電光のエルフライド 

暗室経路

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電光のエルフライド 後編

★番外編③ 終末の配信者【タガキ・フミヤ】

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 それは木漏れ陽が気持ちのいい、穏やかかな雲が流れる日の事だ。
 理不尽シリーズ第二弾である、理不尽隠れんぼの第三試合目に取りかからんとした時だった。
 哨所を警戒していたはずのトドロキ上等兵が、アスリートのように軽快に走ってきた。
 彼は息も切らさず敬礼するなり、スムーズに口を開く。

 「ミシマ准尉、民間人三名が中央道を登ってきています」

 周囲はそれを聞いて、騒然としていた。
 当然だ、招かれざる客が遂にやってきたのだ。
 しかし——想定した面倒な事態が実際に巻き起こるとはな。
 
 「ほう、どんな風体だ?」

 「二十代中盤の若い男が三名です」

 「要件は?」

 「動画の撮影だと。どうやら動画投稿するサイトの配信を行なっているみたいで。廃校の心霊スポットをめぐってるらしいです」

 配信だと? 
 一番厄介なのが来やがったな。
 
 「よし、俺が行こう。お前ら、各員、〝状況S 第二段階〟だ。配置につけ」

 〝状況S〟とは、民間人と遭遇したさいに取るべき行動を俺がマニュアル化したものだ。
 それを聞くなり、全員は慌てたように施設内を走り回っていた。
 ——やれやれ、全員私服化しといて正解だったな。
 軍服で過ごしてるのを見られたら新手のカルトだと思われる。
 俺はそんなことを考えながら、視線をシトネにうつす。

 「シトネ、二十分後だ」

 俺がそう告げると、彼女は全てを理解したようにコクリと頷き、懐中時計のゼンマイを巻いていた。









ΔΔΔΔΔΔΔΔΔΔΔΔ

 トドロキとともに現地に着くと、太ったマスクをした男を筆頭に、三人の男達がフルハタ軍曹に詰め寄っていた。
 絵にかいたような配信者三人組って感じだ。
 フルハタは無表情で腕を組み、シミズ伍長は呆れたようにその様子を眺めていた。

 「だから、許可は取ってるんですって。え? 何かやましい事があるんですか?」

 「待て、責任者がもうすぐしたら来る」

 「いや、ここで止められる意味がわからないんですけど? 絶対なんかやってるでしょ?」

 うわ~見るからに面倒くさそうな連中だな。
 えんがちょしたい気分で近づいていくと。

 「あっ、しき——ミシマさん」
 
 俺を見るなり、安心したようにシミズ伍長が名前を吐いた。
 おい、今指揮官って言いそうになっただろ。
 心の中でツッコミつつ、配信者集団へと視線を向ける。

 「ああ、どうも。責任者のミシマです。何かご用ですか?」

 「ええ? あなたが責任者? いや、嘘でしょ?」

 「どうして?」

 「若すぎるでしょ」

 まあ、そうだろうな。
 現役バリバリの十六歳です。
 
 「優秀なんですよ。あと、若く見えるんです」

 「おいくつですか?」

 おい、ここはキャバクラじゃねーんだぞ。
 なにナチュラルに年齢聞いてくるんだよ。

 「まず、カメラを向けられてますが、それは配信ですか?」

 「はい、許可とってるんで」
  
 誰にだよ。
 ここは公的に軍が買い取った私有地だぞ?
 ていうかコイツら肖像権とか知らないのか?
 バリバリに撮ってきてやがるんだが。
 まあいい……俺は気を取り直して会話を続けることにした。
 
 「それって、行政の方に?」

 「はい」

 「ここらは私有地ですが?」

 「そんなこと、行政の人は言ってなかったですよ」

 「じゃあ、行政が間違えたんでしょう。確認を取ってください」

 「いや、行政は私有地じゃないって言ってたんで」

 うーん……。
 そもそも彼らが言う行政とは何を指すのだろうか?
 自治会も行政とか思ってそうな集団だしな。
 どこのだれに聞いたかしらんが、まあ話は通じないとみて間違いないだろう。

