濡れ衣を被せられた悪役令嬢

愛野かこ

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ヴィルフリート殿下の顔は、怒りと屈辱で真っ赤に染まっていました。


彼は、自分がこの国の支配者であり、私がその慈悲を乞う立場だと信じて疑っていないようです。


「エレナ、ふざけるのもいい加減にしろ! 貴様がいなくなってから、王都の政務がどれほど滞っているか分かっているのか!」


「……あら、それは不思議なお話ですわね。政務は殿下や有能な文官の方々がなさるものでしょう?」


私は首を傾げ、わざとらしく驚いて見せました。


「私のような『毒婦』がいなくなったところで、清らかな聖女様がいらっしゃるのですから、国はますます繁栄するはずではありませんか?」


「メ、メアリーは……彼女はまだ若いのだ! それに、貴様が裏で行っていた複雑な術式計算や、各領地の調整は誰にも代えがきかんのだよ!」


ヴィルフリートが必死に叫びましたが、その言葉は私を呆れさせるだけでした。


「殿下。今さら、私の能力を認めるのですか? あの時、あなたは私を『傲慢で可愛げのない無能な女』と呼び捨てにされましたのに」


「それは……貴様を反省させるための、教育的配慮だ!」


「教育的配慮、ですか。国外追放が? 毒を盛ったという冤罪を被せることが?」


私は一歩前に出ました。背後でカイル様が静かに剣の柄に手をかける気配がしますが、私はそれを制するように片手を上げました。


「どの口がそれを仰るのですか、殿下」


「な、何だと……?」


「私を追い出したのは、あなたです。私の言葉に耳を貸さず、証拠も精査せず、ただ一人の少女の涙を信じて、私から全てを奪った」


私は冷ややかに、かつ流暢に言葉を紡ぎました。


「今、国が混乱しているのは、私のせいではありません。あなたの『無能さ』が露呈しただけのことにございますわ」


「き、貴様ぁぁ! 王族を侮辱するのか!」


ヴィルフリートが右手を振り上げました。


しかし、その手が私に届くことはありませんでした。


「……私の店で、私の婚約者に暴力を振るおうとは。いい度胸だな、王子」


カイル様が、ヴィルフリートの手首を万力のような力で掴み取っていました。


ミキミキ、と嫌な音が響き、ヴィルフリートが悲鳴を上げます。


「あがっ……! はな、離せ! 貴様、反逆罪だぞ!」


「反逆? ここは私の領地だ。私の家で暴れる賊を排除して、何の罪になる。……それに、今『婚約者』と言った。聞こえなかったか?」


カイル様の瞳に、本物の殺気が宿りました。


「エレナは、私の妻になる女性だ。貴様のような、使い古したゴミに構っている暇はない」


「ゴミ……だと……っ!?」


ヴィルフリートはショックのあまり、言葉を失いました。


私はカイル様の腕にそっと手を添え、優しく微笑みかけました。


「カイル様、ありがとうございます。でも、ゴミの処理は慎重になさいませんと。手が汚れてしまいますわ」


「……そうだな。不衛生だ」


カイル様が手を離すと、ヴィルフリートは無様に床に尻餅をつきました。


「殿下、どうぞお帰りください。王都の混乱がひどいのでしたら、今すぐ戻って仕事に励まれることですわ。あ、メアリーさんにもよろしくお伝えくださいね。彼女の『聖女の力』で、枯れた小麦をなんとかできるとよろしいですけれど」


私が完璧な令嬢の礼を披露すると、ヴィルフリートは震えながら立ち上がりました。


「お、覚えていろ……! こんな野蛮な男と共に、凍えて死ぬがいい!」


彼は負け惜しみを叫びながら、逃げるように店を飛び出していきました。


カランカラン、とドアベルが鳴り、再び店内に静寂が戻ります。


「……ふぅ。疲れましたわ。カイル様、冷めてしまったコーヒーを淹れ直しますね」


私がキッチンに戻ろうとすると、カイル様が私の腰を引き寄せ、強く抱きしめました。


「カイル様……?」


「……ゴミ、と言って悪かったな。あんな男と比較するのも失礼だった」


「ふふ、いいんですよ。私、とってもスッキリしましたわ」


私はカイル様の胸に顔を埋め、彼の心強い鼓動を聞きました。


王都との因縁は、これで完全に断ち切れた。


はずだったのですが……事態はさらに意外な方向へと動き出そうとしていました。
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