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カフェ「ルミナス」の厨房には、甘酸っぱい香りが立ち込めていました。
真っ赤に熟した冬イチゴを魔法で丁寧に洗浄し、黄金色のカスタードクリームの上に並べていきます。
「よし、これで仕上げね。名付けて『純愛のイチゴタルト』!」
私は出来上がったばかりのタルトを眺め、満足げに頷きました。
王都ではイチゴなんて、温室で育てられた高級品を一口食べるのが精一杯でしたが、ここではカイル様が「庭で採れた」と無造作に山盛りで持ってきてくれるのです。
カイル様の「庭」が、魔物が潜む広大な森を指していることは、あえて考えないようにしています。
「……エレナ、また妙な名前の料理を作っているのか」
いつの間にかカウンターに座っていたカイル様が、呆れたように、けれど期待に満ちた目でこちらを見ていました。
「あら、カイル様。お早いお着きですね。今日は特に気合が入っているのですよ」
私はタルトを丁寧に切り分け、カイル様の前に差し出しました。
「新作の試食をお願いしますわ。お礼……いえ、感謝の気持ちを込めた特製です」
「感謝? ……私に、か?」
「ええ。お店を守ってくださるだけでなく、こんなに美味しいイチゴまで届けてくださるんですもの」
カイル様は少し照れくさそうに視線を逸らすと、フォークを手に取りました。
サクッとしたタルト生地と、とろけるクリーム、そして弾けるようなイチゴの果汁。
一口食べた瞬間、カイル様の動きが止まりました。
「…………どうされました? お口に合いませんでしたか?」
私が顔を覗き込むと、カイル様は顔をごくわずかに赤らめ、ぼそりと呟きました。
「……甘いな」
「イチゴの酸味が効いているはずですけれど。甘すぎましたか?」
「そうではない。……味が、というより、何と言えばいいのか……」
カイル様は言葉を探すように眉根を寄せ、やがて絞り出すように言いました。
「……温かい味がする。まるで、心の内側に直接触れられているような、そんな……」
「ふふ、それはきっと『恋の味』かもしれませんわね」
冗談のつもりで言った言葉でしたが、カイル様は真剣な顔で私を見つめ返しました。
「恋……? それは、貴様が私に対して抱いている感情、ということか?」
「えっ!? い、いえ、それはその、あくまでお菓子のコンセプトというか……!」
不意打ちの直球に、今度は私の方が赤面してしまいました。
「(何言ってるの私! 相手は『氷の辺境伯』様よ!?)」
「……エレナ。私は、嘘や世辞が嫌いだ」
カイル様はゆっくりと立ち上がり、カウンター越しに私に顔を近づけました。
冷たいはずの「氷の狼」の瞳が、今は熱を帯びて揺れています。
「このタルトを食べて、私の胸がこれほどまでに騒がしいのは……イチゴのせいではないのだろうな?」
「……そ、それは……カイル様が甘党だからでは……」
「……鈍感な女だ」
カイル様は小さくため息をつくと、私の指先に一瞬だけ、熱い指を重ねました。
「……美味かった。明日も、明後日も、私はこの席に座る。覚悟しておけ」
嵐のような宣言を残して、彼は足早に店を去っていきました。
取り残された私は、火照った頬を押さえながら、空になったお皿を見つめることしかできませんでした。
「(……覚悟って。新作の開発に、もっと気合を入れなさいってことかしら?)」
いいえ、たぶん。
私の心も、あのイチゴのように少しずつ、赤く色づき始めているようでした。
真っ赤に熟した冬イチゴを魔法で丁寧に洗浄し、黄金色のカスタードクリームの上に並べていきます。
「よし、これで仕上げね。名付けて『純愛のイチゴタルト』!」
私は出来上がったばかりのタルトを眺め、満足げに頷きました。
王都ではイチゴなんて、温室で育てられた高級品を一口食べるのが精一杯でしたが、ここではカイル様が「庭で採れた」と無造作に山盛りで持ってきてくれるのです。
カイル様の「庭」が、魔物が潜む広大な森を指していることは、あえて考えないようにしています。
「……エレナ、また妙な名前の料理を作っているのか」
いつの間にかカウンターに座っていたカイル様が、呆れたように、けれど期待に満ちた目でこちらを見ていました。
「あら、カイル様。お早いお着きですね。今日は特に気合が入っているのですよ」
私はタルトを丁寧に切り分け、カイル様の前に差し出しました。
「新作の試食をお願いしますわ。お礼……いえ、感謝の気持ちを込めた特製です」
「感謝? ……私に、か?」
「ええ。お店を守ってくださるだけでなく、こんなに美味しいイチゴまで届けてくださるんですもの」
カイル様は少し照れくさそうに視線を逸らすと、フォークを手に取りました。
サクッとしたタルト生地と、とろけるクリーム、そして弾けるようなイチゴの果汁。
一口食べた瞬間、カイル様の動きが止まりました。
「…………どうされました? お口に合いませんでしたか?」
私が顔を覗き込むと、カイル様は顔をごくわずかに赤らめ、ぼそりと呟きました。
「……甘いな」
「イチゴの酸味が効いているはずですけれど。甘すぎましたか?」
「そうではない。……味が、というより、何と言えばいいのか……」
カイル様は言葉を探すように眉根を寄せ、やがて絞り出すように言いました。
「……温かい味がする。まるで、心の内側に直接触れられているような、そんな……」
「ふふ、それはきっと『恋の味』かもしれませんわね」
冗談のつもりで言った言葉でしたが、カイル様は真剣な顔で私を見つめ返しました。
「恋……? それは、貴様が私に対して抱いている感情、ということか?」
「えっ!? い、いえ、それはその、あくまでお菓子のコンセプトというか……!」
不意打ちの直球に、今度は私の方が赤面してしまいました。
「(何言ってるの私! 相手は『氷の辺境伯』様よ!?)」
「……エレナ。私は、嘘や世辞が嫌いだ」
カイル様はゆっくりと立ち上がり、カウンター越しに私に顔を近づけました。
冷たいはずの「氷の狼」の瞳が、今は熱を帯びて揺れています。
「このタルトを食べて、私の胸がこれほどまでに騒がしいのは……イチゴのせいではないのだろうな?」
「……そ、それは……カイル様が甘党だからでは……」
「……鈍感な女だ」
カイル様は小さくため息をつくと、私の指先に一瞬だけ、熱い指を重ねました。
「……美味かった。明日も、明後日も、私はこの席に座る。覚悟しておけ」
嵐のような宣言を残して、彼は足早に店を去っていきました。
取り残された私は、火照った頬を押さえながら、空になったお皿を見つめることしかできませんでした。
「(……覚悟って。新作の開発に、もっと気合を入れなさいってことかしら?)」
いいえ、たぶん。
私の心も、あのイチゴのように少しずつ、赤く色づき始めているようでした。
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