 「困ったな、このままじゃ平行線だ。アナタがたはどうなされるつもりですか?」

 「正直、怪しいですよね?」

 「はあ?」

 怪しいときたもんだ。
 俺が首を盛大にひねると、太った男は、
 
 「いや、こんな山の中で何かやましい事でもしてるのかなって思って。このまま引き返してもいいものかと思いまして」

 その言葉に思わず笑ってしまうと、太った男が不快げな顔をした。

 「何がおかしいんです?」

 「いや、そんな街中にいそうな軽装で、カメラ持って山奥に三人で来る方が怪しいと思ったんで、笑ってしまいました」

 「じゃあこの先見せてくださいよ。見張りなんか立てて何をしてるんですか?」

 「じゃあ、特別に許可しますけど、カメラは下げてくださいよ」

 「え? なんでです? やっぱりやましいことがあるんですか?」

 「子どもたちがいるからです。よそさまの子どもの顔を全国ネットであげるほど、バカじゃ無いですよね?」

 「子どもたち? 何をしてるんですか?」

 「いいですか、もう一度言いますよ。カメラは下げてください。子どもたちを映したら訴えますからね。今から特別に上に連れていきますけど、納得したらすぐに帰ってください」

 「じゃあ配信は切りますんで、カメラは回させてください。僕らも何かあった時の証拠を残さないといけないんで」

 「あの、話聞いてました? 子どもたちがいるんです。カメラで撮影しないでください」

 「僕らも身の危険、てのを感じてるんですよ。だって、明らかに怪しいじゃないですか」

 俺はトドロキをちょいちょいと呼び寄せてわざと聞こえるように言った。

 「ああ、もう面倒くさい。頭のおかしいやっかいなのが来たな。まあ、さっさと案内して帰ってもらおう」

 「そ、そうですね」

 「いや、聞こえてますけど」

 太ったマスクの男がムッとしたその時——。

 「ミシマさーん」
 
 パタパタとセンザキ・トキヨが元気に走り寄って来る。
 これは〝状況S〟において、当初から予定されていた通りの出来事だ。
 五分以上話し合いが続けば、彼女が降りて来るよう計画に組み込まれている。
 俺はこれを好機に、撮影者達に怒鳴りつけた。

 「おいっ! 子供を撮るな! 何やってんだ!」

 ハッとした撮影者が、慌ててカメラをさげる。

 「どうしたの? だれ?」

 「ああ、ちょっと街から来た人らしんだけど、気にしなくて良いよ。それよりどうした?」

 「サッカーするんで審判してください」

 「トドロキ、行ってくれるか?」

 「はい」

 トドロキとトキヨが去るのを見届けてから、俺は配信者三人組に向き直る。

 「おい、まだ配信してるのか?」

 「……さっきの子供は誰ですか?」

 「良いか、さっき子供を撮りやがったな。ふざけるんじゃねぇぞ」

 「なんでそんなムキになるんですか?」

 「預かった他所様の子供を許可なく撮りやがったからだよ! アンタらマジで自分たちのしたこと分かってるのか? おかしいよ、本当に」

 俺が強めの語気でそう言うと。
 配信者三人組はバツの悪そうな——感じではないな。
 なんか、説教されて面倒くさそうな、ふてくされた中学生みたいな反応だった。
 こいつらは多分、アレだろう。
 子ども時代からあまり成長できていない、かわいそうな奴らなんだな。
 ——ニートやってた俺が言うのもあれか。

 不意にカメラマンがカメラを下げる。
 しかし、配信を切ったようには見えなかった。
 フルハタが威圧的にカメラマンに近寄った。

 「カメラを切ったようには見えなかったけど、どういうつもりだ?」

 その迫力に若干気圧されたのか、

 「おい、切れ……」

 諦めたように太った男はカメラマンにそう告げた。
 俺はカメラマンの手元を覗き込んで、配信を終了したことを確認する。
 そこで俺は盛大にため息を吐き、今度は語りかけるような口調に変更した。

 「あのな、教えてやるよ。ここはな、心の傷ついた子供達が療養する施設をやってるんだ。ボランティアだよ。土地の所有証明書も後で見せてやる。それ見たらさっさと帰ってくれ」

