ムーンフェイズ・ウィルド・アルファ

熊野八太

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15.怒りが一周まわって

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 午後の日差しを浴びつつ、秋晴れの中をあたしは王都ブライアーズ学園を普段着で歩いている。

 その日は放課後に部活には行かず、学園を訪ねていた。

 先日までの調査の中で文書をコピーする魔法があったら便利だと思い、イエナ姉さんに相談した。

 その結果、【複写デュプリケイト】という魔法があるので覚えたかったら学園まで来るように言われたのだ。

 学園の構内を歩くが、建物や構内の並びは異なるものの、その雰囲気は王立ルークスケイル記念学院と大きくは変わらない。

 ただ、構内を行きかう同年代の子供たちは学園の生徒なのだろうが、皆私服だ。

 学院と違い、学園は制服が無くて服装は自由なのだそうだ。

「キャリルに誘われなかったら、ここに通ってたかもしれないんだね」

 あたしはそう呟いて、構内の案内板を探した。

 やがて待ち合せの講義棟近くのベンチにたどり着くと、イエナ姉さんと従姉のリンジーが待っていた。

「ウィン、ここまで迷わなかった?」

「うん、案内板を見ながら来たからね」

「ようウィン、元気そうじゃないか。学院ではいじめられたりいじめたり、いじめたりしてないか?」

「どういう意味よリンジー姉。ていうかいじめるのを二回聞くな」

「だってウィンだし?」

「はあ?」

 そんなやり取りをして、あたしたちは講義棟の空いている教室に入った。

「学外の人間が勝手に入って大丈夫なの?」

「学園はそういうのは緩いから大丈夫よ。不審者とかは警備に通報されるし」

「そうそう。――それで、複写の魔法だったか? そんな魔法があるなんて思いつきもしなかったよ。わたしも覚えちまおうかな」

「そうね。複写の魔法はデスクワークをする人間には割と身近だけど、知らない人は知らない魔法よね」

「ウィンから相談したんだったっけ? よくそんな魔法があることを思いついたな」

「うん。資料を書き写すのにラクができないかなって思ってさ」

「ラクをしようとするのには昔から一生懸命よねーウィンは」

「……なかなか筋金入りだな」

 そのあとリンジーとあたしはイエナ姉さんから【複写デュプリケイト】を習った。

「けっこう簡単に覚えられたね」

「確かにな」

「複写は覚えるのは楽だけど、初めのうちは複写し終わるまでは時間がかかるから練習してみてね」

「分かったわ」

 魔法の特性として、インクや鉛筆や紙などの筆記具を用意する必要があることや、複製で出来たものは初心者が使う【鑑定アプレイザル】でもバレることなどを聞いた。

「際限なく複写したら、インク代とかがすごいことになるから気を付けなさい」

「「はーい」」

「そんでウィン、このあとどうすんだ?」

「ん? 特に予定も無いけど。適当に学園内を見学して帰ろうかな」

「……ちょっと、話しておきたいことがあるんだ」

 そう告げるリンジーの様子を見れば、多少の怒気と焦りのようなものが表情から読み取れた。

 ある種肌がひりつく様な予感めいたものを感じたので、あたしはリンジーに訊いた。

「けっこう内緒の話だったりするかな?」

「ああ。そうだな」

「分かった」

 そう応えてから【風操作ウインドアート】を使い、あたしたち三人の周りを見えない防音壁で覆った。



「ウィン、お前は新入生だしあまり王都内をうろついてないだろうから、今んところ関係無いかも知れないけど、クギをさしとこうと思ってな」

