8 / 30
8
翌朝、私のキッチンからは、バターと小麦粉が焼ける香ばしい香りが漂っていました。
今日の新作は、イギリス風のサクサクな「スコーン」です。
魔法で温度を完璧に管理したオーブンから、絶妙な焼き色のスコーンを取り出します。
「よし、腹割れもバッチリ。これにたっぷりのクロテッドクリームとジャムを添えれば……」
想像しただけで、自分でもお腹が鳴ってしまいそうです。
私が最後の一皿を盛り付けていると、店の外からガシャガシャと鎧の擦れる音が聞こえてきました。
「……エレナ、いるか」
カイル様の声です。でも、今日はなんだかいつもより足音が重たいような?
扉を開けると、そこにはカイル様の後ろで、ガタガタと震えながら直立不動で並ぶ三人の騎士たちの姿がありました。
「おはようございます、カイル様。……あら、そちらの方々は?」
私が首を傾げると、騎士の一人が悲鳴に近い声を上げました。
「ひっ! 出たな、王都の毒婦……っ!」
「これ、失礼だぞ! 彼女は今日から我々の……その、毒見役……いや、給養係のようなものだ!」
カイル様が慌てて騎士を叱りつけますが、彼らの顔は真っ青です。
どうやら、私の「悪名」は辺境の騎士団にもしっかりと届いているようですね。
「初めまして、騎士様方。私が噂の『毒婦』ことエレナです。今日は毒の代わりに、焼きたてのスコーンを用意しましたわ。どうぞ中へ」
「……た、食べるのか? 死ぬんじゃないか、俺たち」
「バカ言え、辺境伯様が昨日から『あのオムレツ……あのプリン……』とうなされるように呟いていたんだぞ。美味いのは間違いねぇはずだ」
ヒソヒソと交わされる会話をスルーして、私は彼らをテーブル席へ案内しました。
「さあ、冷めないうちに召し上がれ。こちらは紅茶、そちらのカイル様にはいつものコーヒーを」
テーブルに並べられた黄金色のスコーンと、真っ白なクリーム、そして真っ赤なイチゴジャム。
騎士たちは、まるで爆弾でも見るような目で皿を凝視していましたが、カイル様が迷わずスコーンを手に取ると、つられて口に運びました。
サクッ、という小気味良い音が重なります。
「……っ! なんだこれは、外はカリッとしているのに、中はしっとりとして……!」
「この白いクリーム、なんだ!? バターより軽くて、でもコクがあって……ジャムの酸味と合わさりすぎて、止まらん!」
「お、お嬢様……! 疑って申し訳ありませんでした! これ、最高です!」
さっきまで震えていたのが嘘のように、騎士たちは猛烈な勢いでスコーンを頬張り始めました。
カイル様はというと、口の周りにクリームをつけたまま、一点を見つめて固まっています。
「カイル様、お口に合いましたか?」
「…………ああ。……幸せだ」
「えっ?」
「……いや、何でもない。……美味いと言ったのだ」
カイル様は顔を赤くして、慌ててコーヒーでスコーンを流し込みました。
「ふふ、良かったです。騎士様たちも、おかわりはたくさんありますからね」
「お嬢様、俺、毎日ここに来てもいいですか!?」
「ダメだ。任務を忘れるな。……ここへ来るのは、私の『生存確認』のついでに、一列ずつ交代で行うこととする」
カイル様が即座に、謎の「生存確認ローテーション」を組み始めました。
どうやら、彼はこの店を独占したい気持ちと、部下にも食べさせてやりたい気持ちで揺れているようです。
「メニューはこれからもどんどん増やしますわよ。明日はサンドイッチ、明後日はシフォンケーキ……」
「し、しふぉん……?」
聞いたこともない名前に、騎士たちが目を輝かせます。
「ええ。雲を食べているような、ふわっふわのケーキですわ」
「雲を食べる……。辺境伯様、俺、明日の偵察任務、代わってもらえませんか!」
「却下だ。明日は私が行く」
カイル様が食い気味に答え、店内には笑い声が響きました。
王都の華やかなパーティーでは、いつも誰かの顔色を伺い、冷笑を浴びていた私。
でも、ここでは誰も私を蔑んだりしません。
ただ「美味しい」と言って、笑ってくれる人たちがいます。
「(追放されて、本当に良かった……)」
私は窓の外の雪景色を眺めながら、心からそう思うのでした。
今日の新作は、イギリス風のサクサクな「スコーン」です。
魔法で温度を完璧に管理したオーブンから、絶妙な焼き色のスコーンを取り出します。
「よし、腹割れもバッチリ。これにたっぷりのクロテッドクリームとジャムを添えれば……」
想像しただけで、自分でもお腹が鳴ってしまいそうです。
私が最後の一皿を盛り付けていると、店の外からガシャガシャと鎧の擦れる音が聞こえてきました。
「……エレナ、いるか」
カイル様の声です。でも、今日はなんだかいつもより足音が重たいような?
