちゃん、剣士やってたけどめちゃめちゃ強くて、そのうえ魔法も勉強もアタシより上。アタシ、お兄ちゃんと勝負で勝ったこと一度もないの。夢……だったんだ。お兄ちゃんに勝つの」

 ピノは言った、アロンはみんなの憧れだと。でもアロンは違うのだろう。お兄さんに一度も勝てなかったアロン。その兄を倒したモノ・ヴァレル。
 彼女の自己評価は、何一つとしてお兄さんに勝てない、大したことない人物になってしまった。最悪なことに兄に勝つチャンスを一生失い、この評価はアロンの中で覆らない。いわばアロンも負け組だ。アロンは兄と魔王に負けてこの街へと逃げてきた。

「そんな中、あなたがやって来て、アタシを必要としてくれた。本当に居心地が良かった。嬉しかったんだ。君とお兄ちゃんと重ねてた部分もあるけど、英雄アロン・アール・ファレーノじゃなくて、ただの女の子アロンとして触れ合ってくれたんだもん」
「魔法目当てだって思わないんだ」
「あははは、面白いこと言うね、スライム捕獲作戦の戦犯になって、劇を台無しにして、チドンのムチ燃やしたのアタシだったよね。おまけにゴーレムもコカトリスもトドメは差していない。あなたと一緒にいるとき、けっこうポンコツだったと思うけど?」

 アロンには色々無理させちゃったし、楽しかったって言ってくれたんなら、俺としても嬉しいな。

「ふふ、恥ずかしいこと言っちゃったね。それで、もう一度聞くよ」

 アロンが俺の手を握る。

「魔王モノ・ヴァレルは強い。中島宗作、アタシと一緒に、逃げて……ください」

 手を握る力が強くなる。風が吹き、テトランプが倒れて俺たちを照らした。
 不安そうに眉をゆがませて、でもルビーのような瞳は俺をとらえて離さない。
 星のきれいな夜に美少女と見知らぬ土地へと駆け落ちする。実に魅力的な提案で、ロマンチックじゃないか。でもね。

「断る」

 アロンの燃えるような瞳が訴えてくる。

「どうして?あなたの能力は戦闘向きじゃない。コカトリスと戦う前も、ゴーレムと戦う前も、消極的だったはず」

 確かにそうだ。俺は悪態つきながらレタンに言われるがまま戦闘に参加した。特撮怪獣を再現できると知ってからはやる気になった。
 なぜ俺は異世界のモンスターと戦った?特撮怪獣になりたいから、エイジン様にアロンを助けてくれとお願いされたから。
 どれも違う。俺が本当にやりたかったこと。熱中症で薄れゆく意識の中、神様に願ったのは。

「モノ・ヴァレルを一発ぶん殴りたいから」
「は?」

 掌からぬくもりが消えた。

「そうさ、俺も君と一緒。俺の好きだった着ぐるみの怪獣はもうすぐいなくなる。新しい技術で生まれた怪獣たちに倒されていくだろう。
 それは嬉しい。でも、でも俺は、あの着ぐるみの怪獣たちが大好きだ。時には頭が燃えて、時には糸が切れて、ひっくり返って起き上がれなくなったとしても。そんな怪獣たちを創るのが俺の夢だった。だからこそ、俺の夢を破壊したリアルな怪獣を一発ぶん殴ってやりたかった」

 アロンの大きかった深紅の瞳が小さくなっていく。驚き、失望、怒り。それらすべてが入り交じったような、何とも言えない悲しい表情だった。

「モノ・ヴァレルとそのカイジュウを重ねたってこと? 八つ当たりじゃん」
「そうなるね。俺の夢を返せって」
「あははは、はは……そっかぁ。ここまで、かな」

 アロンは全てを諦めたのか、暗澹とした夜の闇へと歩きはじめた。
 ここで逃がすわけにはいかない。今度は俺が華奢な腕を放すまいと強く握りしめる。

「まだ俺の質問には答えてない。君のしたいことはなに?」
「……無理だよ。モノ・ヴァレルには勝てない、また失敗する。そしたら、もう」

 俺はモノ・ヴァレルと戦ったのは初めてだ。でもアロンは二回やって二回とも負けた。その初戦で彼女の大切な人を失って。

「もう一度聞くよ。コカトリス戦もゴーレム戦も、逃げようと思えばいつでも逃げられたはずだ。けど君は俺と同じで戦った、俺をお兄さんに見立ててまで。それまでして、やりたかったことは何?」