 「……でも、行政の人は」

 「さっきから壊れた人形みたいにずっと言ってるけど、その行政ってのは何だ? どこの役所だ? 担当者の名前は?」

 「何で、それを教える義理があるんですか?」

 「文句言ってやるためだよ。素人記者ごっこ共に嘘を教えやがってふざけるんじゃないとな」

 「……それは覚えてないですけど」

 「分かったよ、面倒な人だな。見せてやるから納得したらさっさと帰れ」
 
 そこで話を切り、俺は踵をかえして懐中時計を確認する。
 ——後、十三分か。
 俺は野郎どもの先頭で一人、ほくそ笑んでいた。








ΔΔΔΔΔΔΔΔΔΔΔΔ

 山道を登っていき、校舎やグラウンドがある平地へと辿り着く。
 グラウンドでは、手筈通りキノトイ達が和気藹々とサッカーをしていた。
 それをしばらく呆然と見つめていた配信者三人組は、ハッと我に帰ったように機材を取り出した。
 今度は携帯ではなく、ちゃんとしたカメラだ。
 ゴッツイやつで、本当にテレビクルーが持っていそうな高級カメラだった。

 「あの、撮影しますよ?」

 「はあ?」

 「いや、モザイクで消せるんすよ?」

 なんの話やねん。
 配信はやめたけど、今度はその高級カメラで撮影してそれをどうするつもりだ?
 まあ、どうせここまできてなんのネタも無く帰るのは惜しいとか思ってやがるんだろう。

 「あのね、お宅らのことは僕は知らないの。知らない人間を信用できる? 出来ないでしょ? アンタらが私らを信用出来ないのと一緒。」

 「いや、僕ら登録者五十万人以上いるんすけど?」

 多ッ!?
 五十万だとッ!?
 意外と人気配信者だったのか。
 最近はゲーム配信ばっかり見てたからこんな奴ら知らなかったな。
 俺は内心動揺を隠しつつ、返答する。
 
 「何? 登録者数が多ければ誰のことでも撮影していいの? 人の私有地で勝手に撮影できるの?」

 「アナタよりは社会的に信用があります」

 ——そう。
 そうだよな。
 彼らの横暴の根底にはこれがあるのだ。
 多数の支持を得ている。
 その事実が、彼らに正当性という名の自信をつけさせている。

 「ああそうか、俺はアンタらよりここにいる人間達に信用されているがね」

 「それがどうしたんです?」

 「あのな、そもそもここまで見せてやる義理なんか無いんだよ。世間一般的にあんたらみたいなのをなんて言うか知ってるか?」

 「なんです?」

 「厄介者、迷惑な人、クレーマー」

 「自己紹介、ありがとうございます」
 
 うざ!?
 なんだこいつら!
 見た感じ三十は超えてそうなのに、なんでこんなガキみたいなことばっか言うんだ。
 それに頑固だし。
 配信者三人組の背後にいるフルハタ達が額に青筋をたてているのが見えた。
 その時——。

 「ミシマさん、持ってきましたよ」

 シノザキが廃校舎から俺が万が一の時に用意していた書類一覧を持ってきた。
 ジャージを着た彼女は、美人教育実習生にしか見えない。

 「うわっ美人……」

 シノザキを見た太った男が、思わずと言ったようにつぶやくのが聞こえた。
 カメラマンも、それが己が使命とでも言いたげなスピードでカメラを向ける。
 それに対し、シノザキはゴミをみるような目で彼らを見返していた。

 もう何も言うまい。
 どうせ——その高そうなカメラはあと数分でぶっ壊れるんだからな。

 「ほら、私有地の証明書だ。確認して」
  
 俺がシノザキから受け取った証明書を渡すと、太った男は驚くべきことを口にした。

 「写メ撮らせて貰いますよ」

 「は? なんで?」

 「いや、偽物だったら詐欺じゃ無いですか」

 に、偽物ぉッ!?

