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師匠
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師匠
町外れの小さな道場に、ご隠居と呼ばれる齢(よわい)六十過ぎの老人が一人住んでいた。
その男は、名を『山中 長次郎』といい、『護身術』の師匠である。
父親の時分より、既に武士として仕官はしておらず、細々と道場を開いていたのであるが…。
「私は、武士に非ず」
と言って、父親が亡くなるとさっさと道場の看板を下ろしてしまった。
とはいえ、日々の糧にと『護身術、ご指南致し〼(ます)』の板切れのみ、
軒先に吊るしたのであった。
少々風変わりな男であるが、
人好きのする笑顔を浮かべる為か、護身術なるものを誰にも快く教える為か、近くに住む者たちに慕われていた。
今も道場には、嫁いだ娘や弟子たちが時折訪れていた。
十数年前に妻を亡くしたとはいえ、悠々自適な暮しをしていた。
「…おやおや、今年も大分春めいてきたようじゃなぁ。
そろそろ、吉さんの処にでも行こうかねぇ。」
朝飯の後、日課の掃除をして、庭から空を見上げて呟いた。
隣家の主と先日、お寺の桜が見頃だったと聞いていたのである。
道端の花を摘み、線香と牡丹餅を買ってから、妻のお吉の墓参りを済ませた。宗順さまにも簡単に挨拶をし、『亀屋』の店先で団子を食べる事にする。
何とはなしに横を向くと、弟子の『清之助』が憂い顔で茶を啜っているのが見える。
(いつもなら、好物の菓子を前に嬉々としているものだろうに)
「おい清さん、久々だねぇ。ここらに来たら、やっぱり『亀屋』の菓子だねぇ。」
長次郎が声を掛けても憂い顔のまま
「お久しぶりです…、先生。」
としか話さない。
暫く黙って隣で茶を啜り、団子を食べた後
「まぁ何だ、暖かくもなったことだし、近々顔を見せに来いな。
待ってるぞ。」
とだけ話し、道途の花を愛でながら家路に着く事にした。
弟子の憂い顔を思い出し、恋煩いでもしたか、とふと思う。
長次郎にとっては、孫にもあたる歳の清之助だが、息子のように思うところがある。
「何か力になってやりたいのぅ」
家に訪ねてくれるのを、待ち遠しく思うのだった。
それから暫くして
「……先生、ご在宅でしょうか。」
と、清之助が長次郎の道場に訪ねて来た。
「おぉ、よう来た。待っておったぞ。」
もしや訪ねてくれたらと、昔の記憶を書き出しておいた。
長次郎にとっての女は、妻のお吉だけだった為、昔の見聞きした話を思い出すには少し苦労した。
「恋煩いでは、ないかもしれないがのぅ。」
その後見せて貰ったお染の筆に、長次郎は何とかしてやりたい思いを強く持つのであった。
町外れの小さな道場に、ご隠居と呼ばれる齢(よわい)六十過ぎの老人が一人住んでいた。
その男は、名を『山中 長次郎』といい、『護身術』の師匠である。
父親の時分より、既に武士として仕官はしておらず、細々と道場を開いていたのであるが…。
「私は、武士に非ず」
と言って、父親が亡くなるとさっさと道場の看板を下ろしてしまった。
とはいえ、日々の糧にと『護身術、ご指南致し〼(ます)』の板切れのみ、
軒先に吊るしたのであった。
少々風変わりな男であるが、
人好きのする笑顔を浮かべる為か、護身術なるものを誰にも快く教える為か、近くに住む者たちに慕われていた。
今も道場には、嫁いだ娘や弟子たちが時折訪れていた。
十数年前に妻を亡くしたとはいえ、悠々自適な暮しをしていた。
「…おやおや、今年も大分春めいてきたようじゃなぁ。
そろそろ、吉さんの処にでも行こうかねぇ。」
朝飯の後、日課の掃除をして、庭から空を見上げて呟いた。
隣家の主と先日、お寺の桜が見頃だったと聞いていたのである。
道端の花を摘み、線香と牡丹餅を買ってから、妻のお吉の墓参りを済ませた。宗順さまにも簡単に挨拶をし、『亀屋』の店先で団子を食べる事にする。
何とはなしに横を向くと、弟子の『清之助』が憂い顔で茶を啜っているのが見える。
(いつもなら、好物の菓子を前に嬉々としているものだろうに)
「おい清さん、久々だねぇ。ここらに来たら、やっぱり『亀屋』の菓子だねぇ。」
長次郎が声を掛けても憂い顔のまま
「お久しぶりです…、先生。」
としか話さない。
暫く黙って隣で茶を啜り、団子を食べた後
「まぁ何だ、暖かくもなったことだし、近々顔を見せに来いな。
待ってるぞ。」
とだけ話し、道途の花を愛でながら家路に着く事にした。
弟子の憂い顔を思い出し、恋煩いでもしたか、とふと思う。
長次郎にとっては、孫にもあたる歳の清之助だが、息子のように思うところがある。
「何か力になってやりたいのぅ」
家に訪ねてくれるのを、待ち遠しく思うのだった。
それから暫くして
「……先生、ご在宅でしょうか。」
と、清之助が長次郎の道場に訪ねて来た。
「おぉ、よう来た。待っておったぞ。」
もしや訪ねてくれたらと、昔の記憶を書き出しておいた。
長次郎にとっての女は、妻のお吉だけだった為、昔の見聞きした話を思い出すには少し苦労した。
「恋煩いでは、ないかもしれないがのぅ。」
その後見せて貰ったお染の筆に、長次郎は何とかしてやりたい思いを強く持つのであった。
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