「どういうこと?」

「学園の知り合いでな、違法薬物に手を出してそうな奴が居るんだ」

「……」

 耳にした違法薬物という単語に、あたしは自分の中に怒りが湧き上がるのを感じた。

「効果は不明だが常習性がありそうでな。加えて体調にも影響が出そうなんだ」

「ちょっとリンジー、わたしも初耳なんだけど……」

「ああ……とにかく、怪しい薬物にお前が手を出すとは思えないが、知り合いとかが関わってたら止めてやれ」

「……分かったわ」

「ねえ、あなたの知り合いってどの子よ? そこまで話したんだから教えなさい」

 リンジーは迷った表情を浮かべてから、口を開く。

「同じ学年のジャロッド・ヤシルだ。わたしと同じ医学科の生徒だよ。医学を学んでるのに違法薬物に手を出したなんて思いたくねぇんだが……」

 ぽつぽつとリンジーは語る。

 ジャロッドは親がリンダ伯母さんの友人で、リンジーにとっては幼なじみなのだそうだ。

 実家は書店で兄が店を継ぐことになっているらしい。

 医学を修めて見習い医師になり、ゆくゆくは独立する話を聞いていたそうだ。

「今年になってあいつの成績が落ち始めてな。心配してたんだが、相談に乗ろうとして話をしてもその内容を忘れたりして……。変だなって思ってたんだ、メシも減ってるみたいだったし。わたし、そうしてるうちに部活関係で違法薬物が流れてる噂を聞いてさ。こっそり、医者が診断につかう手順で【鑑定アプレイザル】を使ったら多臓器障害の兆候があって……その原因が違法薬物らしくて……。わたし……。大丈夫なのかってきいてもあいつ、大丈夫だよって笑って……。わたし……」

 そこまで苦笑いしながら話していたリンジーの目からひと筋、涙が流れた。

 そこまで聞いたイエナ姉さんが立ち上がって、リンジーを抱きしめた。

「先生に相談しよう。ね? 早めに手当てしたほうがその人にもいいと思うから」

 リンジーの堪えるような泣き声が、あたしの心に火を点ける。

 怒りが湧き出る意識を抑えて、あたしは目を閉じて考える。

 この状況で最優先なのは、リンジーの幼なじみの安全だ。

 その上で、違法薬物を流している連中に手を打たなければならない。

 ブルースお爺ちゃんに相談して騎士団に動いてもらうよう頼むか?

 でもお爺ちゃんはともかく騎士団がすぐ動いてくれる確証はない。

 それなら調査だけど、もともと関わっていたデイブに相談したほうが早いかも知れない。

 デイブが無理ならお爺ちゃんに当たればいいし、最悪キャリルやロレッタに泣き付くか。

 ――目の前でリンジー身内が泣いている。

 身内を泣かせた者に応報しろと囁くのは、あたしの血に流れる何かだろうか。

「リンジー姉……。あたしも先生に相談したほうがいいとおもう。その上で、あたしも手を打つから」

「ウィン、何か案があるの?」

 イエナ姉さんが問う。

「あたし冒険者登録したんだけど、ギルドの相談役が母さんの弟弟子だったの。その人に動いてもらうわ。そのジャロッドさんは違法なものに手を出したとしても、被害者でもある。身体もそうだけど、その人の社会的な安全も確保しなきゃ」

 そしてあたしはこれからの流れをリンジー姉とイエナ姉さんに説明した。



 夜になって寮を抜け出し、あたしはソーン商会に居た。

 訪ねることは事前にデイブに伝えてある。

「それでお嬢。大急ぎで相談って何があった」

「大急ぎなのが、従姉の彼氏が医学科に通ってるのに違法薬物に手を出してた可能性が高いこと」

「……ほかは?」

「それ以外は、あたしが所属した薬草薬品研究会がほぼシロだったこと。あとは学院内での違法薬物、貴族派閥、魔神信奉者の情報が週一で副学長に渡ってて、国に渡ってること」

