業火の夜は続く

まー

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3 業火

二〇

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 教えられた笹間第二公園の周囲には出火した家屋はなく、まだ延焼もしていないため、灯りも人影もまばらであり、喧騒も遠かった。
 公園の脇に高所作業車を停車し、電力会社の社員が3人、作業の準備をしている。
槍原大喜やりはらだいきさん」
 走った後の荒い息で吾郎が呼ぶ声に、1人の男が振り返った。吾郎と園田の姿を認めると、動きを止めて顔をこわばらせた。
「署にご同行願います」
 吾郎の言葉に、同僚の社員が難色を示す。
「今ですか? なんの御用か知りませんけど、こんな大変な時に」
「いや、いいんだ。悪いけど、ここは2人で大丈夫かな」
 槍原からそう問いかけられると、不承不承という体で嗚呼とうなずく。
 槍原の両側に吾郎と園田が立って挟むようにして、3人は歩き出した。
 同時多発火災の現場に入る車両は、消防、ガス、電気等の緊急車両が最優先となるため、吾郎たちの覆面パトカーは笹間地区の入り口となる幹線道路に置いてきた。
 歩きながら、吾郎は静かに言った。
「3年に渡る人為的発火実験、結局俺たちは、実験が確かに行われたことを示す証拠を見つけることができませんでした。そもそも、放火が目的であれば、もっと容易な方法があるだろうにと思っていた。だが、先ほどやっとわかりましたよ。あの実験は、同時多発的に火災を起こすための実験だったんですね。そして、わざわざ笹間を狙ったのは、25年前の大火災と関係があるからに他ならない」
 槍原は無言で歩き続ける。
「俺たちは帯刀たてわきさんのことを容疑者リストから外すことができなくて、まだ色々と調べている最中でした。そもそも彼が故郷に帰ってきたのは復讐のためであって、その方法として放火を選んだのではないかと疑ったんです。だけどつい5分前に、実験を行ってきた人物の目的がこの火災を起こすためのものだったとわかって、疑いは確信に近くなりました。まさかここまでだいそれた復讐を企てているとは思っていなかったので⋯⋯事前に阻止できなかったことは情けねえと思ってます」
「帯刀君を犯人だと思うなら、なぜ私を警察署に連れていこうとするんです」
「あなたが共犯だからですよ」
 吾郎の言葉を聞いて、槍原の表情に変化はなかった。吾郎への抗弁も、不本意に任意同行される者の様式として行っているだけのように思われた。
 吾郎は続ける。
「帯刀さんには火災を起こす動機がある。父親をスケープゴートにし、自分と母親を町から追い出した、かつての故郷を灰燼かいじんに帰す。もっとも、彼が電気工事士になってから10年以上が過ぎているのに、なぜ今のタイミングなのかはわかっていませんがね」
「それは、俺が……」
 槍原の口から声が漏れた。だが、それ以上告げる様子はない。吾郎がまた口を開く。
「しかし、確かに帯刀さんには動機があるが、彼のニッパーは欠けていないし、変電所に侵入することも難しい。そこで、彼に共犯がいるのではないかと思いました。その人物は、理由はわからないが警察がニッパーを目視確認することを知って、事前に彼に連絡した。それで帯刀さんはニッパーを新調したんじゃないですか。その連絡と変電所侵入が容易にできたのは、あなただ、槍原さん」
「⋯⋯私は、あの大火災で父親を殺された遺族ですよ。なぜ彼の復讐に手を貸すと思うのですか」
「あなたたちは、子供の頃、親友だったそうですね」
 槍原は沈黙していた。
「あなたたちの小学校時代のアルバムを見ました。運動会や遠足の写真に、小さくですがあなたと帯刀さんが一緒に写っているものがありました。あなたたちはずいぶん仲良しだったんですね。2年生時の担任の先生にお話を聞きましたよ。先生はよく覚えていておいででした。親友でありながら、片や容疑者の息子、片や被害者の息子になったのが不憫だったとね。しかし本当に、元は親友とはいえ、なぜ父親の仇のような男の息子である帯刀さんに手を貸したのですか」
