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恋患い(こいわずらい)
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恋患い(こいわずらい)
「師匠、久方ぶりです。清之助です。」
清之助は相変わらず、よく通る声で隠居(長次郎)の自宅を訪ねて来た。
今日は、こざっぱりとした一重に袴を履いていた。今でも時折訪ねてきては、「ご指南を」と願い出てくる。生真面目な男なのだ。
今日もひとつ、稽古をつけてやるかと思いつつ、先ずは話を聞いてやらねばと道場脇の縁側に通してやる。
「茶でも淹れてやろうかの」
長次郎が奥へ向かおうとするのを、
「師匠は此方で。茶は、私が淹れます。」
失礼しますと縁側から奥に入り、慣れた様子で茶の支度を始める。そう言えば、稽古に来ていた弟子たちには皆、茶の淹れ方を教えていたのだった。
頻繁に此処へ来なくなった者たちで、今だに自ら茶を淹れる者は少ない。しかも男では、清之助くらいだろう。
そんな事を思っていると
「師匠、茶が入りましたよ。」
清之助が静かに戻ってくる。
清之助は、家でよく躾られたのか、動作がとても静かである。気配を消すのもとても巧い。『護身術』を覚えるのには、丁度よい所作を持っていた。
「おぉ、清さんの茶は旨いのぅ。」
「未だ未だですが…師匠に稽古をつけて頂きましたから。」
「ん、そうであったかの。」
「はい。『ちと熱い方がいいのぅ』ですとか、『ちとゆっくり淹れてもいいのぅ』などと言って下さいましたから。」
「はははは。いやそうか、そうか」
「はい。お陰で父も母も、『菓子を食べる楽しみが増した』と喜んでおります。」
「ご夫妻は、菓子好きだからのぅ。息災でおられるか。」
「はい。有難うございます。」
縁側で二人、春の風に当たりながら茶を啜った。
一人で飲む茶より、誰かと味わう茶は旨い。
しかも、相手を思い遣って淹れて貰った茶は格別だ。
心優しい清之助には、やはり心優しい人と縁を繋いで貰いたいものだ。
暫くは言葉もなく、ただ庭を見つめて春の香りと小鳥のさえずりに聞き入っていた。清之助の茶が、身体をじんわりと暖める。
「師匠、今日は稽古と…ご相談がありまして。」
「ふむふむ。では支度をして参ろう。清さん、茶は一度奥へ下げてくれんか。」
「はい。また召上がりますか。」
「そうだのぅ。頼むとするかな。」
軽く手合わせをした後、二人は揃って縁側で汗を拭った。濡れた手拭いから伝わる冷たさは、心地よいものだった。
だがこのままでは流石にまだ肌寒いなと思っていると、先に着物を直した清之助が、ぬるめの茶を持って来た。
「師匠、どうぞ。」
「いやいや、有り難い。清さん、素早いのぅ。」
「私も、頂きたかったので。」
また縁側に座って、二人で茶を啜った。
「師匠、……実は好きな人ができました。…私はどうしたらよいのやら。」
「うむ。そうじゃなぁ。」
「初めてなのです。このような気持ちになったのは。」
「ふむ…。」
「どのような女(おなご)なのじゃな、良かったら話してくれんか。」
やはり『亀屋』での悩み事は、恋煩いの事であった。しかも相手は『亀屋』のすぐそば、宗順さまの所にいる手習いの先生だという。そんな所で思い悩むとは、余程に離れ難いのであろう。
手習い用にと貰った文を、それは大切そうに見せてくれた。
文の内容もそうだが、何より筆跡が美しくて暖かみがある。惹かれてしまったのも頷けるというものだ。
清之助は、大店とまではいかないが程々の小間物屋の倅である。下手な女に関わるのも良くないだろう。
「少しばかり、儂に預けてはくれんか。」
そうして長次郎は、
『隠居』としては中々に動き回ることになるのである。
「師匠、久方ぶりです。清之助です。」
清之助は相変わらず、よく通る声で隠居(長次郎)の自宅を訪ねて来た。
今日は、こざっぱりとした一重に袴を履いていた。今でも時折訪ねてきては、「ご指南を」と願い出てくる。生真面目な男なのだ。
今日もひとつ、稽古をつけてやるかと思いつつ、先ずは話を聞いてやらねばと道場脇の縁側に通してやる。
「茶でも淹れてやろうかの」
長次郎が奥へ向かおうとするのを、
「師匠は此方で。茶は、私が淹れます。」
失礼しますと縁側から奥に入り、慣れた様子で茶の支度を始める。そう言えば、稽古に来ていた弟子たちには皆、茶の淹れ方を教えていたのだった。
頻繁に此処へ来なくなった者たちで、今だに自ら茶を淹れる者は少ない。しかも男では、清之助くらいだろう。
そんな事を思っていると
「師匠、茶が入りましたよ。」
清之助が静かに戻ってくる。
清之助は、家でよく躾られたのか、動作がとても静かである。気配を消すのもとても巧い。『護身術』を覚えるのには、丁度よい所作を持っていた。
「おぉ、清さんの茶は旨いのぅ。」
「未だ未だですが…師匠に稽古をつけて頂きましたから。」
「ん、そうであったかの。」
「はい。『ちと熱い方がいいのぅ』ですとか、『ちとゆっくり淹れてもいいのぅ』などと言って下さいましたから。」
「はははは。いやそうか、そうか」
「はい。お陰で父も母も、『菓子を食べる楽しみが増した』と喜んでおります。」
「ご夫妻は、菓子好きだからのぅ。息災でおられるか。」
「はい。有難うございます。」
縁側で二人、春の風に当たりながら茶を啜った。
一人で飲む茶より、誰かと味わう茶は旨い。
しかも、相手を思い遣って淹れて貰った茶は格別だ。
心優しい清之助には、やはり心優しい人と縁を繋いで貰いたいものだ。
暫くは言葉もなく、ただ庭を見つめて春の香りと小鳥のさえずりに聞き入っていた。清之助の茶が、身体をじんわりと暖める。
「師匠、今日は稽古と…ご相談がありまして。」
「ふむふむ。では支度をして参ろう。清さん、茶は一度奥へ下げてくれんか。」
「はい。また召上がりますか。」
「そうだのぅ。頼むとするかな。」
軽く手合わせをした後、二人は揃って縁側で汗を拭った。濡れた手拭いから伝わる冷たさは、心地よいものだった。
だがこのままでは流石にまだ肌寒いなと思っていると、先に着物を直した清之助が、ぬるめの茶を持って来た。
「師匠、どうぞ。」
「いやいや、有り難い。清さん、素早いのぅ。」
「私も、頂きたかったので。」
また縁側に座って、二人で茶を啜った。
「師匠、……実は好きな人ができました。…私はどうしたらよいのやら。」
「うむ。そうじゃなぁ。」
「初めてなのです。このような気持ちになったのは。」
「ふむ…。」
「どのような女(おなご)なのじゃな、良かったら話してくれんか。」
やはり『亀屋』での悩み事は、恋煩いの事であった。しかも相手は『亀屋』のすぐそば、宗順さまの所にいる手習いの先生だという。そんな所で思い悩むとは、余程に離れ難いのであろう。
手習い用にと貰った文を、それは大切そうに見せてくれた。
文の内容もそうだが、何より筆跡が美しくて暖かみがある。惹かれてしまったのも頷けるというものだ。
清之助は、大店とまではいかないが程々の小間物屋の倅である。下手な女に関わるのも良くないだろう。
「少しばかり、儂に預けてはくれんか。」
そうして長次郎は、
『隠居』としては中々に動き回ることになるのである。
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