扉を開けると、そこにはカイル様の後ろで、ガタガタと震えながら直立不動で並ぶ三人の騎士たちの姿がありました。
「おはようございます、カイル様。……あら、そちらの方々は?」
私が首を傾げると、騎士の一人が悲鳴に近い声を上げました。
「ひっ! 出たな、王都の毒婦……っ!」
「これ、失礼だぞ! 彼女は今日から我々の……その、毒見役……いや、給養係のようなものだ!」
カイル様が慌てて騎士を叱りつけますが、彼らの顔は真っ青です。
どうやら、私の「悪名」は辺境の騎士団にもしっかりと届いているようですね。
「初めまして、騎士様方。私が噂の『毒婦』ことエレナです。今日は毒の代わりに、焼きたてのスコーンを用意しましたわ。どうぞ中へ」
「……た、食べるのか? 死ぬんじゃないか、俺たち」
「バカ言え、辺境伯様が昨日から『あのオムレツ……あのプリン……』とうなされるように呟いていたんだぞ。美味いのは間違いねぇはずだ」
ヒソヒソと交わされる会話をスルーして、私は彼らをテーブル席へ案内しました。
「さあ、冷めないうちに召し上がれ。こちらは紅茶、そちらのカイル様にはいつものコーヒーを」
テーブルに並べられた黄金色のスコーンと、真っ白なクリーム、そして真っ赤なイチゴジャム。
騎士たちは、まるで爆弾でも見るような目で皿を凝視していましたが、カイル様が迷わずスコーンを手に取ると、つられて口に運びました。
サクッ、という小気味良い音が重なります。
「……っ! なんだこれは、外はカリッとしているのに、中はしっとりとして……!」
「この白いクリーム、なんだ!? バターより軽くて、でもコクがあって……ジャムの酸味と合わさりすぎて、止まらん!」
「お、お嬢様……! 疑って申し訳ありませんでした! これ、最高です!」
さっきまで震えていたのが嘘のように、騎士たちは猛烈な勢いでスコーンを頬張り始めました。
カイル様はというと、口の周りにクリームをつけたまま、一点を見つめて固まっています。
「カイル様、お口に合いましたか?」
「…………ああ。……幸せだ」
「えっ?」
「……いや、何でもない。……美味いと言ったのだ」
カイル様は顔を赤くして、慌ててコーヒーでスコーンを流し込みました。
「ふふ、良かったです。騎士様たちも、おかわりはたくさんありますからね」
「お嬢様、俺、毎日ここに来てもいいですか!?」
「ダメだ。任務を忘れるな。……ここへ来るのは、私の『生存確認』のついでに、一列ずつ交代で行うこととする」
カイル様が即座に、謎の「生存確認ローテーション」を組み始めました。
どうやら、彼はこの店を独占したい気持ちと、部下にも食べさせてやりたい気持ちで揺れているようです。
「メニューはこれからもどんどん増やしますわよ。明日はサンドイッチ、明後日はシフォンケーキ……」
「し、しふぉん……?」
聞いたこともない名前に、騎士たちが目を輝かせます。
「ええ。雲を食べているような、ふわっふわのケーキですわ」
「雲を食べる……。辺境伯様、俺、明日の偵察任務、代わってもらえませんか!」
「却下だ。明日は私が行く」
カイル様が食い気味に答え、店内には笑い声が響きました。
王都の華やかなパーティーでは、いつも誰かの顔色を伺い、冷笑を浴びていた私。