 「あのな、写メで撮った証明書を誰に確認してもらうんだ? それが公的に発行されたものだと誰が証明できる?」

 「本物かどうかぐらい見る人が見れば確かめられるでしょ?」
 
 もう、何か反論する気力もなくなった俺は、今度は別のアプローチで攻めることにした。

 「よし分かった。君らが間違っていた場合はどうするつもりだ?」

 「は?」

 「全部君らが確認したことが間違いだと分かった時、君らはどうする?」

 「そうだったら謝罪しますよ」

 「こっちは君らのために大事な時間を割いた。徒労を惜しんだ。それらを謝罪で済ませる気か?」

 「いや、僕らは怪しいと思ったからここにきたんです」

 「ん? それを目的できたのか?」

 「いや、最初は心霊配信だったんですけど、怪しい人が立ってたんで、カメラを回したんです」

 「ほう——話はかわるが、君らは何か訓練を受けてるのか?」

 「は?」

 「もし、我々が怪しい事をしていたとして、それを見つけて追いかけられた時に、対処できるのか? 素人がでしゃばって怪我したら色んな人に迷惑をかけると思うんだが?」

 「あのー、こう見えてレスリングやってたんで、余裕で対処できますね」

 おっ。
 乗ってきたな。
 一人茶髪のガタイの良い奴がいたから、こいつがパワー系なんだろうなとは思ったが。

 「いや、対処できない。君らは弱い。弱すぎる」

 「なんだったら相手になっても良いですよ」

 しょうもない挑発にのってくるとは、やはり大人になり切れていないクソガキどもだな。

 「フルハタ、コイツら押さえつけるのに何分かかる?」

 腕を組んで静観していたフルハタに聞くと、

 「何でもありなら一分かかりませんよ。もちろん、全員合わせてですね」

 なんでもありなら、か。
 軍隊格闘術は目つき、金的、なんでもやる。
 それらを駆使されたら確かに素人は一分もたないだろう。
 
 「組み技だけで勘弁してやれ。打撃は無しだ」

 「了解です。おい、ガキ。来いよ」
 
 フルハタ軍曹が挑発的な笑みを浮かべた。
 ジャージの腕捲りをし、顔に似合わない筋骨隆々さを披露した。
 それに少し警戒したように、茶髪のあんちゃんは姿勢を低く、レスリングのポーズをとる。
 そこで俺は、にこやかにカメラを持った男に語りかけた。

 「良いよ、撮影して」

 「えっ」

 「しっかりカメラに治めとけよ。お仲間の雄姿をな」

 いきなり撮れと言われ、驚いた表情を浮かべるカメラマン。
 ていうかもう、撮ってるけどな。
 太った男も少し、顔が引きつっているのが分かった。
  
 「ハタさん、殺さないでくださいよ」

 シミズが面白そうにあおる。
 フルハタは余裕そうに首を鳴らす。
 トドロキは対照的に、若干呆れたようにその様子を眺めていた。
 その異様な雰囲気を感じ取ったからか、

 「ちょっと、怪我しちゃうから」

 太った男が中断させようとしてくるが——。
  
 「いや、大丈夫だよ。ギブならギブって言ってくださいね。失神しちゃいますから」

 茶髪の男は好戦的な表情でそう口にした。
 うーん、良いフリだ。
 フルハタは待ちきれないように獰猛な笑みを浮かべた。

 「ほんじゃあ行くよー。よーい、はじめ」

 俺が開始の合図をした、その時。
 一瞬だった。
 フルハタは組みついてきた男の腕を取り、膝をつきながら強烈な一本背負いをかました。
 レスリングでもお目に掛かれる技だ。
 地面に叩きつけられた男は顔を真っ赤にして必死にもがくが、完全に首を押さえつけられて苦しそうにしている。

 「そりゃそうだよ……」
 
 達観した様に呟くトドロキ上等兵。
 彼は頭のイかれたフルハタとかいう軍曹から再三に渡るシゴキを受けてきたのだ。
 実力差があるのは明白だと感じ取っていたのだろう。

 「はい、ヤメ」

 俺の号令でフルハタが拘束を解くと、男は立ち上がり様に思い切り拳を振り上げた。
 禁止されたはずの打撃攻撃だ——いや、向こうは別に禁止してないか。
 フルハタは華麗なサイドステップで拳を躱し、ドンと突き飛ばして地面に転ばせる。
 そこへダメ押しのように強烈な蹴りを見舞った。
 茶髪の男が苦しそうにもがき苦しむ。

 「お、おい、もうやめろって」

 太った男が制止するが、顔を真っ赤にした茶髪な男は止まらない。
 屈辱にはらんだ瞳で狂ったように執拗にフルハタを追いかける。
 フルハタはつまらなそうに冷たい目を浮かべながら、

 「トドロキ、代われ。パンチもキックもありだってよ」

 「え?」

 いきなりふられたトドロキ上等兵は困惑しながらも茶髪な男と相対し、そして——。
 ワンパンチで男をノックアウトしてしまった。
 完全なる失神とまではいかず、うめきながらその場でうずくまる。

