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エマの話
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「吸血鬼事件ですか…」
上司の口から出た単語はエマも何度か耳にしている。
それはここ数日、メディアがこぞって取り上げている吸血鬼の目撃情報のことだ。
吸血鬼、といっても子どもを脅かすような作り話とは少し毛色が違うようで、新聞はあたかも現実に起こった事のように記事を書き上げていた。
被害者の実名と詳細な証言、牙を立てられた実際の傷跡のスケッチまで公開されるなど、中々手が込んでいるのである。
そうまで証拠を並べられると、嘘だと分かっているのにどこかで信じたいと思ってしまうような…
そんなグレーゾーンを突いたこの話題は今や流行と化していて、信じるか信じないかの派閥論争すらあるらしい。
それが謎の吸血鬼事件。
だがこのブームの最大の火付け役となったのは、やはり吸血鬼の似顔絵が公開されたことだろう。
被害者の証言を基にして描かれたという整った顔立ちには、今や女性ファンがそこそこついてしまっている。
記事になっている被害者が全員女性ということもあってか、流行に目ざとい女子会トークにはこんな相手になら血を吸われてもいい、なんて声すら聞こえるお祭り状態とまで化している。
吸血鬼事件の影響は舞台とされる繁華街にまで及び、いつも賑やかな夜の街一体が更に人で溢れているらしい。お陰で近隣でトラブルが増え、今では警備課も力を入れて絶賛巡回中。
とまあ、警察すらも巻き込まれるほどに大きく盛り上がりを見せるホットな話題であるが…、所詮作り話である。
にもかかわらず、エマの上司、ナターシャはオフィスに来るなり声高らかに、この吸血鬼事件を捜査するとはっきり言ったのだ。
しかも署長直々にお達しがあったというのだからエマは面食らってしまうのだが、ナターシャの右腕でありエマの先輩にあたるアレンもまた、当たり前のように木箱にごっそり入った資料を黙々と整理している。
「…お二人は信じる派、と」
この奇妙な状況にエマ一人が取り残されていた。
「あのねぇエマ、信じるかどうかじゃなくて居るの。アンタ、目の前にいるアレン見て、私に居るかどうか信じてますか?って聞く?聞かないでしょ」
「いやぁ、居ると思うのは全然いいんですけど、仕事に持ち込むのはどうなのかなぁ…と」
上司が相手だろうとエマには断言できる、吸血鬼なんて実在しないのだと。信じるのは個人の自由だが、仕事と称して居もしないものを探させるのはいかがなものか。
上司であるナターシャは奔放な人だ、今回もまた思いつきなのだろう。何故そこに署長までもがゴーサインを出したのか。
溜息をつきたいのはエマの方だったが、先に呆れを滲ませたのはナターシャであった。
「アンタ、被害者のその後、知ってる?」
「嚙まれてからってことですかぁ?さあ…あ!吸血鬼になっちゃうんでしょ~」
「アレン」
苛立つナターシャに呼ばれたアレンは顔を顰めるも、右腕の名に恥じず、名前だけで指示を下す彼女の意図を読み取った。
彼は新聞社から押収した記者の手帳を捲りながら、
「初犯とされる3か月前から、被害者は確認されているだけで5名います。この5名に共通するのは全員女性であり、場所は繁華街であること」
これ自体は何度も記事で触れられている内容だ。だが問題はここから。
「3か月前の被害者は軽傷ですが、直近である4日前の被害者は吸血痕から血をかなり吸われてしまい大量出血で重症、生死を彷徨っている状態であると」
「え…」
エマは戸惑いのままにアレンと、この報告に全く驚かないナターシャを交互に見返した。
人の首筋を噛むことなら誰でも出来るが、そこから皮膚を破り身体中の血を啜るなど、とても人間の仕業ではない。
それは正しく吸血鬼に他ならなかった。
「じゃあ本当に吸血鬼が居て、夜な夜な人が襲われているっていうですか??」
資料が詰め込まれた木箱の中には新聞で何度も見た吸血鬼の似顔絵の原本もある。
この似顔絵の男も、被害者が本当に見た犯人の顔だと…?
