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翌朝、私の公爵邸の自室には、不機嫌そうな顔をしたヴィルフリート王子が立っていました。
その後ろには、険しい表情の近衛騎士たちが数名控えています。
「エレナ、準備はできたか。国外追放の身だ、持っていける荷物は最小限に限らせてもらうぞ」
王子は、私が泣き腫らした顔で縋り付いてくるのを期待していたのでしょう。
しかし、目の前の光景に彼は言葉を失いました。
私は鼻歌を歌いながら、手際よくトランクに荷物を詰め込んでいたのですから。
「あ、殿下。おはようございます。ええ、もうバッチリですわ!この魔法瓶と、特製の茶葉、それから……」
「……何を、楽しそうにしているのだ?」
王子の引き攣った声に、私は満面の笑みで振り返りました。
「楽しみなのは当たり前ではありませんか。これから新しい土地へ旅立つのですよ?」
「旅だと? 貴様は追放されるのだぞ! 二度とこの国の土は踏めぬのだ!」
王子の怒鳴り声も、今の私には心地よいBGMにしか聞こえません。
むしろ「二度と戻らなくていい」という言質が取れて、安心したくらいです。
そこへ、一人の騎士が申し訳なさそうに小さな小瓶を差し出しました。
「……殿下、こちらがエレナ様の部屋から見つかった『証拠』の毒薬であります」
王子は勝ち誇ったようにその小瓶を私の鼻先に突きつけました。
「見ろ、これがお前の罪の証拠だ! 観念して罪を認め、泣いて謝ったらどうだ!」
私はその小瓶をチラリと見て、ふふっと微笑みました。
「あら、そんなところに置いてあったのですね。メアリーさんも、もう少し隠し場所を工夫すればよろしいのに」
「な……っ、何を……!」
「いえ、独り言ですわ。そんな証拠、もうどうでもいいではありませんか。私は罪を認めて、お望み通り国を出るのですから」
私は王子の手からひょいと小瓶を取り上げると、近くのごみ箱へ放り込みました。
「あ……! 証拠物件を、貴様……!」
「もう必要ないでしょう? それよりも殿下、馬車の用意はできていますか? 日が高くなる前に出発したいのですけれど」
王子の顔が、怒りと困惑で赤くなったり青くなったりしています。
彼は、私が無実を訴えて見苦しく足掻く姿を、メアリーと一緒に嘲笑いたかったのでしょう。
けれど、肝心のターゲットが「ハイハイ、わかりましたー!」と軽快に応じているため、拍子抜けしているようです。
「……狂ったか、エレナ。北の地がどれほど過酷か、分かっていないようだな」
「ええ、存じておりますわ。だからこそ、防寒具と美味しいお茶の準備が必要なんですもの」
私は最後のトランクをパチンと閉め、立ち上がりました。
「では、行きましょうか」
呆然とする王子と騎士たちを追い越して、私は軽やかな足取りで廊下を歩き出しました。
豪華な公爵邸の廊下を通るのも、これが最後です。
「(さらば、退屈な日々! こんにちは、私のカフェライフ!)」
玄関ホールには、心配そうにこちらを見ている使用人たちもいました。
彼らの中には、私が毒を盛るような人間ではないと信じている人もいるようです。
けれど、私は彼ら一人一人にウインクをして、明るく声をかけました。
「みんな、今までお世話になったわね! 体に気をつけて元気に過ごすのよ!」
「お、お嬢様……っ!」
涙を流すメイドたちを背に、私は用意された質素な馬車に乗り込みました。
王子は最後まで忌々しそうに私を睨みつけていましたが、私は窓から元気に手を振ってやりました。
「殿下! メアリーさんとお幸せに! あ、結婚式の招待状は送らなくて結構ですよ!」
馬車が動き出すと同時に、私は座席に深く背を預けました。
ガタゴトと揺れる振動が、自由へのカウントダウンのように聞こえます。
「さて……。北の地に着いたら、まずは物件探しから始めなくちゃね」
私は懐から、こっそり持ち出した「世界地図」を取り出しました。
そこには、北の最果てにある「クロムウェル辺境伯領」の名前が記されています。
「氷の辺境伯、カイル様……。噂ではとっても怖い人らしいけれど、甘いお菓子の一つでも差し入れれば、仲良くなれるかしら?」
