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ギルバートの話
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ふと目が覚める。
いつの間にかソファーの上で寝ていたようで、見慣れた天井でファンが回っていた。
「…ああ、起きたか」
いつもこの場所で寝ているのは兄だったというのに、今日はおれがソファーで兄の声は頭上からする。
そんな違和感も感じないくらい、おれの身体は重たかった。なにしていたんだっけ、と思考を巡らすどころか、目を開け続けることすら億劫な程に疲れていたのだ。そして、身体の色んな所が痛みを帯びている気がする。
「まだ寝てろよ」
そう言う兄の声はいつもの不機嫌さや剣呑さが滲んでいなくて、どこか懐かしい声色だった。久しぶりに聞いた兄の穏やかな声は、おれを安心させるには十分すぎた。そこに拍車をかける緩やかな眠気。
なんだかすべてが心地よくて、とても満ち足りた気分にさせられるものだからおれは促されるまま自分で意識するでもなく再び瞼を閉じていた。
その時のおれは知る由もなかったのだ、まさかたったこれだけのことを永遠に後悔する羽目になるなんて。
これがどんな結果をもたらすか想像すらせず、おれはただただ、平穏な時間に浸っているだけだった。
「…なあ、バッティ」
寝るよう促したはずの兄はなぜかおれを呼ぶ。
返事をする気力もなくて、おれは耳だけかたむける。
ああ、懐かしい理由が分かった。
幼い頃、眠れない日は決まって兄のベッドに行き、眠るまで色んな話をしてもらっていた。
本の話から兄の学校の話、噂話からくだらない話までなんでもよくて、ぽつぽつと話す落ち着く声色を聞きながら眠りに落ちた。おれは、この声が好きだったのだ。
「ひよこって知ってるか?」
知ってるもなにも…
当たり前すぎておれは少し笑った。声に出てたかは自分自身でも分からないけど、うたた寝の中でどんな質問だよ、って思った。
「ひよこって初めて見た物を親だと思うんだって。刷り込みって言うんだけど」
「俺はそれを知った時、お前と同じだと思った」
「なんで優しい人間が損をするって言われると思う?優しすぎて、優しくする相手を選べねぇからだよ」
「…家族だからとか、兄弟だからとか、そんなん、お前が不都合被る理由になんねぇだろ」
「だから、なあバッティ、お前にもう兄貴なんて必要ねぇよ。
…少なくとも俺は、お前の兄ちゃんになりたくなかった」
「兄ちゃん!!」
飛び起きて辺りを見回すが、兄は居ない。
慌てて外に出てみるも、鳥がさえずるいつもの朝の街が広がっているだけ。そこに兄の背中はどこにもなかった。
不穏な言葉を捨ておいた兄に嫌な予感がする。思考がぎゅっと狭まっていく。
心臓がうるさいくらいに鳴り始める。
認めたくないけれど、おれは多分寝ていたのだと思う。
兄の声を聞いてすぐに飛び起きたはずだったのに、知らずに眠ってしまっていたが為に、時差が生じてしまっている。これがどのくらいなのか分からない。
ああくそ、なんで。意味わかんねーよ…
ふらふらおぼつかない足で今一度家に入ると、眠る前の喧嘩で割れたコップが片付けられていると気づく。おれの寝ていたソファーにはブランケットが垂れ下がっていた。飛び起きて気づかなかったが、またこれも兄がかけてくれていたのだろう。
「……兄ちゃん」
混乱する頭は片付かないまま、綺麗な部屋に呆然とおれは立ちつくしていた。
そしてこの日を最後に、兄がこの家に帰ってくる事はなかった。
兄が生きているのかは分からない。
だが一つ確かなことは、巷を騒がせていた吸血鬼の噂は目撃情報だけに留まらず、相次ぐ犯行に遂には『吸血鬼事件』とまで呼ばれ連続傷害事件として捜査線に上がるようになった。
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いつの間にかソファーの上で寝ていたようで、見慣れた天井でファンが回っていた。
「…ああ、起きたか」
いつもこの場所で寝ているのは兄だったというのに、今日はおれがソファーで兄の声は頭上からする。
そんな違和感も感じないくらい、おれの身体は重たかった。なにしていたんだっけ、と思考を巡らすどころか、目を開け続けることすら億劫な程に疲れていたのだ。そして、身体の色んな所が痛みを帯びている気がする。
「まだ寝てろよ」
そう言う兄の声はいつもの不機嫌さや剣呑さが滲んでいなくて、どこか懐かしい声色だった。久しぶりに聞いた兄の穏やかな声は、おれを安心させるには十分すぎた。そこに拍車をかける緩やかな眠気。
なんだかすべてが心地よくて、とても満ち足りた気分にさせられるものだからおれは促されるまま自分で意識するでもなく再び瞼を閉じていた。
その時のおれは知る由もなかったのだ、まさかたったこれだけのことを永遠に後悔する羽目になるなんて。
これがどんな結果をもたらすか想像すらせず、おれはただただ、平穏な時間に浸っているだけだった。
「…なあ、バッティ」
寝るよう促したはずの兄はなぜかおれを呼ぶ。
返事をする気力もなくて、おれは耳だけかたむける。
ああ、懐かしい理由が分かった。
幼い頃、眠れない日は決まって兄のベッドに行き、眠るまで色んな話をしてもらっていた。
本の話から兄の学校の話、噂話からくだらない話までなんでもよくて、ぽつぽつと話す落ち着く声色を聞きながら眠りに落ちた。おれは、この声が好きだったのだ。
「ひよこって知ってるか?」
知ってるもなにも…
当たり前すぎておれは少し笑った。声に出てたかは自分自身でも分からないけど、うたた寝の中でどんな質問だよ、って思った。
「ひよこって初めて見た物を親だと思うんだって。刷り込みって言うんだけど」
「俺はそれを知った時、お前と同じだと思った」
「なんで優しい人間が損をするって言われると思う?優しすぎて、優しくする相手を選べねぇからだよ」
「…家族だからとか、兄弟だからとか、そんなん、お前が不都合被る理由になんねぇだろ」
「だから、なあバッティ、お前にもう兄貴なんて必要ねぇよ。
…少なくとも俺は、お前の兄ちゃんになりたくなかった」
「兄ちゃん!!」
飛び起きて辺りを見回すが、兄は居ない。
慌てて外に出てみるも、鳥がさえずるいつもの朝の街が広がっているだけ。そこに兄の背中はどこにもなかった。
不穏な言葉を捨ておいた兄に嫌な予感がする。思考がぎゅっと狭まっていく。
心臓がうるさいくらいに鳴り始める。
認めたくないけれど、おれは多分寝ていたのだと思う。
兄の声を聞いてすぐに飛び起きたはずだったのに、知らずに眠ってしまっていたが為に、時差が生じてしまっている。これがどのくらいなのか分からない。
ああくそ、なんで。意味わかんねーよ…
ふらふらおぼつかない足で今一度家に入ると、眠る前の喧嘩で割れたコップが片付けられていると気づく。おれの寝ていたソファーにはブランケットが垂れ下がっていた。飛び起きて気づかなかったが、またこれも兄がかけてくれていたのだろう。
「……兄ちゃん」
混乱する頭は片付かないまま、綺麗な部屋に呆然とおれは立ちつくしていた。
そしてこの日を最後に、兄がこの家に帰ってくる事はなかった。
兄が生きているのかは分からない。
だが一つ確かなことは、巷を騒がせていた吸血鬼の噂は目撃情報だけに留まらず、相次ぐ犯行に遂には『吸血鬼事件』とまで呼ばれ連続傷害事件として捜査線に上がるようになった。
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