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カフェ「ルミナス」の朝は、小鳥のさえずり……ではなく、重厚な鎧がぶつかり合う音で始まります。
私が開店準備のために表の雪を魔法で払っていると、背後から巨大な影が差しました。
「……エレナ。朝から不用心だと言っただろう」
振り返ると、そこには眉間に深い皺を刻んだカイル様が、仁王立ちで私を見下ろしていました。
「おはようございます、カイル様。不用心だなんて、ここは辺境伯様の目の届く場所ではありませんか」
「魔物だけではない。最近は、この店を目当てに遠くの村からも男たちが集まり始めている。貴様のような……その、無防備な令嬢を放っておけるか」
カイル様は「令嬢」と言う時、少しだけ顔を背けました。
無防備、と言われても。私は一応、追放されるほどの魔力を持った元公爵令嬢なのですが。
「心配しすぎですわ。ほら、今日は厚切りベーコンのレタスサンドイッチを用意しましたの。早く中に入ってくださいな」
私がエプロンのポケットから鍵を取り出そうとすると、カイル様がそれを遮るように大きな手を伸ばしました。
「待て。まずは私が中を確認する。潜伏している魔物や、不届き者がいないとも限らん」
「……昨日の夜、私が寝る前にも確認してくださいましたよね?」
「朝には朝の危険がある」
カイル様は真剣な顔で、誰もいない店内の隅々までチェックし始めました。
机の下、カウンターの裏、果ては私が自分でお茶を淹れるための小さな棚まで。
「異常なしだ。だが、これだけでは足りんな。おい、ハンス!」
「はいっ! 辺境伯閣下!」
呼ばれて現れたのは、私を王都から護送してくれたあのハンスさんでした。
彼はなぜか、騎士団の正式な装備ではなく、庭師のような格好をしています。
「今日からハンスをこの店の『専属庭師兼、看板磨き』として配置する。何かあればすぐに城へ報告せよ」
「閣下、了解しました! お嬢様を指一本触れさせません!」
「えっ、ハンスさん? 本職の騎士の仕事はよろしいのですか?」
私が呆然として尋ねると、ハンスさんは爽やかな笑顔で答えました。
「お嬢様、これこそが今の私の『最重要任務』です! 閣下から『もしエレナに傷一つでもつけば、北極点まで走らせる』と言われておりますので!」
……カイル様、それはもはや業務命令を私物化していませんか。
私は溜息をつきながらも、カウンターにサンドイッチを並べました。
「分かりましたわ。その代わり、ハンスさんもちゃんとお昼休みを取ってくださいね。カイル様、そちらへどうぞ」
カイル様は満足げに頷くと、カウンターの特等席に腰を下ろしました。
「ところで、エレナ。この店の扉だが……もう少し頑丈なものに変えるべきだ。私が黒鋼(くろがね)の魔石を組み込んだ特注品を手配しておいた」
「ええっ!? そんな重々しい扉、カフェに合いませんわよ!」
「……では、せめて私が贈った護身用の魔石ペンダントは、肌身離さず着けておけ。いいな?」
カイル様はそう言って、青く輝く立派な石がついた首飾りを、私の目の前に差し出しました。
これ、王都の宝石店で買えば家が一軒建つレベルの魔力付与がされている気がするのですが。
「……カイル様、これ、お高いのではありませんか?」
「私の安心料だ。……貴様に何かあったら、誰がこのオムライスを作るのだ」
カイル様は視線をサンドイッチに落とし、ぶっきらぼうにそう言いました。
耳の先端が少しだけ赤くなっているのは、朝の寒さのせいだけではないはずです。
「(あら……。意外と、独占欲が強いのかしら?)」
私は差し出されたペンダントを受け取り、その場で首にかけました。
「ありがとうございます。大切にしますわ、カイル様」
「……ふん。分かればいい」
カイル様は満足そうに鼻を鳴らすと、サンドイッチを大きな口で頬張りました。
「うむ……このベーコンの塩気と、野菜のみずみずしさ……相変わらず美味い」
過保護すぎる辺境伯様と、やる気満々の騎士様。
賑やかすぎる警備体制に、私の「のんびりスローライフ」は、どうやら少し方向転換が必要なようです。
