電光のエルフライド 

暗室経路

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電光のエルフライド 前編

第八話 【キノトイ・アネ】3

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 体育館前に近づくと、二人の姿はどこにも無かった。
 ガラス張りの玄関まで回って扉を開けようとしたが、鍵がかかっている。
 ……彼女らが入ってから閉めたのだろうか?
 それなら、私たちは体育館には入りようが無い。

 「……トキヨ、アイツらここから入ってた?」  

 「いやあ、そこまでは見てないなー」

 「は? 匍匐前進してまで尾行したんでしょ?」

 「そーそー、それやってる内にアイツらどんどん進んでいくもんだから追いつかなくって」

 能天気なトキヨにセレカは肩をすくめる。
 もう戻ろうかと話をしているとき、不意に背後から声をかけられた。

 「なに、やってんの?」
 
 聞き慣れた声に振り向くと、本を抱きしめたシトネの姿があった。
 何故、彼女がここに現れたのかが気になる所ではあったが、私はとりあえず無言で彼女のほっぺたをつねる。

 元はと言えばコイツが発端だ、いつもより強めにつねっておいた。

 「いひゃい」
 
 ちっとも痛そうじゃないシトネにわたしはため息を吐きつつ、ほっぺから手を離した。

 「とりあえず、今はこれくらいにしとくわ」

 わたしの言葉にシトネはほっぺをさすりながら頷く。
 彼女は私たちの中で一番頭が良い、なんでつねられたくらいは分かっているはずだ。
 ベツガイ・サキもかなり賢いらしいが、シトネが一番だと私たちは確信していた。

 独学で文字も覚えるような規格外で、孤児院長が気味悪がる程の天才だからだ。
 彼女はこころなしかバツが悪そうに口を開いた。

 「なかに、入りたいの?」

 「ええ……でも、鍵をかけられてて」

 「そこはずっと鍵かかってるよ。たまにかけ忘れてるけど」

 「流石、抜け出しの常習犯ね。よく知ってるじゃない」

 わたしの皮肉には耳も貸さず、シトネは背中見せた。

 「こっち」

 そう言って歩き出すシトネを見て、私たちは顔を見合わせる。
 シトネは振り返り、体育館の横を指差した。

 「抜け道がある」

 着いていくと、少し高い位置に人が一人通れそうなくらいの小窓があった。
 そして、その下にはおあつらえ向きに段差がわりにダンボールが置いてある。
 ダンボールに乗って中を覗いてみると、トイレに通じていた。

 「アイツら、ここから入ったのね」

 わたしが腕組みしながら言うと、シトネが反応した。
 
 「……誰か入ったの?」

 「ベツガイとミアよ」

 「ふーん」
 
 シトネは他人事の様にしている。
 この子は大人しそうに見えて大胆な行動ばかりする人間だ。
 入り方を知っているし、彼女自身は入った事があるのだろうか?
 気になって聞いてみると、

