濡れ衣を被せられた悪役令嬢

愛野かこ

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カランカラン、と激しくドアベルが鳴り響きました。


冷たい冬の風と共に店内に踏み込んできたのは、銀の装飾が施された豪奢なマントを羽織った、見覚えのある男でした。


「エレナ! 迎えに来てやったぞ!」


ヴィルフリート王子が、さも英雄のような顔をして叫びました。


その後ろには、寒さに鼻を赤くした近衛騎士たちが数名、所在なさげに立っています。


私はカウンターの中で、淹れたてのコーヒーをカップに注ぐ手を止めることなく、静かに応じました。


「いらっしゃいませ。申し訳ありませんが、ドアを早く閉めていただけますか? せっかくの暖気が逃げてしまいますわ」


「……なっ、貴様、私の顔を忘れたのか! ヴィルフリートだ!」


「ええ、存じておりますわ。ですが、今の私はただの店主。お客様に、王族も平民もございません。まずは席についていただけますか?」


私が淡々と言うと、ヴィルフリートは毒気を抜かれたように目を見開きました。


彼は、私が泣いて彼の下に駆け寄り、足元に跪く姿を想像していたのでしょう。


「……なんだ、その格好は。それに、この店は……。貴様、こんな汚らわしい場所で何を……」


「『汚らわしい』? 私が心血を注いで作り上げたお店を、そのように仰るなんて心外ですわね」


私が冷ややかな視線を向けると、ヴィルフリートは店内の様子をようやく見渡しました。


そこには、清潔に磨かれたテーブル、柔らかな陽だまりのような照明、そして芳醇なスパイスの香りが満ちていました。


「(……嘘だ。もっと、みすぼらしく、絶望しているはずではなかったのか?)」


王子の困惑が手に取るようにわかります。


その時、私の背後から、地響きのような低い声が響きました。


「……入り口を塞ぐなと言ったはずだ。退け」


「っ!? 誰だ!」


ヴィルフリートが振り返ると、そこには黒い軍服を纏ったカイル様が、死神のような無表情で立っていました。


その圧倒的な体躯と威圧感に、王子の護衛騎士たちが一斉に剣の柄に手をかけました。


「……カ、カイル・ヴァン・クロムウェル辺境伯か」


「王太子殿下自ら、こんな最果ての地まで。何の御用だ。ここは、私の許可なく他国の軍勢が立ち入っていい場所ではないはずだが?」


カイル様は私の肩にそっと手を置き、守るように引き寄せました。


その温かさが、私に勇気をくれます。


「……エレナを連れ戻しに来た。この女が毒を盛った件は、私の慈悲によって不問にしてやる。感謝して王都へ戻るがいい」


ヴィルフリートが尊大な態度を取り戻し、私に命令を下しました。


私はカイル様の手の温もりを感じながら、フッと笑みを漏らしました。


「お断りいたします、殿下。……そもそも、毒など盛っておりませんし、そのお話はもう終わったことではありませんか?」


「何を言っている! 私が直々に迎えに来たのだぞ! 貴様のような行き場のない女を、王妃にしてやると言っているのだ!」


王妃。かつての私なら、その言葉に縛られ、自分を殺していたでしょう。


けれど、今の私には……。


「お帰りください。あいにく、当店は『招かれざる客』にお出しする料理は持ち合わせておりませんので」


私はヴィルフリートを真っ直ぐに見据え、はっきりと言い放ちました。


「……貴様、後悔しても知らんぞ!」


王子の怒声が店内に響きましたが、私の心は一点の曇りもなく、ただカイル様の温かな側にいたいという想いで満たされていました。
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