 いまあたしはデイブの店のバックヤードに居て、テーブルをはさんで丸椅子に座って話し込んでいる。

 その場にはデイブとあたしと、デイブの奥さんのブリタニーがいる。

 彼女も月転流ムーンフェイズとのことだ。

 テーブルの上にはブリタニーが出したお茶が、ハーブの香りを漂わせている。。

「順番に行こうか。お嬢の身内のヤクの話はどうなってる?」

 現時点までの経過は、イエナ姉さんから通信の魔法で話を聞いている。

「従姉と姉が学園の先生に相談した。そのまま使用者は学園の附属病院に検査入院になったわ。親が付き添ってるらしいから、本人が悲観して自殺とかは防げると思う」

「検査結果はどうなってる?」

「薬物使用はほぼアタリだったみたい。いま確定診断のために臓器のダメージを調べてるって」

「そうか。本人は会話は可能か?」

「判断能力は多少低下してるみたいだけど、会話には応じてるらしいわ」

「よし。じゃあそいつからヤクを買うことになった話は聞けるか」

「真贋鑑定を魔法で行って証言を取ってほしいわ。そのうえで、その身内の彼氏を社会的に守りたいの。このまま退学とか納得できないから」

「そうだな……そいつは医学科だって言ったな? そりゃ確かに違和感がある話だ。はじめに身体に入れたときに、ヤクとバレないようにやられたんじゃねえのか?」

「私もそれに同意するわ。毒を食べ物や飲み物に混ぜられたような感じかね」

 それまで黙って聞いていたブリタニーが口を開く。

「うん、あたしもそう思う。それってサギの被害者ってことよね?」

「詐欺と傷害だ。証言は取るが、それで行けるわな。元々ギルドに調査依頼が来てたから、その関連で手を打とう。今日この後に、おれがギルド依頼の対応ってことで学園の附属病院に行ってくるわ」

「頼むわ。それで、その後はどうなるの? 薬の出元にガサ入れとかになるのかしら」

「大元のギルドへの依頼は調査依頼だ。情報収集だな」

「要するに、“情報が取れれば”いいわけね?」

「どういう意味だお嬢?」

「あたしね、いまブチ切れてるの。怒りが一周まわって冷静になってる。薬の出元のリーダー格の身柄を拉致して、残りを斬り捨てたい程度にはね」

 デイブはあたしの目をのぞき込んで、ひとつ溜息をしてから口を開く。

「まあ、今回の件は学校に通うような子供にヤクを使わせた時点でいろいろアウトだ。何らかの見せしめはあっても構わんな。――王都にも悪党はいるが、そいつらは元ストリートチルドレンだったりする。ガキを際限なく食い物にするのは昔から暗黙のルールでアウトなんだよ」

「……そもそもね、あたしは身内の彼氏をクスリでボロボロにされて、黙ってられるほど聖人でも聖女でも無いのよ……ッ!!」

 あたしの言葉を聞いて、ブリタニーが獰猛な笑みを浮かべる。

「いいね。身内の関係者がやられたんなら、月転流の流儀ならやる、、べきだ」

 あたしたちのやり取りを聞いていたデイブが、表情を変えずに「ま、確かにな」と小さく呟いた。

「月輪旅団の根っこは互助会だって前に言ったな、お嬢?。もともと月輪旅団は先祖が流民でな、狩猟や冒険者で食いつないでいたらしい。その基本的な方針が、『身内のために動く』だ。いまでこそ連絡網が一国の諜報部並だったり、一団で戦局を打開する打撃力を持つとか、『通った後には肉と血の河しか残らない』とか色々言われてる。だが、月転流を突き動かすのはいつも『身内を思う心』なんだ」

「……」

「だからお嬢は、性根を含めて正しく月転流だよ」

 そう告げるデイブの目の底には、信念のようなものが感じられた。

 その後、ハーブティーを飲みながら残りの報告を済ませて資料を渡した。

 農場職員の調査はデイブが引き継ぎ、学院内での全ての追加調査については当面はあたしの生活圏でうわさ話を集める程度でいいということになった。

「それじゃあデイブ、よろしくね。拠点への踏み込みが決まったら、必ず声をかけて。あたしの持ち込んだ話だから、あたしも行くから!」

「分かってるぜお嬢。そっちこそ突っ走るなよ」

「うん」

 そしてあたしはソーン商会を後にした。
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