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王太子執務室の窓から見える景色は、どんよりとした灰色の雲に覆われていました。
かつては「黄金の国」と称えられたこの国も、今や見る影もありません。
「……おい、この報告書は本当か? 南部の主要な泉が干上がっただと?」
ヴィルフリート王子は、信じられないというように書類を突きつけました。
目の前で跪いているのは、新たに内政官に任命された男でしたが、その額からは嫌な汗が滴っています。
「は、はい……。地脈の乱れが深刻でして、魔導師団が総出で修復にあたっておりますが、一向に改善の兆しが見えません。以前は、何もしなくても水が枯れることなどなかったのですが……」
「以前、以前、どいつもこいつもそればかりだ!」
ヴィルフリートは苛立ちに任せ、ペンを机に投げ捨てました。
「以前はエレナがいた。彼女が一人で、あるいは少数の供を連れて視察に行くだけで、地脈は安定し、豊作が約束されていた。……そう言いたいんだろう!?」
「め、滅相もございません! ですが……事実として、エレナ様が国外追放になられてから、精霊の加護が薄れているのは確かでございます」
内政官の言葉は、今のヴィルフリートにとって最も聞きたくない真実でした。
彼は深く椅子に背を預け、天井を仰ぎました。
「……メアリーはどうした。聖女として、各地の泉を清めて回っているはずだろう?」
「それが……メアリー様が訪れた泉に限って、翌日には泥水に変わってしまうという苦情が殺到しておりまして。現在は、神殿で大人しくしていただくようお願いしております」
「あの女、役に立たんどころか足を引っ張るのか……!」
ヴィルフリートは苦々しく呟きました。
婚約破棄をした当時は、エレナの理路整然とした態度が「傲慢」に見え、メアリーの甘えるような仕草が「愛らしさ」に見えていました。
しかし、いざ国を運営する立場になってみれば、必要なのは愛らしさではなく、圧倒的な「実務能力」と「魔力」だったのです。
「……おい。エレナは今、どこにいる」
ヴィルフリートの問いに、控えていた騎士の一人が一歩前へ出ました。
「はっ。報告によりますと、クロムウェル辺境伯領の最北端、魔物の森の近くにある廃屋に住んでいるとのことです」
「廃屋だと? ああ、やはりそうか。あんな過酷な土地で、公爵令嬢だった彼女がまともな生活を送れるはずがない」
ヴィルフリートの唇に、歪な笑みが浮かびました。
「きっと今頃、寒さに震え、空腹に耐えかね、私に捨てられたことを後悔して泣いているに違いない。……よし、騎士団を向かわせろ」
「……お迎えに、行かれるのですか?」
「ああ。私が直々に『許してやる』と言えば、彼女は泣いて喜ぶだろう。毒を盛った件も、今さら不問にしてやってもいい。その代わり、死ぬまでこの国のために働いてもらう」
ヴィルフリートは、エレナが自分に縋り付いて謝罪する姿を想像し、ようやく気分を良くしました。
彼はまだ、知らなかったのです。
自分が「廃屋」だと思っているその場所が、今や辺境一の「行列ができるカフェ」になっていることを。
そして、あの「氷の辺境伯」が、彼女を指一本触れさせないほどに溺愛しているという事実を。
「準備を急げ。エレナを連れ戻せば、この混乱も全て収まる。……ふん、せいぜい感謝しろよ、エレナ」
ヴィルフリートは高笑いしながら、自らも北へ向かう準備を始めるのでした。
かつては「黄金の国」と称えられたこの国も、今や見る影もありません。
「……おい、この報告書は本当か? 南部の主要な泉が干上がっただと?」
ヴィルフリート王子は、信じられないというように書類を突きつけました。
目の前で跪いているのは、新たに内政官に任命された男でしたが、その額からは嫌な汗が滴っています。
「は、はい……。地脈の乱れが深刻でして、魔導師団が総出で修復にあたっておりますが、一向に改善の兆しが見えません。以前は、何もしなくても水が枯れることなどなかったのですが……」
「以前、以前、どいつもこいつもそればかりだ!」
ヴィルフリートは苛立ちに任せ、ペンを机に投げ捨てました。
「以前はエレナがいた。彼女が一人で、あるいは少数の供を連れて視察に行くだけで、地脈は安定し、豊作が約束されていた。……そう言いたいんだろう!?」
「め、滅相もございません! ですが……事実として、エレナ様が国外追放になられてから、精霊の加護が薄れているのは確かでございます」
内政官の言葉は、今のヴィルフリートにとって最も聞きたくない真実でした。
彼は深く椅子に背を預け、天井を仰ぎました。
「……メアリーはどうした。聖女として、各地の泉を清めて回っているはずだろう?」
「それが……メアリー様が訪れた泉に限って、翌日には泥水に変わってしまうという苦情が殺到しておりまして。現在は、神殿で大人しくしていただくようお願いしております」
「あの女、役に立たんどころか足を引っ張るのか……!」
ヴィルフリートは苦々しく呟きました。
婚約破棄をした当時は、エレナの理路整然とした態度が「傲慢」に見え、メアリーの甘えるような仕草が「愛らしさ」に見えていました。
しかし、いざ国を運営する立場になってみれば、必要なのは愛らしさではなく、圧倒的な「実務能力」と「魔力」だったのです。
「……おい。エレナは今、どこにいる」
ヴィルフリートの問いに、控えていた騎士の一人が一歩前へ出ました。
「はっ。報告によりますと、クロムウェル辺境伯領の最北端、魔物の森の近くにある廃屋に住んでいるとのことです」
「廃屋だと? ああ、やはりそうか。あんな過酷な土地で、公爵令嬢だった彼女がまともな生活を送れるはずがない」
ヴィルフリートの唇に、歪な笑みが浮かびました。
「きっと今頃、寒さに震え、空腹に耐えかね、私に捨てられたことを後悔して泣いているに違いない。……よし、騎士団を向かわせろ」
「……お迎えに、行かれるのですか?」
「ああ。私が直々に『許してやる』と言えば、彼女は泣いて喜ぶだろう。毒を盛った件も、今さら不問にしてやってもいい。その代わり、死ぬまでこの国のために働いてもらう」
ヴィルフリートは、エレナが自分に縋り付いて謝罪する姿を想像し、ようやく気分を良くしました。
彼はまだ、知らなかったのです。
自分が「廃屋」だと思っているその場所が、今や辺境一の「行列ができるカフェ」になっていることを。
そして、あの「氷の辺境伯」が、彼女を指一本触れさせないほどに溺愛しているという事実を。
「準備を急げ。エレナを連れ戻せば、この混乱も全て収まる。……ふん、せいぜい感謝しろよ、エレナ」
ヴィルフリートは高笑いしながら、自らも北へ向かう準備を始めるのでした。
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