濡れ衣を被せられた悪役令嬢

愛野かこ

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ギィ……と、新しく修復された扉が静かな音を立てて開きました。


外観は魔法で綺麗にしましたが、一歩足を踏み入れると、そこには十数年分の時が止まったままの空間が広がっていました。


「うわぁ……。これは、なかなかのやり甲斐ね」


埃が舞い、床板の一部は腐り落ち、かつての家具は無惨に壊れ果てています。


けれど、私の目にははっきりと見えていました。


ここにカウンターを置いて、あちらの窓際には日当たりの良いテーブル席を。


奥のスペースは、最高に居心地の良いソファ席にしましょうか。


「よし、まずは徹底的に『浄化』して、それからレイアウトを整えるわよ!」


私は腕まくりをしました。


公爵令嬢のドレスの袖を捲り上げるなんて、王都の作法講師が見たら卒倒するでしょうね。


「『光り輝く精霊の息吹よ、隅々までを白銀の清浄で満たせ――ハイ・クリーン!』」


杖を振ると、今度は先ほどよりも繊細で強力な魔法の波が、建物の中を駆け抜けました。


目に見える埃だけでなく、染み付いたカビの臭いや湿気、さらには建物の「お疲れ感」までもが吸い取られていくようです。


みるみるうちに石の床は鏡のように磨かれ、壁の煤も消え去り、澄んだ空気が部屋を満たしました。


「ふぅ。次は大工仕事ね。……えいっ!」


壊れたテーブルや椅子に杖を向けると、それらはまるで生き物のようにパーツを繋ぎ合わせ、元の、いえ、元よりも洗練された形へと姿を変えていきます。


前世で通っていたお洒落な北欧風カフェのイメージを、魔法に強く込めるのがコツです。


「うん、いい感じ! あとはキッチンスペースね。ここが私の聖域になるんだから、妥協はできないわ」


私は魔法で大きな石のカウンターを作り出しました。


その内側には、前世の知識を総動員して機能的な棚を配置します。


魔法で火力を調整できるコンロ、魔石の冷却機能を備えた冷蔵ボックス。


今の私には、王都のどんな高級レストランの厨房よりも使い勝手の良いキッチンが手に入りました。


「あ、そうだわ。看板も作らなくちゃ」


私は余った木材に魔法で文字を刻みました。


―― Cafe Luminous ――


「ルミナス。前世で私が働いていたお店の名前。いつか自分の店を持つなら、この名前にしようって決めていたの」


看板を店の入り口に掲げると、不思議と胸の奥が熱くなりました。


国外追放、毒婦という汚名、家族からの絶縁。


そんな重苦しい肩書きが、この看板を掲げた瞬間にすべて「どうでもいいこと」に変わった気がします。


作業に没頭していると、いつの間にか窓の外はオレンジ色に染まっていました。


「……まだやっているのか」


不意に、開け放していた入り口から低い声が響きました。


振り返ると、そこにはまたしてもカイル様の姿がありました。


今度は血まみれではなく、整った軍服姿です。


「あら、カイル様。またお会いしましたわね」


「……貴様、一体何をした。昼間見た時とは、別の建物のようだが」


カイル様は一歩中に入ると、信じられないものを見るかのように周囲を見渡しました。


「ただのお掃除と、ちょっとした模様替えですわ。どうですか? 結構素敵になったと思いません?」


「……信じられん。あのゴミ溜めを、半日でここまで……」


彼は無機質なはずのカウンターを指でそっとなぞりました。


その顔は驚きを通り越して、呆気に取られているようです。


「辺境伯様、もしよろしければ、このお店の最初のお客様になっていただけませんか?」


「……客だと? 私は、貴様が凍えて死んでいないか確認しに来ただけだ」


「あら、お優しいのですね。死んでいないどころか、最高に元気ですわ。お礼に、とっておきの飲み物を淹れさせてください」


私は戸棚から、大切に持ってきたコーヒー豆の袋を取り出しました。


カイル様は不審そうな顔をしながらも、促されるままにカウンターの椅子に腰を下ろしました。


「……毒が入っていないという保証はあるのか」


「ふふ、私の命にかけて。目の前で淹れるのを見ていてくださいな」


私は手慣れた手つきで豆を挽き始めました。


静かな店内に、カリカリという心地よい音が響き、芳醇な香りが一気に広がります。


カイル様の鼻腔が、ぴくりと動いたのを私は見逃しませんでした。
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