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第13章 2度目の学園生活
102 追憶の旅路-アーテル直轄領
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王都を出発した日の夕刻。
私たちは王都の東にあるアーテル直轄領の領都に到着した。
今回の旅は領主との面会のために少し遠回りをして領都を巡ることになる。加えて王族の正式な移動となれば城の貴賓室や各都市にある高級宿に泊まることになるだろう。
そのためマギルス公爵領までは野営を行わずに八日ほどかけて移動する予定になっていた。
「もうすぐ領城に着く。二人とも準備は良いかい?」
「もちろん」
「わたくしも……大丈夫です」
領主との面会に私も同行することは二人と最初に決めたことだった。
けれど、公爵家の長女として社交に慣れているはずのアスカルテが何故か緊張した面持ちで頷いている。
「どうしてアスカルテが緊張しているの?直轄領ってことは代官が管理しているのでしょう?」
アーテル領は20年以上前に当時の当主が罪を犯した際に伯爵家が解体され直轄領となった。
直轄領を管理する代官は、城勤の文官や騎士、爵位を持たない貴族、領地を持たない法衣貴族から選ばれることになっている。領主と比べても代官が持つ権限は限定的なためアスカルテが緊張する相手というのは意外に思えた。
「そうか……そういえばティアに伝え忘れていたな。アーテル領は数年前からお祖父様たちが隠居している。代官は先代元帥であるドミニク殿、副官はお祖父様の近衛騎士団長だったフランツが務めているのだ」
アーテル領を管理している人たちの名前に目を見張った。
思わずコルネリアスのことを睨みつけると視線で謝罪を見せてくる。
「アスカルテは先々代の国王夫妻とはあまり面識がないからな。緊張しても仕方がない」
「それだけではありませんよ。わたくしのお祖父様……ドミニク様には何度か稽古をつけていただいたことがあります。誰よりも貴族らしく厳格で怖い方ですから」
アスカルテの言葉に内心で笑いそうになった。
ドミニクは剣術と槍術、体術を極めているだけでなく大抵の魔術も使いこなすことができる。全盛期であれば王国最強の一人であり、その強面の見た目は他国からは鬼元帥と呼ばれるくらいには恐れられていた。
口数が少ないこともあって誤解されやすいが王国と家族を何よりも大切にする優しい人だった。
「ドミニク殿というよりもグラディウス公爵家は皆厳しいだろう」
「そう?お父様やお兄様は優しいと思うけれど……」
「アスカルテが絡まなければな……噂をすれば影らしいぞ」
馬車が領城の前でゆっくり停止するなか、コルネリアスは窓の外を見ながら呟いた。
私も釣られて窓に視線を向けると懐かしさを覚えて喉の奥が熱くなるのを飲み込んだ。
悟られないように息を大きく吸い込んで二人に従って馬車を降りた私は、不自然にならない程度のカーテシーをする。
「お祖父様、お久しぶりです」
「建国祭以来だな。よく来た。アスカルテ嬢も息災なようで何よりだ」
「ありがとうございます。こうして挨拶できることを嬉しく思います」
「私は既に引退した身だ。そう畏まらなくても良い。せっかくドミニクやレグルスもこの場にいるのだ。あまり時間はないかもしれんが家族との時間も過ごすといい……さて」
グラビスは穏やかな笑みを浮かべて二人と言葉を交わすと私に視線を向けてきた。見定めるような剣呑な視線は、時が経った今でも衰えを感じさせないものだった。
「噂を聞いている。平民でありながらコルネリアスと恋仲で妃の立場を狙っているとな」
「コルネリアス様と親しくさせていただいているティアと申します。以後、お見知り置きを」
「ほう。どんな身の程知らずかと思えば意外と礼儀正しいではないか……ドミニク。彼女との面会の準備をしてくれ。城への滞在を認めるのはそれからだ」
最悪の場合は門前払いや冷遇されることも覚悟していた。
いくらコルネリアスやアスカルテが口利きをしてくれたとしても、外から見て平民で婚約者を奪略しようとしている今の私を認めてくれる貴族はまずいない。身分を考えれば直答を許してくれる貴族も少ないくらいだ。
むしろ話し合いの機会を設けてもらえるだけ驚くほどの待遇と言えるだろう。
「グラビス様。わたくしやコルネリアス様の同席を認めてもらえないでしょうか?」
「ならん。お前たちがどう考えていようが彼女は王国全ての貴族を敵に回したに等しい。むしろ城に入る許可を与えたのだから感謝して欲しいくらいだ」
「アスカルテの気持ちは嬉しいけど大丈夫。納得してもらうから待っていて欲しい」
心配そうに見つめてくるアスカルテに向けて問題ないと告げると渋々頷いてくれた。
「アスカルテの心配は分かるがティアなら大丈夫だろう」
それから二人と別れた私は城の応接間に案内された。そのまま少しだけ待っているとグラビスが部屋に入ってきて対面に座り侍女がお茶を置いていった。
「お一人だけなんですね。ドミニク様もいらっしゃるのかと思ってました」
「ドミニクは孫娘を溺愛していてな。本人たちが納得しているとはいえ彼奴はお前を許さないだろう……まぁ、私もお前のことを認めたわけではないが言い分くらいは聞こう」
