ムーンフェイズ・ウィルド・アルファ

熊野八太

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19.二つ名で呼んでいるのを知って

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 結局あたしはパトリックが預かった伝言で、筋肉競争部の謝罪とやらを聞きに行くことにした。

 『八重睡蓮やえすいれん』はあたしの称号になってしまった呼び名だ。

 それを先生から部長が聞いているなら、学校側が何か把握しているのかも知れない。

「それで、ウィンちゃんは結局行くんやな」

「うん。たぶん話を聞いておいた方がいいと思ってさ」

「それなら私も行くことにします」

「わたくしは関係はありませんが、念のため同席いたしますわ」

 あたしの表情が硬くなったのを察した実習班の仲間は、キャリルも含めて同行してくれることになった。

 部長は食堂に居るというので、パトリックの案内でみんなで移動した。

「ふむふむ。槍はわたくしも興味がありますの」

「なかなかシンプルかつ強力な武器だ。習い始めると面白いと思う」

 道すがらパトリックが騎士を目指している話をキャリルが聞き出し、出身地の領兵が採用している槍術を身に付けているという話を聞いていた。

 キャリルは武術研究会に誘っていたが、パトリックは身体を作りたいのだと言って断った。

 筋肉競争にしても、冷静に話を聞いてみると大元は王国史に由来する競技であるようだ。

 ディンラント王国が過去の戦争で大勝したとき、それを伝える伝令が王都中を走り回って身振り手振りで民に勝利を伝えたのが興りだという。

 今ではチェックポイント付きの持久走競技マラソンになっていて、チェックポイントでは一定時間筋肉を美しく見せるポーズをとるらしい。

「そんな謂れがあったんですね。私、暴走集団にしか思えませんでした」

「先輩たちも身体を仕上げることに必死で、騎士団所属という将来の夢に近づきたいという思いがあるみたいだ」

 パトリックがジューンに淡々と説明していた。

 騎士団と縁が深い競技らしく、現役の騎士も参加して毎年収穫祭のころに王都で大規模な競技会があるそうだ。

 あたしはあまり見に行きたいとは思わないけど、王都のご婦人方にはこの競技の根強いファンがいるらしい。

 チェックポイントの選手の監視員はボランティアの女性のようだが、毎年凄い数の応募があるという話を聞いた。



「大変申し訳なかった! この通り謝罪する!」

 あたしたちの前では筋肉競争部部長のスティーブン・クックという生徒が直角に腰を折って頭を下げている。

 あたしはサラとジューンに目配せしてから口を開く。

「頭を上げてくださいスティーブン部長。あたしたちには実質的な被害は無かったので、謝罪を受け入れます」

「君たちの寛大さに感謝する」

 そう言って、再度頭を下げてからスティーブンは気を付けの姿勢になった。

「それで、なにやらあたしにお話があるということで伺ったのですが、まずは座りませんか?」

「承知した」

 食堂に来る生徒は一瞬こちらに視線を向けるが、スティーブンの顔を見るとすぐに関心を失くしていた。

 あるいは筋肉競争部のことで彼が頭を下げるのは、学院の日常になっているのかも知れないとふと思う。

 あたしたちは開いているテーブルに座る。

 スティーブンはいまは学院の制服の上下を身に付けているが、黙っていればふつうの体育会系の学生に見えてくる。

「パトリックからあたしに伝言があったのですけれど、どういうお話でしょうか」

「ああ。まず、謝罪の件でわれわれの筋肉競争部顧問である副学長のリー・ムーア先生から、話があった。パトリックから君たちの名を聞いていたのだが、『八重咲の睡蓮の話をしましょう』と伝えれば冷静に話ができるでしょうと言っていた」

「副学長先生、ですか」

「そうだ。リー先生にどういう意味かを尋ねたら、筋肉競争部の謝罪の話をしたあと『風紀委委員の件で相談がある』と伝えるように言われたのだ。その符丁が八重咲の睡蓮なのだと言っていた」

