「微小生命体転生」シリーズ

ハネクリ0831

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転生したら“カース・マルツゥの蛆”で、金髪美女に食べられた件。

 ――目覚めた瞬間、全身がぶるぶると震えていた。

 いや、正確には“体が勝手に震えていた”。
 俺は丸く白い、ぷにぷにした体をしていた。足は短い。視界はぼんやり。
 そして周囲には……チーズ。どこまでも広がる、濃厚で発酵臭の立ちこめる世界。

「うそだろ……?」
 意識の奥で、前世の記憶がゆっくりと浮かぶ。
 イタリア旅行が好きだった俺は、冗談で友人にこう言ったのだ。

――「カース・マルツゥの蛆って人生楽しそうだよな」――

 まさかそのまま転生するとは。

 チーズ内部の洞窟をうごめきながら、俺は絶望していた。
 周囲には仲間の蛆たちがずるずると進み、チーズを食べ、時折跳ねていた。
 どうやらここは“熟成最終段階”らしく、匂いは強烈で、外から光が差し込んで――

 彼女が現れた。

 金髪の美女。
 白いワンピース、ヨーロッパのカフェテラス。
 まつげが長く、光を弾くような瞳。

「これが……あの噂のチーズね。勇気出して食べてみようかな」

 やめてくれ。
 その笑顔、反則級の美しさなんだが、今の俺には死刑宣告でしかない。

 彼女のフォークがチーズを裂き、俺たち蛆の世界に突き刺さる。

「や、やめ……!」

 叫んでも、人間には聞こえない。
 巨大な影、金髪の女神の指が俺の身体をつまみ上げる。

「ひっ……!」
 景色が一気に離れていく。チーズの洞窟が遠ざかり――

「それじゃ、いただきます」

 ぱくっ

 暗闇。
 湿った温かい空気。
 胃へ向かう滑り台のような咽頭。

 ――食べられた。

◆◇◆

 喉を落ちていく途中、俺は必死に体をくねらせた。
 人間の体内は、まるで巨大な洞窟のようだ。
 食道の壁は波のようにうねり、俺の体を押し下げていく。

「お、おおおお……! これが蠕動運動……!」

 感動してる場合じゃない。

 胃に落ちる前に、どこか壁に食い込めば助かるかもしれない。
 もう本能で体が動き、俺は柔らかい粘膜の隙間に無理やり潜り込んだ。

 直後、胃袋から轟音が響く。

 ぐるるる……!