「くだらない。あの大火災は帯刀君のお父さんのせいじゃありませんよ」
 槍原はきっぱりと言い切った。吾郎はうなずく。
「25年前、帯刀氏を責め立てた大人たちに、少しでもあなたのような思慮が備わっていればね」
 火災現場から幾分か離れ、辺りはだいぶひっそりとしてきた。闇の中に、吾郎の声が響く。
「しかし、ますますわからない。繰り返しになりますが、あなたはずいぶん思慮深いのに、どうして帯刀さんに力を貸したんですか。あなたなら、止めることだってできたはずだ。友達として、止めるべきだったんだ。君のお父さんが無実だってことは、俺だけはわかってる。だからどうか怒りを飲み込んで耐えてくれと止めるべきだったと、俺は思う」
 槍原は何も言わなかったが、その肩は震えていた。
 園田がわずかに強い口調で訊いた。
「3年にも及び発火実験を繰り返し、今回の同時多発火災を実行したのは、帯刀邦雄たてわきくにおで間違いないな」
 槍原は小さくうなずいた。
「帯刀が今どこにいるか知っているか」
 槍原は小さく首を横に振って「知りません」と言った。
 園田はその場で班長に連絡する。班長は班員のうち2名を帯刀の自宅に急行させ、火災現場に居る者たちには、周辺に帯刀が潜んでいないか捜索するよう命じた。
 吾郎たちの目に白いスバル・レガシィが見えてきた。あとは深夜で交通量はそう多くない四車線道路を、注意して横断するだけだ。
 だが、槍原の足が歩道上で止まった。片手で顔を覆って声を絞り出す。
「止めるなんてできるわけない。彼が復讐を思い立ったのは、私のせいだ。私が余計なことを言ったせいなんだ……」
「どういう意味ですか」
 吾郎の口調が詰問の色をはらんだ。
 槍原は今更隠すつもりもないのだろう、ぼそぼそと呟くように語る。
「私、あの大火災の夜に見たんです。うちの窓の外で、電柱に繋がる配線から火花が散っているのを。それから数時間後に火災が発生して、うちの方にも延焼してきたので慌てて避難しました。子供の頃は自分が見たものの意味がわからなかったけど、大人になってこの職に就いてから、ひょっとしてと思うことがありました。あの火花は、漏電から発生したものだったんじゃないかって。その漏れた電気がケーブルを伝って火元の家に流れていって、火災を発生させたんじゃないかって」
「それを、帯刀さんに伝えたんですね」
「そうです。私はただ、帯刀君のお父さんが犯人じゃないって、帯刀君本人が知っていればいいと思って伝えたんです。25年も経って、今更名誉の回復は難しいけれども、帯刀君と私だけが知っていればいいと」
 3人は警察車両にたどり着いた。後部座席に槍原と吾郎が乗り込む。警察車両に乗った槍原は語り続ける。
「本当はわかっていたんです……やってはいけない、止めなくてはいけないと。でも正直、帯刀君の計画がうまくいかないこともあるんじゃないかとたかをくくっていたのも事実です。配線に傷をつけて、出火をコントロールするなんて現実的じゃないと思っていました。だけど……現実にはこんなにも大きな火災が発生してしまった」
「この火災で死者が出るかはわかりません。しかし、あなたが協力したことで、帯刀さんを殺人者にしてしまうかもしれない。そうは考えなかったんですか」
 後部座席に槍原と並んで座っている吾郎が訊いた。槍原はまた顔を覆ってうつむいた。
「帯刀君が殺人者……私のせいだ」
 運転席に座った園田が、車のエンジンをかけて言った。
「俺たちにとっては業腹だが、帯刀は復讐を成就させた。犯行を止められなかったことへの批判は甘んじて受けるが、今俺たちがやらなくてはいけないことは、帯刀の身柄を確保することだ。あんた、本当に帯刀の居場所に心当たりはないのか」
 槍原は顔を覆ったまま、小声でぼそぼそと呟いた。
「どこかで落ち合おうとか、そんな約束はしていません……する必要もないでしょう」
 それから、槍原は顔を上げた。蒼白でありながら、目だけが光を帯びていた。
「刑事さん、連れていってください。まだ終わってない。帯刀君の復讐は、これで終わりじゃないんです」
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