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ギルバートの話
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***
「あは」
耳鳴りがしていた。
顔から始まり色んな所を殴られたというのに痛みを感じていないのはアドレナリンのお陰なのだろう。代わりに身体中が火照っているのを、モヤがかった脳みそで感じていた。
何も思いつかない頭は揺すられ過ぎたせいか、それとも叫び過ぎた疲労のせいだろうか。
「ったく、イライラすんなあ」
「っ」
空っぽの頭に兄の怒声がコダマして反射のまま後退りするもそれは距離にしてたったの数歩。急に腰が抜けて尻もちをついてしまった。
「兄ちゃん、ごめん。ごめんなさい、おれが悪かったから、おれが全部悪かったから!」
上半身を支える腕が心許ないほどに震えていて、必死で許しを乞うおれに、兄は乾いた笑いを零している。
…ああ、気づいた。またあの時の夢だ。
何度も繰り返してみるのは、数年前の兄との喧嘩だ。
喧嘩なんて毎日のようにしていたのに、夢は決まってこの日を見せつける。
血の繋がる兄を恐ろしいと思うようになったのはいつからだろう。少なくとも、夢で見るこの時には既に前……
時期としては2年前、おれにとっては警察に入った年に当たる。
この頃のおれは兄にマフィアを辞めて欲しくて、何度も楯突いては衝突していた。元より裏社会に染まる兄にいい感情を抱いていなかったが、警察官になって、"反社会勢力に属している兄が居る"と白い目で見られるようになりその思いは増した。
兄には変わって欲しかった。
なにも昔から兄は恐ろしい人ではなかった。
幼いおれを鬱陶しがることもなくよく一緒に遊んでくれた。泣けばおれを慰めて、わがままを言えばおれに譲り、守ってくれる優しい人だった。
本来はこうも気性の激しい人ではなかったのだ。
だから、そんな兄には誰も傷つけず恨まれない真っ当な道を歩んで欲しい。
それは別に難しい話じゃないはずだ。
だってただありふれた、普通の普遍的で平凡な家族の1つになりたいだけなんだから。
おれの記憶に残っている、昔の、優しい兄に戻って欲しいだけ。
…でもおれの願いなんて兄には少しも届いていなかったのだと、この夢を見る度に思い知らされる。
「俺に文句があるんだろ?あ?」
昔からおれ達は何かにつけて揉め、その度に度を超えた兄の暴力でねじ伏せらるのが常だった。
「ほら、言えよ。お前の主張ってそんなに軽いもんなのか?」
「もう分かったって!いっぱい謝るから!!お願い許してよ…」
おれも、馬鹿だ。いつも一丁前に覚悟を決めて兄に刃向かっても、痛みに怖さにすぐに負けて、兄に謝り続けている。
今も何も、変わっていないじゃないか。
「なあ、謝ったらお前の責任はなくなると思ってんの?」
ぐすぐすと鼻を鳴らす情けないおれをじっと見下ろし、兄は言うのだ。
「謝って許してもらうのは所詮他人の善意につけ込んで甘えてるだけだろ。お前は人を殺してもごめんなさいって言うのかよ?」
「兄ちゃん…」
この夢を見ていると、口の中で唾液と血が絡まるリアルな不快感を毎度思い出す。喉に滑り落ちかけた少量の血に咳込んだせいで血が垂れた。
そんなおれを見て少しも心が動かない兄は冷ややかな視線を投げかける。
「なんだよ」
「…なんでこうなっちゃうんだよ。おれ、変な事言った?普通に兄ちゃんと暮らしたいだけだよ。また昔みたいに仲良くしたいだけ。なんで分かってくんないの…」
「今の俺が嫌だって言ったのはお前だろ」
「普通に戻ってほしいだけ…昔の兄ちゃんみたいに戻ってよぉ」
兄は少し押し黙った。この頃のおれはこの瞬間に兄の心が揺らいたのではないかと期待をしていたが、この後を知っているおれには分かる。
おれを見つめる同じ色の瞳には同情なんてなく、静かな怒りばかりを燃やしていたのだった。
「…押し付けがましいんだよ」