私は前世で培った「接客スマイル」の練習をしながら、まだ見ぬ異郷の地に思いを馳せるのでした。
その後ろには、険しい表情の近衛騎士たちが数名控えています。
「エレナ、準備はできたか。国外追放の身だ、持っていける荷物は最小限に限らせてもらうぞ」
王子は、私が泣き腫らした顔で縋り付いてくるのを期待していたのでしょう。
しかし、目の前の光景に彼は言葉を失いました。
私は鼻歌を歌いながら、手際よくトランクに荷物を詰め込んでいたのですから。
「あ、殿下。おはようございます。ええ、もうバッチリですわ!この魔法瓶と、特製の茶葉、それから……」
「……何を、楽しそうにしているのだ?」
王子の引き攣った声に、私は満面の笑みで振り返りました。
「楽しみなのは当たり前ではありませんか。これから新しい土地へ旅立つのですよ?」
「旅だと? 貴様は追放されるのだぞ! 二度とこの国の土は踏めぬのだ!」
王子の怒鳴り声も、今の私には心地よいBGMにしか聞こえません。
むしろ「二度と戻らなくていい」という言質が取れて、安心したくらいです。
そこへ、一人の騎士が申し訳なさそうに小さな小瓶を差し出しました。
「……殿下、こちらがエレナ様の部屋から見つかった『証拠』の毒薬であります」
王子は勝ち誇ったようにその小瓶を私の鼻先に突きつけました。
「見ろ、これがお前の罪の証拠だ! 観念して罪を認め、泣いて謝ったらどうだ!」
私はその小瓶をチラリと見て、ふふっと微笑みました。
「あら、そんなところに置いてあったのですね。メアリーさんも、もう少し隠し場所を工夫すればよろしいのに」
「な……っ、何を……!」
「いえ、独り言ですわ。そんな証拠、もうどうでもいいではありませんか。私は罪を認めて、お望み通り国を出るのですから」
私は王子の手からひょいと小瓶を取り上げると、近くのごみ箱へ放り込みました。
「あ……! 証拠物件を、貴様……!」
「もう必要ないでしょう? それよりも殿下、馬車の用意はできていますか? 日が高くなる前に出発したいのですけれど」
王子の顔が、怒りと困惑で赤くなったり青くなったりしています。
彼は、私が無実を訴えて見苦しく足掻く姿を、メアリーと一緒に嘲笑いたかったのでしょう。
けれど、肝心のターゲットが「ハイハイ、わかりましたー!」と軽快に応じているため、拍子抜けしているようです。
「……狂ったか、エレナ。北の地がどれほど過酷か、分かっていないようだな」
「ええ、存じておりますわ。だからこそ、防寒具と美味しいお茶の準備が必要なんですもの」
私は最後のトランクをパチンと閉め、立ち上がりました。
「では、行きましょうか」
呆然とする王子と騎士たちを追い越して、私は軽やかな足取りで廊下を歩き出しました。
豪華な公爵邸の廊下を通るのも、これが最後です。
「(さらば、退屈な日々! こんにちは、私のカフェライフ!)」
玄関ホールには、心配そうにこちらを見ている使用人たちもいました。
彼らの中には、私が毒を盛るような人間ではないと信じている人もいるようです。
けれど、私は彼ら一人一人にウインクをして、明るく声をかけました。
「みんな、今までお世話になったわね! 体に気をつけて元気に過ごすのよ!」
「お、お嬢様……っ!」
涙を流すメイドたちを背に、私は用意された質素な馬車に乗り込みました。
王子は最後まで忌々しそうに私を睨みつけていましたが、私は窓から元気に手を振ってやりました。
「殿下! メアリーさんとお幸せに! あ、結婚式の招待状は送らなくて結構ですよ!」
馬車が動き出すと同時に、私は座席に深く背を預けました。
ガタゴトと揺れる振動が、自由へのカウントダウンのように聞こえます。
「さて……。北の地に着いたら、まずは物件探しから始めなくちゃね」
私は懐から、こっそり持ち出した「世界地図」を取り出しました。
そこには、北の最果てにある「クロムウェル辺境伯領」の名前が記されています。
「氷の辺境伯、カイル様……。噂ではとっても怖い人らしいけれど、甘いお菓子の一つでも差し入れれば、仲良くなれるかしら?」
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