グラビスは強く言い放つと不敵な笑みを浮かべていた。
私たちは王都の東にあるアーテル直轄領の領都に到着した。
今回の旅は領主との面会のために少し遠回りをして領都を巡ることになる。加えて王族の正式な移動となれば城の貴賓室や各都市にある高級宿に泊まることになるだろう。
そのためマギルス公爵領までは野営を行わずに八日ほどかけて移動する予定になっていた。
「もうすぐ領城に着く。二人とも準備は良いかい?」
「もちろん」
「わたくしも……大丈夫です」
領主との面会に私も同行することは二人と最初に決めたことだった。
けれど、公爵家の長女として社交に慣れているはずのアスカルテが何故か緊張した面持ちで頷いている。
「どうしてアスカルテが緊張しているの?直轄領ってことは代官が管理しているのでしょう?」
アーテル領は20年以上前に当時の当主が罪を犯した際に伯爵家が解体され直轄領となった。
直轄領を管理する代官は、城勤の文官や騎士、爵位を持たない貴族、領地を持たない法衣貴族から選ばれることになっている。領主と比べても代官が持つ権限は限定的なためアスカルテが緊張する相手というのは意外に思えた。
「そうか……そういえばティアに伝え忘れていたな。アーテル領は数年前からお祖父様たちが隠居している。代官は先代元帥であるドミニク殿、副官はお祖父様の近衛騎士団長だったフランツが務めているのだ」
アーテル領を管理している人たちの名前に目を見張った。
思わずコルネリアスのことを睨みつけると視線で謝罪を見せてくる。
「アスカルテは先々代の国王夫妻とはあまり面識がないからな。緊張しても仕方がない」
「それだけではありませんよ。わたくしのお祖父様……ドミニク様には何度か稽古をつけていただいたことがあります。誰よりも貴族らしく厳格で怖い方ですから」
アスカルテの言葉に内心で笑いそうになった。
ドミニクは剣術と槍術、体術を極めているだけでなく大抵の魔術も使いこなすことができる。全盛期であれば王国最強の一人であり、その強面の見た目は他国からは鬼元帥と呼ばれるくらいには恐れられていた。
口数が少ないこともあって誤解されやすいが王国と家族を何よりも大切にする優しい人だった。
「ドミニク殿というよりもグラディウス公爵家は皆厳しいだろう」
「そう?お父様やお兄様は優しいと思うけれど……」
「アスカルテが絡まなければな……噂をすれば影らしいぞ」
馬車が領城の前でゆっくり停止するなか、コルネリアスは窓の外を見ながら呟いた。
私も釣られて窓に視線を向けると懐かしさを覚えて喉の奥が熱くなるのを飲み込んだ。
悟られないように息を大きく吸い込んで二人に従って馬車を降りた私は、不自然にならない程度のカーテシーをする。
「お祖父様、お久しぶりです」
「建国祭以来だな。よく来た。アスカルテ嬢も息災なようで何よりだ」
「ありがとうございます。こうして挨拶できることを嬉しく思います」
「私は既に引退した身だ。そう畏まらなくても良い。せっかくドミニクやレグルスもこの場にいるのだ。あまり時間はないかもしれんが家族との時間も過ごすといい……さて」
グラビスは穏やかな笑みを浮かべて二人と言葉を交わすと私に視線を向けてきた。見定めるような剣呑な視線は、時が経った今でも衰えを感じさせないものだった。
「噂を聞いている。平民でありながらコルネリアスと恋仲で妃の立場を狙っているとな」
「コルネリアス様と親しくさせていただいているティアと申します。以後、お見知り置きを」
「ほう。どんな身の程知らずかと思えば意外と礼儀正しいではないか……ドミニク。彼女との面会の準備をしてくれ。城への滞在を認めるのはそれからだ」
最悪の場合は門前払いや冷遇されることも覚悟していた。
いくらコルネリアスやアスカルテが口利きをしてくれたとしても、外から見て平民で婚約者を奪略しようとしている今の私を認めてくれる貴族はまずいない。身分を考えれば直答を許してくれる貴族も少ないくらいだ。
むしろ話し合いの機会を設けてもらえるだけ驚くほどの待遇と言えるだろう。
「グラビス様。わたくしやコルネリアス様の同席を認めてもらえないでしょうか?」
「ならん。お前たちがどう考えていようが彼女は王国全ての貴族を敵に回したに等しい。むしろ城に入る許可を与えたのだから感謝して欲しいくらいだ」
「アスカルテの気持ちは嬉しいけど大丈夫。納得してもらうから待っていて欲しい」
心配そうに見つめてくるアスカルテに向けて問題ないと告げると渋々頷いてくれた。
「アスカルテの心配は分かるがティアなら大丈夫だろう」
それから二人と別れた私は城の応接間に案内された。そのまま少しだけ待っているとグラビスが部屋に入ってきて対面に座り侍女がお茶を置いていった。
「お一人だけなんですね。ドミニク様もいらっしゃるのかと思ってました」
「ドミニクは孫娘を溺愛していてな。本人たちが納得しているとはいえ彼奴はお前を許さないだろう……まぁ、私もお前のことを認めたわけではないが言い分くらいは聞こう」
グラビスは強く言い放つと不敵な笑みを浮かべていた。
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