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ギルバートの話
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「マトリね~、てか本当にそういう話好きだよねぇギルって」
どうやらフラットに聞きすぎたらしく、エマがこちらに向ける目からは心配なんて一切消え去っていて、呆れそのものだった。
「ヴァンパイアが出るって噂は?そっちはいいの?」
「え!?あー…それはおれ、あんま信じてねーかなぁ」
「イケメンに首筋噛まれるって言われたらまー、内容的に女の子の方が食いつくかぁ」
「ねー。野郎が野郎に噛まれてもねー」
「そっかー。ちゃっかり吸血鬼ごっこしてる癖に?」
「うーん…ん、なにごっこ?」
「吸血鬼ごっこ。その首の跡、そうでしょ?」
エマが何を言わんとしてるか悟って、慌てて首元を手で覆い隠した。兄の歯が穿たれ腫れた傷は穴が2点だけ。制服の襟で隠れると思っていたのに、やはりさすがは刑事なのか…こんな所までよく見ているなど関心してしまう。
「ね、ねこだから…」
「そんな所噛むネコいる?てか別に良くない?最近カレカノ同士で上げてるじゃん、そういう投稿。ストーリーそんなんばっかだから影響されちゃうよね」
「えー…今の若い子ってすげーですねー」
「だって流行ってるうちに乗っといた方が楽しいじゃん?」
「そうかー?エマちゃんがまた悪い男に捕まっただけじゃね」
「ねえ、それどういう意味」
ムッと口を尖らせるエマに、そんなことより、と方向転換を促して。やんわりとマトリの話をもう一度促してみる。
「ふつーに気になったんだよね。服用者のマトリってどんなこと出来るんだろ?とかさ。ま、エマちゃんだったらなんか知らないかなって思っただけなんだけど」
なんて言い訳がましく付けてみるも、
「知らないかって言われても」
うんざりと言わんばかりに肩をすくめられるだけ。
エマの中で、おれはただのミーハーへと成り下がっていくのが分かった。
「そもそもマトリの発表なんて、あの署長のスピーチくらいしかなくない?私に聞いたって仕方ないじゃん。署長が直接管轄してる極秘チームだよ?」
「そ、だからそーゆーレベルのは貴族の方が色々知ってると思って」
「あんま関係ないと思うんだけど」
「そんな事ねーって!」
語気の強さにエマは少し驚いた様で、目を瞬かせた。
強引を承知で食い下がったのは百も承知だ。彼女の口調から次第に棘が目立ち始めるのは分かるけど、おれにだって引けない理由がある。
「おれみたいな平民相手だとなんも教えてもらえねーし。エマちゃん達の方が情報開示?されてると思うんだよね。だっておれら警備課だとさ、マトリと合同任務になった事すら隊長以上になんねーと教えてもらえないんだよ?
ね、誰にも言わねーから。お願い」
「でたよなんて言うんだっけそういうの、陰謀論?今どき平民とか貴族なんて言わなくて、一括りに市民でしょ」
「そんなん偉い方が勝手に思ってるだけってあー、別にこーゆうのが言いたいんじゃなくて」
「じゃあなに?」
「おれ本気で聞いてんのよ、…茶化すなよ」
「だから私に聞いてどうすんの?実は私がマトリですって言えばそれで満足するわけ?」
「え?え、そうなの…?」
「まさか!」
笑い出したエマはまさに悪戯が成功した子どものようで、おれの状況の整理が追いつく前から大笑いしている。
これ以上に悪い冗談をおれは知らなかった。
ふつふつとした怒りは確かに芽生えたが、それより大きいのは嘘で良かったという安堵。
息が止まりかけたおれはどんな顔をしていたんだろう。きっと余程の絶望していたに違いない。今も心臓は激しく高鳴っていた。
「引っかかりすぎじゃない?そんなんで警察なわけ?」
「まじないわーもー…鳥肌立った」
おれの気も知らず…と睨めつけていたが、笑い過ぎてヒーヒー苦しみとうとう涙まで流すエマを見ていたらつられて吹き出してしまった。吹き出して、口角が少し重たく感じて、ふと最近笑ってなかったと気づく。
そういえば、最近笑う心の余裕なんてなかった。
「正直、ギルがマトリを気になる気持ち、分からなくもなかったんだ」
ひとしきり笑った後にエマは零した。あんなに馬鹿笑いしてきたのにもうその顔は刑事のそれだった。
「マトリの人達って元は普通の警察だったのに、服用者を逮捕する為に人を辞めたわけでしょ?それってどのくらいの覚悟だったんだろってさぁ。もし私なら、街の平和の為ってだけでそんな選択が出来るのかなぁって、たまに考えちゃうからさ」
そう話すエマは、どこか遠い存在のように見えた。
そうだ、エマはおれのように兼ねに釣られてここに来た人間じゃない。金持ちなのに、何もしなくても贅沢した暮らせるのに、この街の平和の為に敢えて危険な仕事についているのだ。どんなにノリが合おうと、どんなに馬鹿げたことで笑いあっても、彼女にはおれにはない正義感を人一倍持っている。
…対しておれは?
罪だと分かっていながら、自分勝手に兄を匿っているおれは?
