濡れ衣を被せられた悪役令嬢

愛野かこ

文字の大きさ
11 / 30

11

エレナを国外追放してから、一ヶ月が過ぎました。


王都の第一王子、ヴィルフリートは、執務室の机を荒々しく叩きました。


「……どういうことだ! なぜ、今年の小麦はこれほどまでに立ち枯れている!」


彼の前で震えているのは、農務官の男です。


「そ、それが……。例年であれば、この時期には聖女様の『浄化の雨』によって、土地の穢れが払われるはずなのですが……」


「メアリーなら毎日、神殿で祈りを捧げている! 彼女は真の聖女だぞ!」


ヴィルフリートの怒声に、農務官はさらに小さくなりました。


「しかし……。メアリー様の祈りでは、土地の乾きが癒えないのです。それどころか、王都を囲む結界も弱まり、魔物の出現報告が相次いでおります」


「馬鹿な……。あんなに可憐で慈悲深いメアリーの魔力が、足りないというのか?」


ヴィルフリートは信じられない思いで、執務室を飛び出しました。


向かった先は、王城の美しい庭園です。


そこには、華やかなドレスに身を包んだメアリーが、優雅にお茶を飲んでいました。


「あら、ヴィル様。どうされたのですか? そんなに怖い顔をして」


「メアリー! 土地の浄化はどうなっている! 貴様の魔法で、小麦の枯死を止められないのか!」


メアリーは一瞬、眉をひそめましたが、すぐにいつもの泣き出しそうな顔を作りました。


「ヴィル様……。ひどいですわ。私、毎日一生懸命お祈りしていますのよ? でも……お姉様の呪いが、まだこの国に残っているのかもしれませんわ」


「エレナの、呪いだと?」


「ええ。お姉様は毒を扱うような方でしたもの。きっと、自分が追放される腹いせに、この土地に毒を撒いたんですわ。私の清らかな魔力では、それを相殺するのに時間がかかってしまって……」