「そうだったんですね」

「そうなのだ。従って、詳細な話はわたしにも分からない。詳しいことはリー先生に聞いてほしいのだ」

「『相談がある』と言っていたんですね?」

「その通りだ」

 さて、この時点であたしは何を考えておくべきだろう。

 単純に先日の花街での踏み込みを取り上げて退学させるなら、とっとと事務的に処理すればいい話だ。

 あたしを呼びつけている時点で、学院は何かの用があるのだろう。

 風紀委員と言っているが学院は王立の組織であるし、最悪のケースは国のリスクファクターとして物理的に殺されることか。

 その次くらいで王国のコマになれという話が飛び出す可能性もあるか。

 いちばん楽観的なのが風紀委員の手伝いだが、用心にこしたことは無いはずだ。

 あたし的には殺されるのも、王国にアゴで使われる身分になるのもカンベンしてほしかった。

 裏社会の連中があたしを二つ名で呼んでいるのを知って、学院なり国のどこかの担当者が動いているのだろうか。

 念のため月転流ムーンフェイズ方面でデイブに相談したほうがいいかも知れない。

 そこまで考えてから、あたしは口を開いた。

「ちょっと頭の中を整理してから、リー先生と相談してみます」

「承知した。ありがとう」

 そのあとスティーブンからリー先生の居室の場所を聞いて、あたしたちは食堂を離れた。



「風紀委員のことで頭を整理したいから、みんなは部活に行って」

「ああ、そうさせてもらう」

「悩みが深まるようなら、すぐにわたくしに相談なさい」

「面倒なら断っていいんじゃないかと思いますよ?」

「ほななー」

 みんなを見送ってから、念のためあたしは周囲の気配を探りつつ適当なベンチに座る。

 【風のやまびこウィンドエコー】でデイブに連絡を取るとすぐに応答があった。

「どうしたお嬢?」

「いま学院だけど、副学長から人づてに話があったわ。『八重咲の睡蓮の話がしたい』って呼び出されて、『風紀委員会のことで相談がある』って言われたの」

「それで?」

「それだけよ。学院は王立の組織でしょ? うちの流派で気を付けることはあるか気になっただけ」

「……ま、慎重なのはいいことだ。俺たちにケンカ売ってくる奴らは王国には……王国に属する組織にはいねえな。あと引き抜きは固くお断りしてる」

「そうなんだ?」

「ああ。だから十中八九、伝言通りの意味だろうさ。風紀委員か、いいんじゃねえか? 気になるならやってみりゃいいんだ、学生らしく」

「嫌よ。めんどくさいわよ」

「あー……、相談役……は新入生には無理か。補佐役みたいなのはダメか聞いてみればいい」

「そうね……分かったわ。参考になった」

「ああ。また何でも相談しろ」

「ありがとう。またね」

 デイブの話からすればあたしの考えすぎだったようだ。

 でもまあ、気持ち警戒しながら話を聞いてみようか。



 副学長の執務室があるという学院の建物に向かった。

 学院運営に関わる機能が集約されていて、管理棟と呼ばれている。

 スティーブンの話では、副学長のリー先生は管理棟の教室以外には高等部の職員室に席があるそうだ。

 建物に入るが職員ばかりで学生の姿はほぼ見ない。

 階段を上がり、教わった執務室にたどり着く。

 気配を探ってみるが、室内には一人いるみたいだった。

 扉をノックすると、部屋に入るように室内から言われたので中に入る。

「失礼します」

「はい。あら、――ウィン・ヒースアイルさんかしら」

 室内の事務机で女性が書類仕事をしていた。

 年齢的には母さんの一回り上くらいだろうか、上半身は濃い色のジャケットを着込んでいる。

 警戒は未だ解かずに周囲の状況を含めて観察する。

 女性からの殺気は無し。

 柔和な表情には母性が感じられ、目の奥には底意などは無さそうだ。

「こんにちは、ウィン・ヒースアイルです。スティーブン部長からの伝言を聞いて伺いました。『八重咲の睡蓮の話がある』とか」

「迂遠な呼び出しをしてごめんなさいね。ええと――来てもらった上に待たせることになって申し訳ないけれど、この書類だけ終わらせていいかしら。そこのソファに掛けて少し待ってください」

「分かりました」

 周囲の部屋の気配も怪しそうなものは無く、天井や壁、窓の外などから感じる視線のようなものも無し。

 案内にしたがってソファに座るが、そのことで部屋のどこかに魔力が集中するようなこともなし。

 念のためいつでも魔力を体内に循環させることが出来るよう、意識の片隅で気にしておく。

 今回はほぼシロだろうなと思い始めているけど、こういう状況だと確かに魔法の授業で与えられたオンオフの切り替えの課題は意味を持つかもしれないなと思う。

 程なく女性は手を止めて席を立ち、テーブルをはさんで反対側のソファまで来て口を開いた。

「お待たせしました。副学長のリー・ムーアです。今日は来てくれてありがとう」

 あたしも腰を上げて口を開く。

「改めて、魔法科初等部一年Aクラスのウィン・ヒースアイルです」

「はい。お掛けください」

 そう言ってリー先生は微笑んだ。

「要件に入る前に、簡単に自己紹介させてください。わたしの専門は政治学で、高等部で授業を行っています。なので学院内ではこの部屋か高等部にいます」

「はい」

「副学長としての役目のほかに、教養科の教務の責任者を兼ねています。魔法科の方は学長が教務の責任者を兼ねていますね。そういうわけですので、わたしは戦闘の才能はほとんど無いのです。ですからでしょうね、強いものを見るとドキドキするんです。筋肉競争部の顧問をしているのはわたしの趣味みたいな部分もあります」

「はあ……」

 少しは隠そうよ。

 趣味で生徒の筋肉にドキドキっていいのかおい。

「今年度の新入生の皆さんも強い生徒が集まってくれました。もともと教養科と魔法科の成績上位十名はディンラント王国の調査が入るのですが、ウィンさんのご両親はお二人とも冒険者で、S+に近い方のSランクですね。わたし、本当にドキドキしました」

「ええと、……はい」

「Sランク冒険者が一国内におよそ百名強と言われていて、S+ランクとなると一国内に十名強なのです。――その娘さんが、ウィンさん、あなたなわけです」

「リー先生。親がSランク冒険者だろうと、その娘はただの娘ですよ」

「ですが、あなたは先日、王都の花街で自らの力を示したと国から情報がありました」

 そろそろ本題に入るのだろうか。

「国からですか」

「ええ。元々の背景も概要は把握しています。冒険者ギルド経由で国が月転流ムーンフェイズに違法薬物に関する調査依頼を出し、情報収集目的で武力行使をした。その先陣を切ったのがあなただと聞いています。二つ名の件についても、国から下りてきたものです」

「そうなんですね」

「あなたの動機とか行動原理についての分析も受け取っていますが、非常に評価が高いとだけ言っておきましょう。」

「……あたしなんかまだまだです」

 思わずため息が出る。

 ――リンジー身内が目の前で泣くのをあたしは見たのに。

 花街での件も結局デイブやみんなを頼ったし、とっさに他の手を思いつけなかった。

「それでも、あなたの基準で見過ごせないことが学院内で起きたとき、対処する手伝いをして欲しいとわたしは思ったのです」

 気になることはあるけど、あたしが見過ごせないことがどのくらい起きるのか、そのとき考え始めていた。
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