 胃液の気配。
 その酸の匂いは、生命の本能で理解できるほど“危険”だった。

「ここに落ちたら一撃で溶ける……!」

 俺は必死に粘膜にしがみつき、体を震わせる。
 人間にとっては微弱でも、蛆にとっては全身を痺れさせるような強烈な振動。

 遠くで、彼女の声が響く。

「ん……? なんか、ちょっと変な感じ……」

 頼む、それ以上刺激するな……!
 俺の居場所は彼女の喉奥。ちょっと咳をされたら即死だ。

◆◇◆

 だが、危機はすぐに来た。

 彼女はコーヒーを一口。

 その熱と苦味の霧が迫る。

「ぎゃああああ!?」

 俺は慌てて場所を移動し、別の粘膜の裂け目へ逃げ込む。
 しかし人間の喉は常に動いていて、逃げても逃げても押し流されそうになる。

「落ちたら終わり……でも動かないと押し潰される……!」

 これが“美女体内サバイバル”か。

 ただの娯楽作品なら鼻の中、耳の中を探検して終わりだが、現実は容赦ない。
 ここは巨大な生き物の内部。
 すべてが敵であり、すべてが危険。

◆◇◆

 しかし、転機は訪れる。

 ――くしゃみ。

「っくし!」

 瞬間、吸い込まれるような風が発生し、俺の体は外へ押し出された。
 つまみ出されるようにして喉から口腔へ弾き返され、かろうじて歯の奥にしがみつく。

「……た、助かった……?」

 彼女は口元を押さえ、少し涙目でつぶやいた。

「ちょっと強かったかな……このチーズ」

 その瞬間、俺は決意した。

「絶対に生きて帰る……! 俺はチーズに戻るんだ……!」

 金髪美女の歯の隙間に潜みながら、俺の“第二の異世界生活”が始まった。

喉奥の歯の隙間にしがみついていた俺は、つかの間の勝利に安堵していた。

――が、その油断が命取りだった。

彼女がふと、舌で奥歯をなぞる。

「うっ……!」

滑る。
舌は巨大な生物の筋肉そのもので、湿った壁のように迫り、俺の体を容赦なく押し出した。

「ちょ、待っ――うわああああああ!」

転げるように口腔を滑り、再び喉奥へ真っ逆さま。
さっき命からがら逃げた“螺旋坂”を、今度は加速しながら落ちていく。

喉がぎゅうっと収縮する。

 ――蠕動運動、発動。

「ぎゃあああああ! それは反則だってぇぇ!」

俺の小さな体を、巨大な筋肉の波が飲み込み、押し流す。

洞窟のような食道がうねり、俺を圧縮しながら下へ下へと搬送していく。

――ズズッ、ズズズズッ。

音が生々しい。

そして、視界の先で何かが広がる。

「や、やばい……!」

そう、そこは胃袋。

薄暗いドームのような空間。
底では泡が弾け、どろりとした液体が音を立てている。

 じゅわ……

「うわ……やっぱり落ちたら即死だこれぇ!」

俺は最後の力で食道の側壁に爪(のようなもの)をひっかけた。

が――

 ぬるっ。

粘液だ。
蛆の身体では全く太刀打ちできない。

「いやだああああああああああああ!」

そして、俺は落ちた。

 ぱしゃっ!

胃液……ではなく。

何か柔らかい“表面”に落ちた。

「……え?」

胃液の池ではなく、食べかけのパンの塊の上だった。
食べ物は完全に溶ける前、島のように浮かんでいるらしい。

「神よ……ありがとう……!」

しかし、安心した次の瞬間、胃袋の壁が蠕動し、巨大な波が迫る。

パン島は傾き、泡が上がり、俺の体は滑る。

「まだ死にたくないいいい!」



◆切り替わり:金髪美女視点◆

カフェテラス。
彼女はテーブルにコーヒーを置き、喉に違和感を覚えていた。

「ん……? なんか……変」

さっきのチーズのせい?
いや、食道の奥が“むずむず”している。

(虫……とかじゃないわよね……?)

そんなわけない、と自分に言い聞かせる。

でも――

「……今、動かなかった?」

首筋に冷たい汗が伝う。
体の内部で“何か”が動くなんて、普通ならありえない。

もう一度、ゆっくり深呼吸。

だがその瞬間。

 ぐるるる……(内部で小さな衝撃)

「ひっ……!?」

胸のあたりで“微妙な振動”が走る。
まるで、微生物では説明できないほどのサイズのものが、ひっかいているような……?

(えっ、えっ、ちょっと待って……なにこれ……!)

胃が「きゅるっ」と鳴る。
ただの消化音にしては……妙に“意志”を感じる。

彼女は思わず呟いた。

「ねぇ……ほんとに何かいる……?」

(いやいや、落ち着いて、虫は……全部噛み殺した……よね……?
 チーズには……いるけど……生きたままとか……さすがに……)

――その時。

胃の奥で、微かに**“ぴちっ”**という跳ねるような振動がした。

完全にそれは、ただの消化じゃない。

「やっぱりいるぅぅぅぅぅ!?」

彼女は思わず椅子から浮きかける。

目の前の友達が驚いて声をかける。

「ど、どうしたの?」

金髪美女は震える声で答えた。

「……お腹の中で……なんか……動いてる……」

パンくず島の上で踏みとどまっていた俺だったが――

 ごごごごご……!

