植木鉢

鵜海 喨

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終わり

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 入道雲。それは笑った気がした。地平線の遥か上、澄んだ調子で青に浮かんでいる。ツクツクボウシが静かに亡き、木から落ちる。そんな音も。
 夏はオニヤンマみたいに通り過ぎ、次には翅だけが舞っていた。私の何もない夏に祝杯を上げ、ジョッキから泡が飛ぶ。魚になり空を見上げているようだ。歪んだ山々と人の影。
 米の穂が大きく膨らんだ季節。まだ、青々しい稲は風に揺られ音を上げた。
 
 何もない田舎道。夏至が過ぎた日差しは眠そうに早々にあくびを漏らす。
 重い金属の音。電車は忙しく汽笛を鳴らし、人を拐っていく。

 夕焼けを横目に、建物の影に歩き入る。まだ目が慣れなくて少し暗い影の中、君は腰に手を当てて立っていた。足元には大きな荷物が置いてある。
 鮮明になっていく影の世界。この人が電車に拐われていくと思えば、苦しいものがある。
 君しか居ない。嘘ではない。でも本当だと認めたくもない。夏休みは苦く塩っぱい現実。でも酸味で、舌は既に溶かされてもう辛味つらみしか感じないや。汗みたい。涙みたい。
 溶けた舌に、染みる塩。痛くて辛くて、逃げ出したい。
 誰かが、「辛」に一本線を付き足せば「幸」に成ると言っていた気がする。だけど、線は床に落としてしまった。拾う気も、指を動かす気すら起きない。

 夕闇の影に目が慣れて、君の顔がハッキリと見える。迷いもなく、獣道を掻き分けて舗装していく君。君は走って行ってしまった。私も走りたかったけど、圧力に潰され怖くて、動けなくなっていた。水の中に居るみたい。それでも君は私の手を握って引っ張ってくれた。

 気分が沈んでいく。自分を助ける灯台ならば、折って壊してしまいたい。行き先なんて存在しない。何もしたくない。いやできない。動けない。君の前で笑う私が、嬉しいけど、それ以上に辛い。重い重い硝子玉を持っているよう。綺麗で壊したくない硝子玉、もう落としてしまいたい。

 どうでも良くなってきた。何も要らない。なにか言われる事がどうしようもなく怖くて。居場所なんて無くて。相談できる人も居ない。相談所に電話をかける元気すらない。

 ただ、舞った翅みたいにゆらゆら苦痛に落ちていく。
 君は、何も知らない。

「行ってくるよ」
 そう、君はニカッと笑った。そんな、笑顔に私も微笑返す。
 眩し君と暗い私。暗い顔していたらどうしよう。

 古びた駅で点滅する蛍光灯。
 手を振り去った明日の希望。


 安堵の息が漏れる。穴の空いたバケツみたい。
 振らつく足に、寂しく鈴虫が鳴いた。動き止めるように。

 夜空に光る星、消えた消えた、離れてく。
 君居た日が消える夜。ぷかぷか私の黒い明日。

 酷く美しい貼り付け式の夜空。そんなのに手を上げ願う夢見事。

 明日が来なければいいのに。
 根の無い明日の自分自身。
 私、ちゅうぶらりん。
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