濡れ衣を被せられた悪役令嬢

愛野かこ

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翌朝、私のキッチンからは、バターと小麦粉が焼ける香ばしい香りが漂っていました。


今日の新作は、イギリス風のサクサクな「スコーン」です。


魔法で温度を完璧に管理したオーブンから、絶妙な焼き色のスコーンを取り出します。


「よし、腹割れもバッチリ。これにたっぷりのクロテッドクリームとジャムを添えれば……」


想像しただけで、自分でもお腹が鳴ってしまいそうです。


私が最後の一皿を盛り付けていると、店の外からガシャガシャと鎧の擦れる音が聞こえてきました。


「……エレナ、いるか」


カイル様の声です。でも、今日はなんだかいつもより足音が重たいような?


扉を開けると、そこにはカイル様の後ろで、ガタガタと震えながら直立不動で並ぶ三人の騎士たちの姿がありました。


「おはようございます、カイル様。……あら、そちらの方々は?」


私が首を傾げると、騎士の一人が悲鳴に近い声を上げました。


「ひっ! 出たな、王都の毒婦……っ!」


「これ、失礼だぞ! 彼女は今日から我々の……その、毒見役……いや、給養係のようなものだ!」


カイル様が慌てて騎士を叱りつけますが、彼らの顔は真っ青です。


どうやら、私の「悪名」は辺境の騎士団にもしっかりと届いているようですね。


「初めまして、騎士様方。私が噂の『毒婦』ことエレナです。今日は毒の代わりに、焼きたてのスコーンを用意しましたわ。どうぞ中へ」


「……た、食べるのか? 死ぬんじゃないか、俺たち」


「バカ言え、辺境伯様が昨日から『あのオムレツ……あのプリン……』とうなされるように呟いていたんだぞ。美味いのは間違いねぇはずだ」


ヒソヒソと交わされる会話をスルーして、私は彼らをテーブル席へ案内しました。


「さあ、冷めないうちに召し上がれ。こちらは紅茶、そちらのカイル様にはいつものコーヒーを」


テーブルに並べられた黄金色のスコーンと、真っ白なクリーム、そして真っ赤なイチゴジャム。


騎士たちは、まるで爆弾でも見るような目で皿を凝視していましたが、カイル様が迷わずスコーンを手に取ると、つられて口に運びました。


サクッ、という小気味良い音が重なります。


「……っ! なんだこれは、外はカリッとしているのに、中はしっとりとして……!」


「この白いクリーム、なんだ!? バターより軽くて、でもコクがあって……ジャムの酸味と合わさりすぎて、止まらん!」


「お、お嬢様……! 疑って申し訳ありませんでした! これ、最高です!」


さっきまで震えていたのが嘘のように、騎士たちは猛烈な勢いでスコーンを頬張り始めました。


カイル様はというと、口の周りにクリームをつけたまま、一点を見つめて固まっています。


「カイル様、お口に合いましたか?」


「…………ああ。……幸せだ」


「えっ?」


「……いや、何でもない。……美味いと言ったのだ」


カイル様は顔を赤くして、慌ててコーヒーでスコーンを流し込みました。


「ふふ、良かったです。騎士様たちも、おかわりはたくさんありますからね」


「お嬢様、俺、毎日ここに来てもいいですか!?」


「ダメだ。任務を忘れるな。……ここへ来るのは、私の『生存確認』のついでに、一列ずつ交代で行うこととする」


カイル様が即座に、謎の「生存確認ローテーション」を組み始めました。


どうやら、彼はこの店を独占したい気持ちと、部下にも食べさせてやりたい気持ちで揺れているようです。


「メニューはこれからもどんどん増やしますわよ。明日はサンドイッチ、明後日はシフォンケーキ……」


「し、しふぉん……?」


聞いたこともない名前に、騎士たちが目を輝かせます。


「ええ。雲を食べているような、ふわっふわのケーキですわ」


「雲を食べる……。辺境伯様、俺、明日の偵察任務、代わってもらえませんか!」


「却下だ。明日は私が行く」


カイル様が食い気味に答え、店内には笑い声が響きました。


王都の華やかなパーティーでは、いつも誰かの顔色を伺い、冷笑を浴びていた私。


でも、ここでは誰も私を蔑んだりしません。


ただ「美味しい」と言って、笑ってくれる人たちがいます。


「(追放されて、本当に良かった……)」


私は窓の外の雪景色を眺めながら、心からそう思うのでした。
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