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敗走するヴィルフリート王子の背中に、冷ややかな声が浴びせられました。
「――殿下、お逃げになるのはそこまでにしていただきたい」
声を上げたのは、王子のすぐ後ろに控えていた近衛騎士の一人……先日、エレナの幸せな姿を報告した隠密のユリアンでした。
彼は兜を脱ぎ捨て、鋭い眼光で王子を見据えました。
「何だ、ユリアン! 貴様まで私に逆らうというのか!」
「逆らうのではありません。真実を突きつけに来たのです。……エレナ様の冤罪、そして自称・聖女メアリー様の数々の不正についての証拠を」
ユリアンが懐から取り出したのは、何枚もの羊皮紙と、小さな紫色の小瓶でした。
ヴィルフリートの顔から、急速に血の気が引いていきます。
「こ、これは……何だ?」
「これは、メアリー様が毒を購入した際の帳簿の写し。そして、あの日彼女が自ら毒を飲み、エレナ様に罪を擦り付ける計画を練っていたという、専属メイドの自白書です」
ユリアンの言葉に、周囲の騎士たちからもざわめきが起こりました。
「さらに、メアリー様はエレナ様がいなくなった後の公爵家の財産を横領し、聖女の祈りと称して集めた寄付金を、すべて私的な贅沢に使い込んでおられました」
「嘘だ! メアリーがそんなことをするはずがない! 彼女は、あんなに可憐で……っ」
「可憐なだけでは、土地の枯死は止められません。彼女には最初から、聖女の力など微塵もなかったのですよ。すべては、エレナ様が影で施していた大規模浄化魔法の恩恵だったのです」
ユリアンは容赦なく、ヴィルフリートが縋り付いていた幻想を打ち砕きました。
「……殿下。あなたが国外追放にしたのは、この国を支えていた唯一の希望であり、無実の賢女だった。その代償は、あまりにも大きい」
ヴィルフリートはその場に膝をつき、震える手で頭を抱えました。
「あ、ああ……。私は、何を……。エレナ、私は……っ」
彼は縋るような目で、カフェの入り口に立つエレナを見ました。
けれど、そこにあるのはかつての慈悲深い微笑みではなく、ただの「他人」に向ける、丁寧で冷淡な会釈だけでした。
「真実が明らかになったようで、何よりですわ。……でも、それが分かったところで、私の淹れるコーヒーの味が変わるわけではありませんから」
エレナは静かに、カイル様の腕の中に身を寄せました。
「殿下。もう、あなたに教えるべき政務も、浄化して差し上げる土地も、ここにはございません。どうぞ、ご自身が選んだ『聖女様』と共に、終わりの時をお迎えください」
「エレナ! 頼む、戻ってくれ! 私が悪かった! 君がいなければ、国は滅びるんだ!」
ヴィルフリートが泥を啜るような無様な姿で叫びましたが、カイル様がその声を一喝しました。
「……見苦しいぞ。この地を汚す前に、さっさと消え失せろ」
カイル様の冷徹な一言で、騎士たちが動き出しました。
もはや王子を敬う者は、ここには一人もいません。
ユリアンたちは、絶望に打ちひしがれるヴィルフリートを半ば引きずるようにして、馬車へと押し込みました。
「(……濡れ衣を被せられたあの日。私はすべてを失ったと思っていたけれど)」
エレナは、自分を抱きしめるカイル様の腕の強さを感じ、そっと目を閉じました。
「(失ったのではなく、いらないものを捨てただけだったのね。……ありがとう、カイル様。私を見つけてくれて)」
遠ざかっていく馬車の音と共に、エレナの過去は完全に精算されました。
ここから先にあるのは、もう「悪役」でも「令嬢」でもない、一人の女性としての幸せな日常だけです。
「――殿下、お逃げになるのはそこまでにしていただきたい」
声を上げたのは、王子のすぐ後ろに控えていた近衛騎士の一人……先日、エレナの幸せな姿を報告した隠密のユリアンでした。
彼は兜を脱ぎ捨て、鋭い眼光で王子を見据えました。
「何だ、ユリアン! 貴様まで私に逆らうというのか!」
「逆らうのではありません。真実を突きつけに来たのです。……エレナ様の冤罪、そして自称・聖女メアリー様の数々の不正についての証拠を」
ユリアンが懐から取り出したのは、何枚もの羊皮紙と、小さな紫色の小瓶でした。
ヴィルフリートの顔から、急速に血の気が引いていきます。
「こ、これは……何だ?」
「これは、メアリー様が毒を購入した際の帳簿の写し。そして、あの日彼女が自ら毒を飲み、エレナ様に罪を擦り付ける計画を練っていたという、専属メイドの自白書です」
ユリアンの言葉に、周囲の騎士たちからもざわめきが起こりました。
「さらに、メアリー様はエレナ様がいなくなった後の公爵家の財産を横領し、聖女の祈りと称して集めた寄付金を、すべて私的な贅沢に使い込んでおられました」
「嘘だ! メアリーがそんなことをするはずがない! 彼女は、あんなに可憐で……っ」
「可憐なだけでは、土地の枯死は止められません。彼女には最初から、聖女の力など微塵もなかったのですよ。すべては、エレナ様が影で施していた大規模浄化魔法の恩恵だったのです」
ユリアンは容赦なく、ヴィルフリートが縋り付いていた幻想を打ち砕きました。
「……殿下。あなたが国外追放にしたのは、この国を支えていた唯一の希望であり、無実の賢女だった。その代償は、あまりにも大きい」
ヴィルフリートはその場に膝をつき、震える手で頭を抱えました。
「あ、ああ……。私は、何を……。エレナ、私は……っ」
彼は縋るような目で、カフェの入り口に立つエレナを見ました。
けれど、そこにあるのはかつての慈悲深い微笑みではなく、ただの「他人」に向ける、丁寧で冷淡な会釈だけでした。
「真実が明らかになったようで、何よりですわ。……でも、それが分かったところで、私の淹れるコーヒーの味が変わるわけではありませんから」
エレナは静かに、カイル様の腕の中に身を寄せました。
「殿下。もう、あなたに教えるべき政務も、浄化して差し上げる土地も、ここにはございません。どうぞ、ご自身が選んだ『聖女様』と共に、終わりの時をお迎えください」
「エレナ! 頼む、戻ってくれ! 私が悪かった! 君がいなければ、国は滅びるんだ!」
ヴィルフリートが泥を啜るような無様な姿で叫びましたが、カイル様がその声を一喝しました。
「……見苦しいぞ。この地を汚す前に、さっさと消え失せろ」
カイル様の冷徹な一言で、騎士たちが動き出しました。
もはや王子を敬う者は、ここには一人もいません。
ユリアンたちは、絶望に打ちひしがれるヴィルフリートを半ば引きずるようにして、馬車へと押し込みました。
「(……濡れ衣を被せられたあの日。私はすべてを失ったと思っていたけれど)」
エレナは、自分を抱きしめるカイル様の腕の強さを感じ、そっと目を閉じました。
「(失ったのではなく、いらないものを捨てただけだったのね。……ありがとう、カイル様。私を見つけてくれて)」
遠ざかっていく馬車の音と共に、エレナの過去は完全に精算されました。
ここから先にあるのは、もう「悪役」でも「令嬢」でもない、一人の女性としての幸せな日常だけです。
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