「ま、正確には服用者だろうけどね」と手帳を閉じてアレン。ナターシャも頷く。
「そう。吸血鬼なんて可愛い名前ついてるけど、これはね、エマ。れっきとした犯罪なのよ。
情報操作なんて小賢しいことまでして、記者はよっぽどこの吸血鬼ブームをまだ終わらせたくないようだけど、そんなの知らないわ」
不敵に笑うナターシャは、まるで獲物を捕らえた獣のように目を輝かせる。いや、服用者である彼女の意志を映し瞳孔が細まるその目は肉食獣そのものだ。
「この服用者を始末する、それが私たちマトリでしょ」
上司の口から出た単語はエマも何度か耳にしている。
それはここ数日、メディアがこぞって取り上げている吸血鬼の目撃情報のことだ。
吸血鬼、といっても子どもを脅かすような作り話とは少し毛色が違うようで、新聞はあたかも現実に起こった事のように記事を書き上げていた。
被害者の実名と詳細な証言、牙を立てられた実際の傷跡のスケッチまで公開されるなど、中々手が込んでいるのである。
そうまで証拠を並べられると、嘘だと分かっているのにどこかで信じたいと思ってしまうような…
そんなグレーゾーンを突いたこの話題は今や流行と化していて、信じるか信じないかの派閥論争すらあるらしい。
それが謎の吸血鬼事件。
だがこのブームの最大の火付け役となったのは、やはり吸血鬼の似顔絵が公開されたことだろう。
被害者の証言を基にして描かれたという整った顔立ちには、今や女性ファンがそこそこついてしまっている。
記事になっている被害者が全員女性ということもあってか、流行に目ざとい女子会トークにはこんな相手になら血を吸われてもいい、なんて声すら聞こえるお祭り状態とまで化している。
吸血鬼事件の影響は舞台とされる繁華街にまで及び、いつも賑やかな夜の街一体が更に人で溢れているらしい。お陰で近隣でトラブルが増え、今では警備課も力を入れて絶賛巡回中。
とまあ、警察すらも巻き込まれるほどに大きく盛り上がりを見せるホットな話題であるが…、所詮作り話である。
にもかかわらず、エマの上司、ナターシャはオフィスに来るなり声高らかに、この吸血鬼事件を捜査するとはっきり言ったのだ。
しかも署長直々にお達しがあったというのだからエマは面食らってしまうのだが、ナターシャの右腕でありエマの先輩にあたるアレンもまた、当たり前のように木箱にごっそり入った資料を黙々と整理している。
「…お二人は信じる派、と」
この奇妙な状況にエマ一人が取り残されていた。
「あのねぇエマ、信じるかどうかじゃなくて居るの。アンタ、目の前にいるアレン見て、私に居るかどうか信じてますか?って聞く?聞かないでしょ」
「いやぁ、居ると思うのは全然いいんですけど、仕事に持ち込むのはどうなのかなぁ…と」
上司が相手だろうとエマには断言できる、吸血鬼なんて実在しないのだと。信じるのは個人の自由だが、仕事と称して居もしないものを探させるのはいかがなものか。
上司であるナターシャは奔放な人だ、今回もまた思いつきなのだろう。何故そこに署長までもがゴーサインを出したのか。
溜息をつきたいのはエマの方だったが、先に呆れを滲ませたのはナターシャであった。
「アンタ、被害者のその後、知ってる?」
「嚙まれてからってことですかぁ?さあ…あ!吸血鬼になっちゃうんでしょ~」
「アレン」
苛立つナターシャに呼ばれたアレンは顔を顰めるも、右腕の名に恥じず、名前だけで指示を下す彼女の意図を読み取った。
彼は新聞社から押収した記者の手帳を捲りながら、
「初犯とされる3か月前から、被害者は確認されているだけで5名います。この5名に共通するのは全員女性であり、場所は繁華街であること」
これ自体は何度も記事で触れられている内容だ。だが問題はここから。
「3か月前の被害者は軽傷ですが、直近である4日前の被害者は吸血痕から血をかなり吸われてしまい大量出血で重症、生死を彷徨っている状態であると」
「え…」
エマは戸惑いのままにアレンと、この報告に全く驚かないナターシャを交互に見返した。
人の首筋を噛むことなら誰でも出来るが、そこから皮膚を破り身体中の血を啜るなど、とても人間の仕業ではない。
それは正しく吸血鬼に他ならなかった。
「じゃあ本当に吸血鬼が居て、夜な夜な人が襲われているっていうですか??」
資料が詰め込まれた木箱の中には新聞で何度も見た吸血鬼の似顔絵の原本もある。
この似顔絵の男も、被害者が本当に見た犯人の顔だと…?
「ま、正確には服用者だろうけどね」と手帳を閉じてアレン。ナターシャも頷く。
「そう。吸血鬼なんて可愛い名前ついてるけど、これはね、エマ。れっきとした犯罪なのよ。
情報操作なんて小賢しいことまでして、記者はよっぽどこの吸血鬼ブームをまだ終わらせたくないようだけど、そんなの知らないわ」
不敵に笑うナターシャは、まるで獲物を捕らえた獣のように目を輝かせる。いや、服用者である彼女の意志を映し瞳孔が細まるその目は肉食獣そのものだ。
「この服用者を始末する、それが私たちマトリでしょ」
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