 だからこそ知りたかった。英雄と呼ばれたお兄さんと比べれば、俺はとんでもなく弱い。そんなアロンが、今一度立ち向かった理由。
 アロンは俺をにらむと歯を食いしばり、腕を振り払うと大声で叫んだ。

「勝ちたい! お兄ちゃんがいなくなって、何もなくなっちゃったけど、このままは嫌だ。
 アタシだって頑張れば何かできるんだって、みんなより魔法が使えるんだって誇れるようになりたい。でもさっき負けちゃった。アタシもお兄ちゃんと同じでみんなを守れなかったの。
 ……失敗したら誰かが死ぬかもしれない。見たでしょ、劇のガオスで。アタシのミスで勇者が死んだことになって、劇が書き換えられちゃった。もしあれが劇じゃなくて現実だったら?もう一度そんなことになったらアタシはきっと耐えられない。耐えられないよぅ、ソーサク」

 彼女は英雄だ。失敗すれば多くの人が傷つくものだと知っていたんだ。
 なら俺はどうだろう。

「失敗か、俺もやったよ。それも取り返しがつかないほど大きいの。だから俺はここにいる。でもね、一度経験したから分かるんだ。一回の失敗で夢を諦めて、叶えられなかったと後悔して、自分を呪いながら死んでいく。これほど辛いことはあるもんか」
「……カイジュウ狂」
「お互い様でしょ、一緒になって魔法ぶっ放してたじゃん」

 うがぁあ、と二人で呻きながら道端に寝転ぶ。星空はきれいだ。
 前世、着ぐるみ着てやんちゃした結果、熱中症でぶっ倒れての異世界転移。振り返ればバカなことをしたなと思うし、原因となったスーツアクターを今でもやっている。

「そうさ俺は怪獣狂。死のうが死ないが、辞めるなんて言えなくて、今はやり方変えてリベンジ中ってところ。俺の大好きな特撮怪獣は、まだまだ戦えるぞって証明するためにね」

 日本で劇場公開された舞台裏。初代ドメイドンは着ぐるみが重くて作り直したし、キセノンは撮影中にピアノ線が切れてしまった。星の数ほどの失敗を乗り越えて夢を叶えた。だから『シン・ドメイドン』は公開されたんだ。俺はそんな作品達を観て育ったから分かる。

「次は大丈夫、成功する。お兄さんの、一人のエースがみんなを引っ張る戦い方は失敗した。でも、俺達の十八番、怪獣のフリ作戦はギリギリ破られてない」
「それで勝てると思ってるの?」
「コカトリスとゴーレムには勝ったけど……勝てると思ってたの?」

 レタンは言った、アロン兄妹ファレーノ家は魔法に秀でていたと。しかし、劇で兄妹が使った合体技は剣技。劇の演出の都合かもしれないけど、魔法使いの必殺技としては不自然だ。魔術のファレーノ家とたらしめる、大魔法があるはずだ。俺とアロンが初めて出会ったときうっかりアロンが口を滑らせた、山も撃ちぬく極太ビームそれこそがきっと。
 星を見ながら立ち上がり、寝ている少女に振り向いて手を差し出した。

「あるんでしょ? 山も撃ちぬく極太ビーム。一緒に完成させようよ。モノ・ヴァレルを倒す必殺技を」

 赤色の瞳が俺の手と顔を交互に見つめてくる。それからいつものように、はぁと大きなため息が返ってきた。

「自力で立てないくせに、人を立ち上がらせるのは上手いですね」

 俺の手に温もりが返ってきた。

「ほんと、そういうところ嫌いじゃないです」
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