 「三回くらい」

 「……どうして入ったの?」

 「ロボット見に」

 「えっ! ロボット見たん? ロボットどないやった?」

 セレカが興味を示すと、シトネは親指で小窓を指しながら、

 「見ればわかる」

 そう口にする。
 わたしは思わず盛大にため息を吐いた。

 「そうは言うけど……中の住人に気づかれない?」

 「大丈夫、この時間はいびきかいて寝てる」

 全員の顔を見てみたが、覚悟は決まったように真剣な面持ちだ。

 「とにかくいきましょうか、ベツガイが何かやらかさない様に監視しないとね」

 「全員で行くん?」

 少ない人数の方がリスクは低いということか。
 
 「ここに残ってもいい人はいる?」

 誰も手を上げないのを見て、わたしは頷いた。
 
 「もう、皆んなでいきましょ。音をたてたり、喋ったらだめよ。特にトキヨ」

 「なんで!?」

 名指しで言うと、トキヨは心外だ、とでも言いたげに目を剥いた。

 「アンタは顔からしてうるさいんよ」

 「かおが!?」

 うるさそうな顔で聞き返すトキヨ。
 わたしはとりあえず彼女はほっといて皆んなに指示を飛ばす。

 「とにかく行くわよ。先頭は中に入った事のあるシトネね。ベツガイ達を見つけたら陰で観察したいから、隠れれる場所がいいわね」

 「わかった」

 私たちはその言葉を皮切りに、月明かりの乏しい闇の中と足を踏み入れた。
 







ΔΔΔΔΔΔΔΔΔΔΔΔ

 中はひんやりとした空気感が漂っていた。
 僅かな月明かりから、一体どうやって使うのか、用途不明な便器が立ち並んでいるのが伺える。

 ということは、どうやらここは男子トイレというやつなのだろう。
 私たちは手探り状態で低い姿勢のまま、一列となって出口を目指していた。

 「男子トイレはじめてはいった」

 トキヨの呑気な言葉に、セレカがフッと笑いながら振り向く。

 「黙らんとしばくで?」
 
 ひいっとトキヨが怯える声が聞こえてきて、私は呆れた。
 緊張感が無い。

 と、感じたのも束の間、私達は唐突に飛び込んできた光を目の当たりにした。
 シトネが出口となる扉を開けたのだ。
 
 扉の先に進んでみて、腑に落ちた。
 体育館内部は灯りで保たれていたのだ。
 といっても、薄暗いオレンジ色の明かりが点々としてかろうじて視界が保たれている程度だ。

 「いつもこんなに暗いの?」

 「これは常夜灯、夜間にエンジニアが寝る時はずっとこの明かり」

 床を見ると、校舎と同じく木材が使われている様だった。
 といっても頑丈さが違う。
 ギシギシ音を立てて沈み込んだりしないし、色も鮮やかだった。
 そして目の前には——。
 
 「……何これ?」

 銀色の壁が広がっていた。
 体育館内部は大きな部屋だと思っていたが、通路となる僅かなスペースを残して一面の壁が立ち塞がっていた。

 「これはアルミ合板の壁。ロボットを収容する建物の中のもう一つの建物。私も今日知った」

 「妙に詳しいわね……って、今日?どういうこと?」

 「前忍び込んだ時に合衆国の軍人が喋ってるのを聞いた。その時は分からなかった、この国の言葉じゃないから」

 「……この国の言葉じゃないのに、何で今日、分かったの?」

 「今日、指揮官の部屋で合衆国語を教えてもらった。それで、前話してた内容と結びついただけ」

 つまり、前聞いた別の国の言葉を音だけ覚えていて、今日指揮官から勉強した分で補填したから理解したと?

 前聞いた言語を別の日に翻訳……そんなの覚えてられるものなのか?しかも別の国の言語を。
 規格外過ぎて、言葉も出ない。

 「シトネ、アンタ……軍人やるよりなんかの博士になった方がいいんちゃうん?」

 セレカの感心するような言葉には返答せず、シトネはトコトコと壁際に歩いていった。
 そして、ハシゴを指差して、

 「登れる」

 そう口にするなり、言葉を体現する様にハシゴを昇り出したシトネ。
 私たちも慌ててハシゴを昇る。
 昇った先で、シトネは手すりにもたれかかりながら体育館内を見下ろしていた。

 なるほど、ハシゴを昇った先は館内を見下ろせるベランダの様になっているのか。
 このベランダは体育館内の左右を囲むような形となっていて、通路の先には広い空間があり、大人数を収容できる観客席みたいなのが存在していた。

 私はシトネの横で手すりを握り、階下を眺めてみる。
 シトネのさっきの説明では理解し難かったが、上から見下ろす事でやっと理解した。
 あの銀色の壁は、体育館の中央部に存在する大きな箱の一部なのだ。