また痛み。
この日の喧嘩が今までで1番大きく、壮絶だった。
「あは」
耳鳴りがしていた。
顔から始まり色んな所を殴られたというのに痛みを感じていないのはアドレナリンのお陰なのだろう。代わりに身体中が火照っているのを、モヤがかった脳みそで感じていた。
何も思いつかない頭は揺すられ過ぎたせいか、それとも叫び過ぎた疲労のせいだろうか。
「ったく、イライラすんなあ」
「っ」
空っぽの頭に兄の怒声がコダマして反射のまま後退りするもそれは距離にしてたったの数歩。急に腰が抜けて尻もちをついてしまった。
「兄ちゃん、ごめん。ごめんなさい、おれが悪かったから、おれが全部悪かったから!」
上半身を支える腕が心許ないほどに震えていて、必死で許しを乞うおれに、兄は乾いた笑いを零している。
…ああ、気づいた。またあの時の夢だ。
何度も繰り返してみるのは、数年前の兄との喧嘩だ。
喧嘩なんて毎日のようにしていたのに、夢は決まってこの日を見せつける。
血の繋がる兄を恐ろしいと思うようになったのはいつからだろう。少なくとも、夢で見るこの時には既に前……
時期としては2年前、おれにとっては警察に入った年に当たる。
この頃のおれは兄にマフィアを辞めて欲しくて、何度も楯突いては衝突していた。元より裏社会に染まる兄にいい感情を抱いていなかったが、警察官になって、"反社会勢力に属している兄が居る"と白い目で見られるようになりその思いは増した。
兄には変わって欲しかった。
なにも昔から兄は恐ろしい人ではなかった。
幼いおれを鬱陶しがることもなくよく一緒に遊んでくれた。泣けばおれを慰めて、わがままを言えばおれに譲り、守ってくれる優しい人だった。
本来はこうも気性の激しい人ではなかったのだ。
だから、そんな兄には誰も傷つけず恨まれない真っ当な道を歩んで欲しい。
それは別に難しい話じゃないはずだ。
だってただありふれた、普通の普遍的で平凡な家族の1つになりたいだけなんだから。
おれの記憶に残っている、昔の、優しい兄に戻って欲しいだけ。
…でもおれの願いなんて兄には少しも届いていなかったのだと、この夢を見る度に思い知らされる。
「俺に文句があるんだろ?あ?」
昔からおれ達は何かにつけて揉め、その度に度を超えた兄の暴力でねじ伏せらるのが常だった。
「ほら、言えよ。お前の主張ってそんなに軽いもんなのか?」
「もう分かったって!いっぱい謝るから!!お願い許してよ…」
おれも、馬鹿だ。いつも一丁前に覚悟を決めて兄に刃向かっても、痛みに怖さにすぐに負けて、兄に謝り続けている。
今も何も、変わっていないじゃないか。
「なあ、謝ったらお前の責任はなくなると思ってんの?」
ぐすぐすと鼻を鳴らす情けないおれをじっと見下ろし、兄は言うのだ。
「謝って許してもらうのは所詮他人の善意につけ込んで甘えてるだけだろ。お前は人を殺してもごめんなさいって言うのかよ?」
「兄ちゃん…」
この夢を見ていると、口の中で唾液と血が絡まるリアルな不快感を毎度思い出す。喉に滑り落ちかけた少量の血に咳込んだせいで血が垂れた。
そんなおれを見て少しも心が動かない兄は冷ややかな視線を投げかける。
「なんだよ」
「…なんでこうなっちゃうんだよ。おれ、変な事言った?普通に兄ちゃんと暮らしたいだけだよ。また昔みたいに仲良くしたいだけ。なんで分かってくんないの…」
「今の俺が嫌だって言ったのはお前だろ」
「普通に戻ってほしいだけ…昔の兄ちゃんみたいに戻ってよぉ」
兄は少し押し黙った。この頃のおれはこの瞬間に兄の心が揺らいたのではないかと期待をしていたが、この後を知っているおれには分かる。
おれを見つめる同じ色の瞳には同情なんてなく、静かな怒りばかりを燃やしていたのだった。
「…押し付けがましいんだよ」
また痛み。
この日の喧嘩が今までで1番大きく、壮絶だった。
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