胃袋の奥が揺れた。

次の瞬間、壁面が大きく収縮し、波のような胃液が盛り上がる。

「や、やばい、これまさか――」

 胃液津波。

「いやああああああああああッッ!?」

白濁した液体が壁から溢れ、俺のパン島に迫る。
温度は高く、ほんのり酸の匂い。
触れたら一瞬で溶けるのは、蛆の本能が理解していた。

俺は急いでパン島の端へ移動し、必死にしがみつく。

津波が襲いかかる。

 ぼしゃああああああ!

パン島は傾き、俺の身体は空中へ投げ出された。

「ひぃぃいいいぃッ!」

幸い、着地したのは別の“まだ溶け切っていない食べ物”の上だった。

――が。

その食べ物が、ゆっくりと沈んでいる。

胃液に。

「落ちる落ちる落ちる落ちるッ!」

俺は必死で粘膜側の“高台”へ向かって這い上がる。
胃壁はぬるぬるしていて、登っても登っても滑る。

そして第二波が来る。

 どぷん……!

もうだめかと思った瞬間だった。

胃袋の底がぐっと収縮し、渦が生まれた。

渦はゆっくり、螺旋を描いて中央の穴へ向かって流れていく。

「これ……幽門……!」

胃と腸を繋ぐ出口だ。
消化物はここから押し出される。

飲み込まれれば命の保証はないが、
ここに居続ける方が確実に溶ける。

「……流されるしかねぇ……!」

俺は渦に身を委ねた。

胃液が周囲を回転しながら俺を吸い込む。

暗闇へ――

 ずるっ

滑る。

押される。

そして――

 キュッ、と締まるような圧力。

喉とは違う、もっと強烈な蠕動。
消化物と一緒に、俺は奥へ押し出された。

幽門を抜けた瞬間、空間が一気に変わる。

そこは胃より狭く、ぬるりとした壁に囲まれた管状の世界。

「ここが……十二指腸……!」

胃とは違う匂いが漂う。
酸の匂いは薄れ、代わりに“石鹸みたいな苦味”を感じる。

人体知識がなくても、本能でわかった。

これは――

 胆汁と膵液。

アルカリ性の液体が微量に混ざり、
胃酸を中和して食べ物をドロドロに分解する場所。

蛆の身体にとっては“違う方向で死ねる毒液”。

「や、やばい……酸でもアルカリでも死ぬのかよここ……!」

狭い腸壁は絶えずうごめき、俺を押しつぶすように収縮する。

 ぎゅっ……ぎゅううう……

「うおおおおお押すな押すなぁぁぁ!」

そこへ、膵液の滴がぽたりと落ちる。

俺の前にあった食べカスが、一瞬で白く溶けた。

「あれ絶対触れたら死ぬやつだろおおお!」

逃げようとするが、腸壁は容赦なく蠕動する。
ぎゅっ、ぎゅっ、とリズムよく押し流され、前へ前へと運ばれる。

十二指腸は長くない。
すぐに次のカーブが見えてきた。

「うわっ、また来る、押され――」

 どぷっ

膵液の小さな溜まりに片足が触れた。

「ぎゃああああああああああ! しみるうぅぅぅぅ!」

蛆なので低耐性、ちょっと触れただけで灼熱。
俺は必死に体をくねらせて抜け出す。

そして、ついに第二カーブを曲がると……

眼下にはさらに長い“本当の腸の世界”が続いていた。

「……終わらねぇ……!」

俺は半ば泣きながら、腸という名のジェットコースターを流されていった。

十二指腸の苦痛ラインを過ぎ、俺は小腸へ押し出された。

ここは……とにかく長い。
胃や十二指腸とは違い、空間が“森林”のように見える。

壁面には無数のひだ。
さらにそのひだから、**細かい毛のような突起(絨毛)**がびっしり生えている。

まるで触手のジャングルだ。

「うわ……ここ……動く森じゃん……!」

絨毛たちは蠢きながら、栄養分を吸収している。
俺から見れば、巨大な獣の舌が無数に生えているような光景だ。

その森の中へ、俺は飲み込まれていく。