苦い笑いが込み上げてくる。
気持ちは分からなくもないって、
…おれとは正反対だよ、エマ。おれなんかと、全然。
どうやらフラットに聞きすぎたらしく、エマがこちらに向ける目からは心配なんて一切消え去っていて、呆れそのものだった。
「ヴァンパイアが出るって噂は?そっちはいいの?」
「え!?あー…それはおれ、あんま信じてねーかなぁ」
「イケメンに首筋噛まれるって言われたらまー、内容的に女の子の方が食いつくかぁ」
「ねー。野郎が野郎に噛まれてもねー」
「そっかー。ちゃっかり吸血鬼ごっこしてる癖に?」
「うーん…ん、なにごっこ?」
「吸血鬼ごっこ。その首の跡、そうでしょ?」
エマが何を言わんとしてるか悟って、慌てて首元を手で覆い隠した。兄の歯が穿たれ腫れた傷は穴が2点だけ。制服の襟で隠れると思っていたのに、やはりさすがは刑事なのか…こんな所までよく見ているなど関心してしまう。
「ね、ねこだから…」
「そんな所噛むネコいる?てか別に良くない?最近カレカノ同士で上げてるじゃん、そういう投稿。ストーリーそんなんばっかだから影響されちゃうよね」
「えー…今の若い子ってすげーですねー」
「だって流行ってるうちに乗っといた方が楽しいじゃん?」
「そうかー?エマちゃんがまた悪い男に捕まっただけじゃね」
「ねえ、それどういう意味」
ムッと口を尖らせるエマに、そんなことより、と方向転換を促して。やんわりとマトリの話をもう一度促してみる。
「ふつーに気になったんだよね。服用者のマトリってどんなこと出来るんだろ?とかさ。ま、エマちゃんだったらなんか知らないかなって思っただけなんだけど」
なんて言い訳がましく付けてみるも、
「知らないかって言われても」
うんざりと言わんばかりに肩をすくめられるだけ。
エマの中で、おれはただのミーハーへと成り下がっていくのが分かった。
「そもそもマトリの発表なんて、あの署長のスピーチくらいしかなくない?私に聞いたって仕方ないじゃん。署長が直接管轄してる極秘チームだよ?」
「そ、だからそーゆーレベルのは貴族の方が色々知ってると思って」
「あんま関係ないと思うんだけど」
「そんな事ねーって!」
語気の強さにエマは少し驚いた様で、目を瞬かせた。
強引を承知で食い下がったのは百も承知だ。彼女の口調から次第に棘が目立ち始めるのは分かるけど、おれにだって引けない理由がある。
「おれみたいな平民相手だとなんも教えてもらえねーし。エマちゃん達の方が情報開示?されてると思うんだよね。だっておれら警備課だとさ、マトリと合同任務になった事すら隊長以上になんねーと教えてもらえないんだよ?
ね、誰にも言わねーから。お願い」
「でたよなんて言うんだっけそういうの、陰謀論?今どき平民とか貴族なんて言わなくて、一括りに市民でしょ」
「そんなん偉い方が勝手に思ってるだけってあー、別にこーゆうのが言いたいんじゃなくて」
「じゃあなに?」
「おれ本気で聞いてんのよ、…茶化すなよ」
「だから私に聞いてどうすんの?実は私がマトリですって言えばそれで満足するわけ?」
「え?え、そうなの…?」
「まさか!」
笑い出したエマはまさに悪戯が成功した子どものようで、おれの状況の整理が追いつく前から大笑いしている。
これ以上に悪い冗談をおれは知らなかった。
ふつふつとした怒りは確かに芽生えたが、それより大きいのは嘘で良かったという安堵。
息が止まりかけたおれはどんな顔をしていたんだろう。きっと余程の絶望していたに違いない。今も心臓は激しく高鳴っていた。
「引っかかりすぎじゃない?そんなんで警察なわけ?」
「まじないわーもー…鳥肌立った」
おれの気も知らず…と睨めつけていたが、笑い過ぎてヒーヒー苦しみとうとう涙まで流すエマを見ていたらつられて吹き出してしまった。吹き出して、口角が少し重たく感じて、ふと最近笑ってなかったと気づく。
そういえば、最近笑う心の余裕なんてなかった。
「正直、ギルがマトリを気になる気持ち、分からなくもなかったんだ」
ひとしきり笑った後にエマは零した。あんなに馬鹿笑いしてきたのにもうその顔は刑事のそれだった。
「マトリの人達って元は普通の警察だったのに、服用者を逮捕する為に人を辞めたわけでしょ?それってどのくらいの覚悟だったんだろってさぁ。もし私なら、街の平和の為ってだけでそんな選択が出来るのかなぁって、たまに考えちゃうからさ」
そう話すエマは、どこか遠い存在のように見えた。
そうだ、エマはおれのように兼ねに釣られてここに来た人間じゃない。金持ちなのに、何もしなくても贅沢した暮らせるのに、この街の平和の為に敢えて危険な仕事についているのだ。どんなにノリが合おうと、どんなに馬鹿げたことで笑いあっても、彼女にはおれにはない正義感を人一倍持っている。
…対しておれは?
罪だと分かっていながら、自分勝手に兄を匿っているおれは?
苦い笑いが込み上げてくる。
気持ちは分からなくもないって、
…おれとは正反対だよ、エマ。おれなんかと、全然。
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