 まるで閃光のようなストレートだ。
 そういえばトドロキは面談時に言っていたな。
 軍に入る前は、小柄ながら元ボクシングのジュニアチャンピオンだったと。

 「おい! やり過ぎだろ!」

 先に拳を振り上げたのは奴らである。
 しかし、非難するように太った男は俺たちを指さしていた。
 その顔に、ここに来た時のような余裕さは感じられない。
 寧ろ、多大なる恐怖を抱いているようだった。
 ——俺はそこで、仕上げの作業に入ることにした。

 「いやあ、見事だ見事。君らは誠に今の若者にしてはガッツがある。おじさん、年甲斐も無く感激してしまったよ」

 パチパチと拍手をしながら笑顔を見せる俺に、太った男はギョッとしていた。

 「撮影だっけ? 好きなだけ居てくれて良いよ。なんなら各施設に案内してあげよう。君らはその価値のある、素晴らしい人間だ」
 
 俺は全員に見えるように懐中時計を懐から取り出し、時間を確認する。
 これは〝状況S〟より、新たな作戦が発動する時の合図だ。
 それを遠巻きに隠れて見ていた子どもたちが慌てて校舎へと戻っていくのが見えた。
 後、七分か——。











ΔΔΔΔΔΔΔΔΔΔΔΔ



 「さあさあ、君たち。好きにくつろいでくれ。俺たちは君らのような人間をずっと待っていたんだよ」

 俺は配信者三人組を廃校舎の食堂へと案内し、席に座らせていた。
 机上には人数分のコーヒーがおかれ、湯気を立てている。
 最初とは打って変わっての歓待ぶりに、もはや恐怖心を抱いているようにみえた。
 ようし——仕上げの時間だ。
 
 「どうした、借りてきたブタさんみたいに落ち着いてしまって、なにか聞きたいことはないのか?」

 「……」

 「ミシマさん、できましたよ」

 厨房のフキタが、声をかけてきた。
 
 「おお、運んでくれ。今、ちょうど子供たちが食べる料理が完成したみたいだ」

 「あ、あの」

 「ん? どうした?」

 「ちょっと、もう帰ろうかなと思ってまして」

 フルハタがテーブルにナイフを突き立てる。
 大きな音が鳴り、三人はびくっと震えていた。

 「地球人はナイフで食べるんだろ? どうぞ」

 「は、は? ち、地球人?」

 俺が促すと、三人はもはや意味が分からないと言った風に半泣きになっていた。
 そこで——デカい皿に料理を盛ってやってくるフキタ。

 その皿に盛られた物体を見て、三人は驚愕に顔を引きつらせていた。
 ——後、二分。

 「私の好物だ、口に合うといいね」

 「あ、あ、あ、あぁ、あの……」

 「ん?」

 「そ、それっ、それって……」

 なんと、フキタが持ってる皿には——湯気を立てた何かしらの脳みそみたいな物体が盛られていたのだ。
 しかもそれを持ってるフキタは、血だらけのキッチン服を身にまとっていた。
 茶髪の男はそれを見て、吐き気を催したように口を押える。
 ——後、一分。
 
 「吐くなあ!」

 「ひっ……」

 「物質が失われる。この空間の汚染もありえる」

 「ぶ、ぶっしつ……?」

 俺の意味不明な言動に、三人は恐怖に震えるように身をちじこませていた。
 そこで、張り付いた能面のような笑みで拍手を繰り出す。

 「君らは選ばれたんだよ」

 「え、選ばれた?」

 「ここで真実を明かそう。我々は、君らが宇宙人と呼称する生命体なのだ」

 「へっ……ぇえッ!?」

 「同胞も既にこちらへと向かっている。君らは最初の目撃者となる」

 「や、やばいってコイツらっ! 逃げよう!」

 茶髪の男が我先に立って逃げようとするが、そこにフルハタ達が立ちはだかる。
 ——時間だ。

 「来たようだ」

 俺は食堂の扉をあけ放ち、配信者三人組に廊下へと出るように促す。
 配信者三人組はビクビクしながらついてきた。
 そして——驚愕に顔を引きつらせることになる。

 彼らは目撃したのだ。
 廊下の窓から——校庭に浮かぶ、謎の白い人型の物体を。
 物理法則を完全に無視したその物体を目の当たりにした三人は、それぞれが違った反応を見せていた。 

