マトリックズ:ルピシエ市警察署 特殊魔薬取締班のクズ達

衣更月 浅葱

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単発短編集

寝る前に読む話

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ホテルに部屋を取るならシングル2部屋より、ツイン1部屋を選ぶ。


初めは捜査上都合がよかったからだが、そもそも性別の違いなんてお互い目の色の違いとそう変わらなかったから。
だから別に、1つしかないベッドで一緒に寝る事になっても構わなかった。食事を共にする事と大差ない。
加えて言うと、ナターシャ的には一人用の狭い部屋より二人用の幾分か余裕のある部屋そのものがよかった。

結局、その選択は理由も考えないくらいに当たり前なものと化していた。


オレンジ色のランプが1つ。
広い部屋には弱すぎる灯りだった。
伸びる影は広く深い。ページを埋める文字の羅列に落ちる暗い影には、読みずらさすら覚えていた。


「ナターシャさん」
「あら、寝たんじゃないの?」


本を捲る手を止めずに聞くと、彼は寝返りを打ちながら、ええ、とため息混じりに肯定する。

「ベッドランプの電球が眩しくて」
「暗くしてるわよ」
「貴女は身体を起こしているから。寝ている俺の角度、ランプの傘の中が丸々見えるんですよ」

ほら、と眠そうな目の上で眉間のシワを作り、毛布から腕を出すと、ベッドの真ん中に設置された壁掛けのランプをコツコツ、忌々しげに叩く。

これは単純な凡ミス、盲点だった。

自己中と言われる事は多々あるけれど隣で寝る人がいる以上、読書用の灯りは最低限に努めたつもりだった。
だがそんな心遣いも虚しく、傘で明るさを調整しようと、眠る彼はベッドのヘッドボードに凭れ本を膝に置くこちらとは違い、下からランプを覗き込む位置にいる。ベッドの電球そのものが見える以上、抑えた眩しさは変わらないのだ。


「ふっ、まるで人生の縮図ね」
「睡眠時間が短いと人生そのものが縮みますよ」
「それ、経験上の話?誰が誰に説教してるのかと思ったわ」
「俺が貴女にしてるんですよ、いつもと同じでしょう」


早くこれを消して寝てください、と最後にランプを強めに指で叩いて、彼はまた寝返りを打つ。
背中を向けた彼はまさしく聞く耳持つきがない、といったところ。

「すっごく可愛くないわね」
「あは、貴女より何回りも大きいのに、それはまた無理があるでしょう」
「"私が最後に愛した男は、長身ながらに子犬のようだった"って書いてあるのにねえ」
「…なんの本読んでらっしゃるんです」
「アンタの元カノの獄中記」
「は?」

キョトンとした顔が動いたので、彼女は持っていた本を立てて表紙を見せつけてやる。もちろん、嘘は言っていない。表紙のタイトルを見るなり、うわ、と慄いた彼はまた、顔を背けた。

「悪趣味が過ぎますよ。ご自分が陥れた元社長の手記なんて」

彼女の読んでいた著者は名の知れた会社の女社長。
正しくは元社長、その座から退かせたのは勿論彼女の策によるものである。尻尾を見せないマフィア幹部に王手をかける為に、愛人をけしかけたのだ。
女社長を陥落させるべく仕掛けたハニートラップは、顔の良さでは右に出るものはいないであろう隣の男。なぜ不服そうなのかナターシャには全く持って理解し難い。

「だってコイツの逮捕って私達の手柄よ?ならその美談を元凶の視点から見てみたいじゃない」
「へぇ。やはり、悪趣味ですね」
「じゃあなに、アンタは気にならないの?」
「俺は忘れたいんですよ、その女。手酷く扱われたんですから」

聞いたらナターシャさんは引きますよ、なんて言われたら気になる。
だが自分が好きなタイミングで聞く耳をシャットアウト出来る彼だ。何されたの?とニヤニヤして聞いたのが悪かったらしく、返事はなかった。

本のページをはぐって見ても、"最後に愛した男"に対してどう扱ったのか、答えはない。
手酷いとは、彼にとってのなんなのだろう。

正直、ナターシャは彼を手酷く扱ってるつもりはないが、だからといって丁寧に扱ってるつもりもない。
大切に育てている部下より、清濁併せ呑める腹心だと思ってる。

だからこそ、この社長の時みたく、知らない女に近づかせ媚びを売らせ、愛させ裏切らせる行為だろうと、利益の為にお願いした。だが返事1つで手柄を立ててくる彼にとって、それは手酷い扱いに入るんじゃないか。

だが聞くと、振り返りもしないがただ、いいえとだけは返事が返ってくる。今度は聞く耳があったらしい。


「ナターシャさんの扱いを酷いと思った事などありませんよ」
「手ぇあげないから?」
「思い当たるのはそれだけなんですか?」
「信頼してるわ」
「嬉しいです」
「大切に思ってるのよ、これでもね」
「ええ、全て知っていますよ。俺が貴女に尽くしたいと思う理由と同じですから」
「ふっ、確かに。なんでもやってくれるわね」
「ええ勿論。これからも、ね」

笑うような息を吐いたその表情は見えないが、どうやら何でも出来る自信はあるらしい。いや、自信というよりプライドか。なんにせよ、僅かに感じたのは得意げだと言うこと。
確かに彼は、毎朝紅茶を用意する事から頼まれた雑用まで、なんでもこなしてくれる。

「…ねえ、この際だから言うけどアレン。私もアンタの事は尊重してきたつもりよ。上司として、アンタの声は聞いてきたと思わない?」
「そうですね。確かに」
「そうよ!アンタのお願い聞かない事なんてあった?私が知る限りないわ」
「俺が知る限り1度ありましたよ」
「ウソは結構」
「ほら」

やっとこっちを向いたかと思えば、眩しそうに目を細めながらコツコツと彼の指がベッドの上を叩く。
光源であるランプの傘だ。

「ああ…はいはい」

肩を竦めて笑うナターシャは、膝の上の本を閉じた。サイドテーブルにそれを置いて、ヘッドボードのランプに手を伸ばす。

パチンと、ツマミを1つ傾ければもう、この部屋の唯一の光源はなくなり辺りは黒一色になる。
やれやれ、まだ寝るには早い気がするけれど、仕方ない。もぞもぞ毛布に潜った。


「おやすみなさい」
「おやすみ」
「明日あの本捨ててください」
「はあ………」

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