でも、ここでは誰も私を蔑んだりしません。
ただ「美味しい」と言って、笑ってくれる人たちがいます。
「(追放されて、本当に良かった……)」
私は窓の外の雪景色を眺めながら、心からそう思うのでした。
あなたにおすすめの小説
お姉さまは最愛の人と結ばれない。
りつ
恋愛
――なぜならわたしが奪うから。
正妻を追い出して伯爵家の後妻になったのがクロエの母である。愛人の娘という立場で生まれてきた自分。伯爵家の他の兄弟たちに疎まれ、毎日泣いていたクロエに手を差し伸べたのが姉のエリーヌである。彼女だけは他の人間と違ってクロエに優しくしてくれる。だからクロエは姉のために必死にいい子になろうと努力した。姉に婚約者ができた時も、心から上手くいくよう願った。けれど彼はクロエのことが好きだと言い出して――
こうして私は悪魔の誘惑に手を伸ばした
綴つづか
恋愛
何もかも病弱な妹に奪われる。両親の愛も、私がもらった宝物もーー婚約者ですらも。
伯爵家の嫡女であるルリアナは、婚約者の侯爵家次男ゼファーから婚約破棄を告げられる。病弱で天使のような妹のカリスタを抱き寄せながら、真実の愛を貫きたいというのだ。
ルリアナは、それを粛々と受け入れるほかなかった。
ゼファーとカリスタは、侯爵家より譲り受けた子爵領へと移り住み、幸せに暮らしていたらしいのだが。2年後、『病弱』な妹は、出産の際に命を落とす。
……その訃報にルリアナはひっそりと笑みを溢した。
妹に奪われてきた姉が巻き込まれた企みのお話。
他サイトにも掲載しています。※ジャンルに悩んで恋愛にしていますが、主人公に恋愛要素はありません。
皇太子夫妻の歪んだ結婚
夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。
その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。
本編完結してます。
番外編を更新中です。
夢を現実にしないための正しいマニュアル
しゃーりん
恋愛
娘が処刑される夢を見た。
現在、娘はまだ6歳。それは本当に9年後に起こる出来事?
処刑される未来を変えるため、過去にも起きた夢の出来事を参考にして、変えてはいけないことと変えるべきことを調べ始める。
婚約者になる王子の周囲を変え、貴族の平民に対する接し方のマニュアルを作り、娘の未来のために頑張るお話。
姉の引き立て役の私は
ぴぴみ
恋愛
アリアには完璧な姉がいる。姉は美人で頭も良くてみんなに好かれてる。
「どうしたら、お姉様のようになれるの?」
「ならなくていいのよ。あなたは、そのままでいいの」
姉は優しい。でもあるとき気づいて─
後妻の条件を出したら……
しゃーりん
恋愛
妻と離婚した伯爵令息アークライトは、友人に聞かれて自分が後妻に望む条件をいくつか挙げた。
格上の貴族から厄介な女性を押しつけられることを危惧し、友人の勧めで伯爵令嬢マデリーンと結婚することになった。
だがこのマデリーン、アークライトの出した条件にそれほどズレてはいないが、貴族令嬢としての教育を受けていないという驚きの事実が発覚したのだ。
しかし、明るく真面目なマデリーンをアークライトはすぐに好きになるというお話です。