カラマワリの兄弟

衣更月 浅葱

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ギルバートの話

02

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振り返れば、おれの人生の中心にはいつも決まって兄がいた。
3歳年上の兄は昔こそ優しく自慢の兄だったが、今ではマフィアの一員というどうしようもない道を進んだ人間だ。

その事で昔はよく衝突することもあったけど、今はもうめっきり無くなった。おれは…家族である兄とずっと暮らせるのなら、それだけで満足するようになったのだ。
この時が続けられるなら何でも良かった。

でもそんな生活にすら終わりを予感させたのが、街の潮風にも涼しさが混じり夏の終わりを感じさせる頃。署長が"魔薬取締班"なんて悪魔の捜査組織の存在を明らかにしたのだ。


この頃からおれの頭は不安ばかりが占領していた。
だから、


「兄ちゃん、もうやめろって!」


何度兄に怒鳴っただろう。もっと別の、いろんな話をするべきだったと今となっては分かる。
でもあの時のおれは、ただ目の前の兄を止める事しか頭になくて、噛み付いてばかりいた。

「人を襲わないでって前も言っただろ!マトリにバレたら、殺されちゃうんだぞ!!」
「あは、そうかもな」
「兄ちゃん!!」

警察にあるまじき事ばかり言っていた。刑事の同期が聞いたら呆れられてしまうに違いない。
でもおれは正義なんかよりも家族の方が大事だから。魔薬取締班の連中に捕まらないよう兄を必死に匿っていたのだ。
でも自由奔放で何にも縛られない兄は何にも恐怖しない。おれの忠告は彼に届かず、鼻で笑われどうで良さそうに流され続るのが常だった。

兄は分かっていないのだ、"あの組織"の恐ろしさを。だからおれも食い下がって、

「聞けって!」

話は終わったと言わんばかりに去って行く背中に怒鳴った。怒鳴ってかみついたのに、

「あ?てめえ、誰に口聞いてんだ」

振り返った兄の鋭い視線に貫かれるとすぐに言葉が喉の奥から出てこなくなる。蛇に睨まれた蛙とはまさにこの事だろう。本能的に背筋が凍りつき、もう、目の前の兄が恐怖の対象でしかなくなっている。
これから自分がどんな目にあうかを身体が覚えてしまっているから、様々な痛みの経験を思い出して本能で震えが込み上げてくる。

やっとの思いで出た言葉には、もう勢いなんてなかった。

「兄ちゃんおれ、真面目に言ってんだよ…」
「へえ。ならさ、真剣になるのが遅えんじゃねえの?バッティ」

急に落ちた声色。少し首をかしげ浮かべる、苛立ちを滲ませる半笑い。その全てがおれの身体を強ばらせた。

怖い。ただ、怖いのだ。

おれの元に向かってくる兄のタトゥーだらけの手は決して撫でてくれるわけでもないのに、おれは避けも拒めもしない。ただ矛先を向けられる兄の怒りをおれは受け入れた。

「いっ、」

冷たい手が首を掴んで締め上げていく。兄の指が気道に食い込んで苦しい、息が吸えない…!
もがくおれを見て兄は小さく笑い、耳元で囁くのだ。
静かでいて、殺意の込めた一言を。

「つーか全部さ、てめえのせいだろ」

…心の底から冷えていくのが分かった。

「俺もお前も、やったことは変わんねえんだよ。だってのに今更惨めたらしくあがいて…あは、見苦しいにも程があるぜ、なぁ、バッティ?」
「兄ちゃ、ぅ、お、おれ!!」

おれは今になって何を言おうとしたんだろう。
弁解か謝罪か、それらは言葉になる前に、兄の手はぱっと離され気道が解放された。

喉の痛み、急な酸素、色々なものが苦しくて咳が止まらないが、それ以上におれを支配していたのは罪悪感と後悔。

おれは………



その場でしゃがみ込む兄をぼんやり目で追っていた。迫る兄がしようとしている事を察し、鏡合わせのように同じ色の瞳を持ち上げると、

「俺を否定してぇなら今日こそ断ってみろよ」

試すような口ぶりだ。おれは首を振る。

人の首は簡単に締めるくせに、"これ"に対しては何故いつも前もって聞いてくるのか、おれには理解出来ない。断ったことなんて1回もないのに、どうして毎回。

「…いいよ」

こう言うと、兄はいつもほんの少しだけ笑う。
普段の苛立ちや嘲笑による口の上がりとは違い、計り知れない感情を帯びた笑み。
ただ馬鹿なおれはそんな事への疑念を心に留めたことは無かった。

その時も、顔を寄せる兄の髪がくすぐったくて、それと少しの気まずさもあっておれは目を伏せた。
プツプツ、制服のワイシャツのボタンが外され、楽になった首筋に宛てがわれた兄の歯が肌に食い込んでいく。鋭い痛みが首に走って思わず呻く。

ブツと皮が破れる嫌な音が身体に響いた。
痛い。
痛い。耳元でドクドクと自分の脈を強く感じる。
でもこの痛みだけはおれは嫌いじゃなかった。この行為には、いつもの暴力の様な悪意を感じないから。

擽ったい舌が傷口の穴を触って、後はこくん、こくんと喉の鳴る小気味いい音が兄から聞こえてくる。
血が抜けていく感覚に全身の力が抜けていくのを感じながらも、同時に妙な安心感に抱かれていた。

恐ろしい兄でも食事は子猫のようにか弱く、まだ自分が必要とされていると錯覚する。
そしてなにより、血を飲み込む喉の振動が兄の鼓動を聞いてるようで落ち着くのだ。
小さい頃、こうして兄の音を聞きながら眠っていたっけ。

痛みと疲労で火照る身体には、兄の冷えきった手が心地良くて、おれは重たくなる瞼に抗うことなく意識を手放した。
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