 ぬる……ぬる……

触れられる度に、身体の表面がじわっと痺れる。

「おいおいおい……触れるだけで体力持ってかれる……!」

絨毛には微量の酵素や分解物が満ちており、
小動物レベルの俺には過酷すぎる環境だった。

蠕動の波が来る。

巨大な壁が押してくる。

ジャングルの木々が揺れ、絨毛が一斉に俺へ伸びる。

 ぎゅううう……

「ぎゃああああああああ吸われるッッ!?」

俺は必死にくねりながら、壁の影――“谷間”に逃げ込んだ。

そこだけは比較的安全で、酵素も弱い。

「……ふぅ……あぶねぇ……」

しかし安心はできない。

小腸は何メートルも続く。
そこをずっと流されるという恐怖は、胃袋以上だ。

さらに。

後ろからまた蠕動が来る。

どんっ、どんっ、とリズムよく押される。
 逃げても逃げても、絨毛の森の奥へ……。

「助けてくれええええ、俺はただのチーズの蛆だぞおお!」

そんな叫びは誰にも届かない。

だが、俺の“動き”だけはしっかりと伝わっていた。

金髪美女は、カフェで身じろぎした。

(なんか……また来た……)

胃のあたりではなく、もっと下の方。
へその奥あたりが、コツ……コツ……と内部から叩かれているように感じる。

「……嘘でしょ」

普通の消化じゃない。

たしかにチーズはクセがあるが、生き物の蠢き方ではない。

友人が心配そうに訊いた。

「ほんとに大丈夫? さっきから顔色悪いよ」

「だ、だいじょうぶ……のはず、なんだけど……
 なんか、お腹の奥……で……動くの……」

「動く? どういうこと?」

「……“歩いてる”みたいな……こう……内側から押す感じ……」

自分で言いながら鳥肌が立った。

(いやだ……こんなの……病院案件じゃない……?)

彼女はそっと自分の下腹を押さえる。

すると――

 とん、とん、とん。

微細な衝撃が返ってくるような気がした。

「ひっ……!」

完全に何かいる。

もはや気のせいではない。

(ちょっとほんとに……なにが……体の中にいるの……?)

だが、彼女はまだ知らない。

その“なにか”は、
今まさに小腸の森で死に物狂いでサバイバルしているということを。

小腸の長い長い流れに押され、
俺の体はついに一つの大きな穴へ辿りつく。

そう、大腸の入口――回盲部だ。

ここは小腸よりも穏やかで、酵素も少ない。
食べ物はドロドロになっている。

つまり――
俺にとっては、まだ生存可能な環境ということだ。

「助かった……ようで……助かってねぇ……!」

俺の体力は限界だった。
絨毛に吸われ、酵素にやられ、ほぼ瀕死状態。

だが運命は残酷に進む。

 ぼとっ

俺は内容物の流れとともに、
ゆっくり、ゆっくりと大腸奥へ押し出される。

大腸は乾燥が進み、
俺はさらに動けなくなっていく。

――そして。

ついに最後の門へ。

肛門括約筋がゆっくりと開き――

 俺は光の世界へ飛び出した。

生ぬるい空気。
眩しい光。
地面の固さ。

「……生きて……帰った……!」

俺は涙を流した。
蛆に涙腺はあるのか知らないが、気分は泣いていた。



◆エピローグ:金髪美女視点

その頃、金髪美女はトイレの前で、ホッと息をついていた。

「やっと……違和感なくなった……
 なんか……出たのかな……?」

事故の真相を、彼女は決して知ることはない。

チーズにいた小さな命が、
胃から腸まで駆け抜けて帰還していたことも。

ただ一つだけ言えるのは――

彼女と蛆は、互いに“二度と会うことのない運命”だった。




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