でも、守られているという感覚は、それほど悪くないものですね。
私が開店準備のために表の雪を魔法で払っていると、背後から巨大な影が差しました。
「……エレナ。朝から不用心だと言っただろう」
振り返ると、そこには眉間に深い皺を刻んだカイル様が、仁王立ちで私を見下ろしていました。
「おはようございます、カイル様。不用心だなんて、ここは辺境伯様の目の届く場所ではありませんか」
「魔物だけではない。最近は、この店を目当てに遠くの村からも男たちが集まり始めている。貴様のような……その、無防備な令嬢を放っておけるか」
カイル様は「令嬢」と言う時、少しだけ顔を背けました。
無防備、と言われても。私は一応、追放されるほどの魔力を持った元公爵令嬢なのですが。
「心配しすぎですわ。ほら、今日は厚切りベーコンのレタスサンドイッチを用意しましたの。早く中に入ってくださいな」
私がエプロンのポケットから鍵を取り出そうとすると、カイル様がそれを遮るように大きな手を伸ばしました。
「待て。まずは私が中を確認する。潜伏している魔物や、不届き者がいないとも限らん」
「……昨日の夜、私が寝る前にも確認してくださいましたよね?」
「朝には朝の危険がある」
カイル様は真剣な顔で、誰もいない店内の隅々までチェックし始めました。
机の下、カウンターの裏、果ては私が自分でお茶を淹れるための小さな棚まで。
「異常なしだ。だが、これだけでは足りんな。おい、ハンス!」
「はいっ! 辺境伯閣下!」
呼ばれて現れたのは、私を王都から護送してくれたあのハンスさんでした。
彼はなぜか、騎士団の正式な装備ではなく、庭師のような格好をしています。
「今日からハンスをこの店の『専属庭師兼、看板磨き』として配置する。何かあればすぐに城へ報告せよ」
「閣下、了解しました! お嬢様を指一本触れさせません!」
「えっ、ハンスさん? 本職の騎士の仕事はよろしいのですか?」
私が呆然として尋ねると、ハンスさんは爽やかな笑顔で答えました。
「お嬢様、これこそが今の私の『最重要任務』です! 閣下から『もしエレナに傷一つでもつけば、北極点まで走らせる』と言われておりますので!」
……カイル様、それはもはや業務命令を私物化していませんか。
私は溜息をつきながらも、カウンターにサンドイッチを並べました。
「分かりましたわ。その代わり、ハンスさんもちゃんとお昼休みを取ってくださいね。カイル様、そちらへどうぞ」
カイル様は満足げに頷くと、カウンターの特等席に腰を下ろしました。
「ところで、エレナ。この店の扉だが……もう少し頑丈なものに変えるべきだ。私が黒鋼(くろがね)の魔石を組み込んだ特注品を手配しておいた」
「ええっ!? そんな重々しい扉、カフェに合いませんわよ!」
「……では、せめて私が贈った護身用の魔石ペンダントは、肌身離さず着けておけ。いいな?」
カイル様はそう言って、青く輝く立派な石がついた首飾りを、私の目の前に差し出しました。
これ、王都の宝石店で買えば家が一軒建つレベルの魔力付与がされている気がするのですが。
「……カイル様、これ、お高いのではありませんか?」
「私の安心料だ。……貴様に何かあったら、誰がこのオムライスを作るのだ」
カイル様は視線をサンドイッチに落とし、ぶっきらぼうにそう言いました。
耳の先端が少しだけ赤くなっているのは、朝の寒さのせいだけではないはずです。
「(あら……。意外と、独占欲が強いのかしら?)」
私は差し出されたペンダントを受け取り、その場で首にかけました。
「ありがとうございます。大切にしますわ、カイル様」
「……ふん。分かればいい」
カイル様は満足そうに鼻を鳴らすと、サンドイッチを大きな口で頬張りました。
「うむ……このベーコンの塩気と、野菜のみずみずしさ……相変わらず美味い」
過保護すぎる辺境伯様と、やる気満々の騎士様。
賑やかすぎる警備体制に、私の「のんびりスローライフ」は、どうやら少し方向転換が必要なようです。
でも、守られているという感覚は、それほど悪くないものですね。
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