 「ああ、神さま……」

 カメラマンをやっていた男は膝から崩れ落ち、
 
 「やばい……これはヤバいって!!」

 太った男は携帯を取り出してどこかに電話をかけようとするも、うんともすんとも言わない携帯に絶叫し、

 「ダメだ、こりゃ……ははッ……」

 茶髪の男はそれを見て絶望したように頭を抱えていた。

 
 
 











ΔΔΔΔΔΔΔΔΔΔΔΔ
 


 ネタ晴らしをしよう。
 〝状況S〟はそれぞれ五段階の項目がある。
 まず、フルハタ達のみで対処可能な第一段階。
 俺がやってきて、やっと対処可能な第二段階。
 校庭まで連れてきて、対処可能な第三段階。
 校舎へと案内し、対処可能な第四段階。
 エルフライドを出動させ、対処可能な第五段階。

 今日の出来事を通じて、順を追って説明しよう。
 まずは山道を上ってきた配信者をフルハタ達が一時対応、足止めをする。
 その隙に、トドロキが俺に状況を報告しにくる。
  
 状況把握した俺は電光中隊に〝状況S 第二段階〟を発令。
 次の段階に移行した時のために、全員に持ち場について準備をさせるわけだ。
 そして俺はフルハタ達のもとへと向かう。

 俺が帰れと言っても帰らず、交渉は決裂。
 第三段階へと移行し、校庭まで案内した。
 しかしそれでも訳の分からない論理をわめき散らし、帰らない配信者三人組。

 そこで俺は懐中時計を見るしぐさで第四段階発令を宣言。
 配信者三人組を校舎内へと誘導。
 今までと打って変わって歓迎をし、恐怖心を抱かせる行動、言動を連発する。
 正常な日常から少しづつ歯車が狂ったように異常な方向へ——。
 ホラー映画での鉄板ネタだ。

 そんな感じのノリでいきなり宇宙人を名乗ると、配信者三人組は信じるまではいかなくとも、頭のおかしい奴らだと思って恐怖心を抱くって寸法だ。

 そして第五段階。

 『シトネ、二十分後だ』

 シトネには第二段階宣言時、あらかじめエルフライドに乗って、二十分後に校庭でエルフライドで浮遊するように言っておいた。

 エルフライドは歩く動作までは大丈夫だが、浮遊すると強烈な電磁波をまき散らす。 

 よって、配信者三人組の機材及び携帯——電子製品は軒並み破損し、外部との連絡は勿論、ここでの記録は全て失われる。
 
 更に——エルフライドを目撃したことによって、配信者三人組は俺たちが本当に宇宙人であるという嘘を信じるわけだ。
 実際、三人ともエルフライドを目撃して失禁してしまっていた。 

 ここから——最後の仕上げだ。
 そんな哀れな連中に、俺はこう声をかけてやる。
 
 「まだ接触は早かったか——まあいい。君らの住む町には危害を加えないでいてやろう、今日あったことを話さないのであればね」

 超テクノロジーを目の当たりにしたのだ。
 いかに彼らが承認欲求の塊だろうが、必ず口外することは無いだろう。
 なんせ、世間をにぎわす宇宙人本人からの忠告だ。
 
 彼らは生気を失った人形のように、のろのろと帰っていった。
 その背中を見ながら、

 「……やり過ぎでは?」

 と、シノザキは言い。

 「流石准尉です! 狙い通りですね!」

 「この一連の流れこそ、動画の企画みたいですよね! アイツらの間抜けな顔見たか?」

 「……ある意味、彼らにとって一生忘れられない思い出になったと思います」

 と、フルハタ達は大喜びだった。
 久しぶりに暴れられたのもいいガス抜きになったらしい。
 脳筋どもめ。

 パイロット達はいつも通りだ。
 作戦を成功させたんだ! というような達成感に満ちた表情を浮かべていた。
 
 「ん?」
 
 ふと、シトネに袖を引っ張れられて視線を向けると——。
 
 「お役に立てました?」
 
 そんなことを聞いてくる彼女がいとおしくなり、頭をなでてやる。
 彼女はそれを受けてなぜか寂しそうに——小さくはにかんだのだった。
  
 
 
 
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