メアリーはハンカチで目元を拭う仕草をしました。


ヴィルフリートはその姿を見て、一度は「そうか、やはりあの悪女のせいか」と納得しかけました。


しかし、ふと足元に目をやると、彼が大切にしていた大輪の薔薇が、どす黒く変色して萎れているのが見えました。


「……この薔薇は、貴様が毎日『聖女の加護』を与えていたものではなかったか?」


「えっ? あ、あはは……。それは、その……太陽が強すぎたのかしら?」


メアリーの返答に、ヴィルフリートの胸の中に、小さな、しかし消えない違和感が生まれました。


実は、エレナがいた頃、彼女は一度も「浄化をした」などと言ったことはありませんでした。


彼女はただ、毎日淡々と庭を散歩し、領地を視察し、人知れず各地の泉に手を浸していただけです。


そのたびに、国中の水は澄み、土は肥え、作物は豊かに実っていました。


「(……まさか、本当に浄化を行っていたのは……)」


ヴィルフリートの脳裏に、追放される間際、晴れやかな笑顔でガッツポーズをしていたエレナの姿が浮かびました。


「ヴィル様ぁ? どうされたのですか? 私、お腹が空いてしまいましたわ。お姉様が隠し持っていた公爵家の宝飾品を売って、美味しいものでも食べに行きませんか?」


「……宝飾品だと? それはエレナの私物だろう」


「あら、罪人の持ち物は国のものですわ。さあ、行きましょう?」


メアリーの邪気のない(ように見える)笑顔が、今のヴィルフリートには、ひどく薄ら寒いものに感じられました。


一方その頃、王宮の地下にある魔導具の研究室では、宮廷魔導師たちが頭を抱えていました。


「計測不能だ……。メアリー様の魔力波形は、聖女のそれとは程遠い。……これでは、ただの『見習い魔術師』以下ではないか」


「では、今までこの国を護っていた、あの圧倒的な浄化の力は一体……?」


「……まさか、ロラン公爵令嬢か? 彼女が、全ての術式を一人で無詠唱で行っていたというのか?」


魔導師たちは顔を見合わせ、戦慄しました。


もしそれが事実なら、王室はとんでもない「守護神」を、自らの手で放逐してしまったことになります。


「早く、エレナ様を……エレナ・ロランを探し出せ! 彼女がいなければ、この国は今年の冬を越せんぞ!」


王都の混乱は、まだ始まったばかりでした。


そして、そんなこととは露知らず。


辺境の地では、エレナが新しいスイーツの試作に勤しみ、平和な笑い声を上げているのでした。
感想 0

あなたにおすすめの小説

勘違いって恐ろしい

りりん
恋愛
都合のいい勘違いって怖いですねー

お姉さまは最愛の人と結ばれない。

りつ
恋愛
 ――なぜならわたしが奪うから。  正妻を追い出して伯爵家の後妻になったのがクロエの母である。愛人の娘という立場で生まれてきた自分。伯爵家の他の兄弟たちに疎まれ、毎日泣いていたクロエに手を差し伸べたのが姉のエリーヌである。彼女だけは他の人間と違ってクロエに優しくしてくれる。だからクロエは姉のために必死にいい子になろうと努力した。姉に婚約者ができた時も、心から上手くいくよう願った。けれど彼はクロエのことが好きだと言い出して――

こうして私は悪魔の誘惑に手を伸ばした

綴つづか
恋愛
何もかも病弱な妹に奪われる。両親の愛も、私がもらった宝物もーー婚約者ですらも。 伯爵家の嫡女であるルリアナは、婚約者の侯爵家次男ゼファーから婚約破棄を告げられる。病弱で天使のような妹のカリスタを抱き寄せながら、真実の愛を貫きたいというのだ。 ルリアナは、それを粛々と受け入れるほかなかった。 ゼファーとカリスタは、侯爵家より譲り受けた子爵領へと移り住み、幸せに暮らしていたらしいのだが。2年後、『病弱』な妹は、出産の際に命を落とす。 ……その訃報にルリアナはひっそりと笑みを溢した。 妹に奪われてきた姉が巻き込まれた企みのお話。 他サイトにも掲載しています。※ジャンルに悩んで恋愛にしていますが、主人公に恋愛要素はありません。

皇太子夫妻の歪んだ結婚 

夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。 その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。 本編完結してます。 番外編を更新中です。

夢を現実にしないための正しいマニュアル

しゃーりん
恋愛
娘が処刑される夢を見た。 現在、娘はまだ6歳。それは本当に9年後に起こる出来事? 処刑される未来を変えるため、過去にも起きた夢の出来事を参考にして、変えてはいけないことと変えるべきことを調べ始める。 婚約者になる王子の周囲を変え、貴族の平民に対する接し方のマニュアルを作り、娘の未来のために頑張るお話。

姉の引き立て役の私は

ぴぴみ
恋愛
 アリアには完璧な姉がいる。姉は美人で頭も良くてみんなに好かれてる。 「どうしたら、お姉様のようになれるの?」 「ならなくていいのよ。あなたは、そのままでいいの」  姉は優しい。でもあるとき気づいて─

《完結》戦利品にされた公爵令嬢

ヴァンドール
恋愛
戦いの《戦利品》として公爵邸に連れて行かれた公爵令嬢の運命は?

後妻の条件を出したら……

しゃーりん
恋愛
妻と離婚した伯爵令息アークライトは、友人に聞かれて自分が後妻に望む条件をいくつか挙げた。 格上の貴族から厄介な女性を押しつけられることを危惧し、友人の勧めで伯爵令嬢マデリーンと結婚することになった。 だがこのマデリーン、アークライトの出した条件にそれほどズレてはいないが、貴族令嬢としての教育を受けていないという驚きの事実が発覚したのだ。 しかし、明るく真面目なマデリーンをアークライトはすぐに好きになるというお話です。