 いや、箱、というよりかは部屋か。
 扉や中を覗き見る小窓がいくつもついている。
 ただ、滑らかな壁質に四角形の形が箱という表現にピッタリだった。

 「あの銀色の箱、ほぼほぼ、この建物の中を侵食しているような感じやね」

 「で、こっからどうするの? シトネ」

 「こっち」
 
 シトネが誘導した先には、ベランダから伸びる様に箱の上へと通ずる橋がかかっていた。
 橋、といっても、手すりの上に粗雑に置いてある鉄板だ。

 鉄の細いワイヤーで固定はしてあるが、あまりにも頼りない。
 シトネは臆する事なく上に乗り、橋を渡って箱の屋根部分へと到達した。

 私たちは暫く顔を見合わせたが、意を決して鉄板に乗り、渡る事にした。
 箱とベランダの間の空間は何も無いため、階下に落下すれば骨折くらいはするだろう。

 緊張しながらも歩みを進め、何とか屋根部分へと辿り着いた。
 シトネを見ると、屋根の中央にある丸い小窓を覗きこみながら、手招きしている。

 近づいて私も横から覗くと、ハッキリと内部の様子が見てとれた。

 そこには——。
 真っ白な巨体を持つロボットの前に立つ二人の姿があった。

 何やらベツガイ・サキがエルフライドの胸の辺りを触り、ユタ・ミアがオドオドとしている。

 「あれがロボット……意外とちっさいなあ」

 「白くてかっけぇね」

 「あんなの……本当に空を飛ぶのかな?」

 セレカ達は初めて見るロボットに、口々に何か感想言っていた。
 私も何か思うところはあったが、それとは別に、別蓋サキとミアがコソコソ何をしているのかが気になった。

 「アイツら……何する気?」

 「止めた方が良い」

 シトネの顔を見ると、珍しく表情を歪ませていた。

 「多分、ロボットに乗る気」

 「……乗って、どうするの?」

 その質問には答えず、シトネは立ち上がって屋根の端まで行く。
 そこには複雑に線が絡まった操作盤のようなものがあった。
 シトネは何やら蓋を開けて、ボタンを露出させる。

 「さあ?」

 言いながらシトネがボタンを押すと、ドゴォッンという何かが落ちた轟音が響き渡った。
 私たちは半分パニックになりながら、シトネに詰め寄る。

 「何したの!?」

 「ロボットの一つを落とした。チェーンでぶら下がってるだけだから、ボタン押したら落ちる」

 「何で落としたん!?」

 セレカが涙目になりながら聞くと、彼女は私たちが通ってきた階下を指差した。

 「ほら」

 バタバタと、慌てて銀色の部屋から抜け出てきたベツガイ・サキとミアが伺えた。
 ベツガイ・サキは脱出路であるトイレに駆け込む寸前、何かを察して立ち止まる。

 彼女はゆっくりと振り返って顔を上げ、銀色の屋根上で無表情に見つめているシトネと視線を交錯させた。
 シトネは無言のまま、屋根から配管を伝ってするすると降りる。

 「アンタ……何のつもり?」

 人を殺しそうな目を浮かべながら、ベツガイ・サキがシトネに近づいた。
 私たちは慌ててシトネと同じ様に配管を伝って階下に降りる。
 
 「それはこっちのセリフよ」

 私が間に入って睨みつける。
 しかし、ベツガイは眼中に無いとでも言う様にシトネに歩み寄って——。

 『うわああ!? エルフライドがえらいこっちゃ!?』

 『何で落ちたんだ!?』

 体育館の奥から聞いた事のない言語が叫ぶように聞こえてきた。
 ベツガイ・サキはそれを聞き、舌打ちをしてからトイレの奥へと消える。

 「アネちゃん……私らも早く行かんと見つかるで」

 「そうね——とりあえず、今は宿舎に帰りましょう」

 結局、その後私たちは慌てて体育館から抜け出し、先に寝入っていたベツガイ・サキを問い詰める事も無くベッドに入って眠りについた。
 ここに来てから二週間、初めての夜ふかしだった。




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