濡れ衣を被せられた悪役令嬢

愛野かこ

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王都からの使者が去り、カフェ「ルミナス」には再び穏やかな静寂が戻ってきました。


降り積もった雪が月光を反射し、辺り一面が銀色に輝く夜のことです。


私は閉店後の片付けを終え、温かいココアを二つのカップに注いでいました。


「カイル様、お疲れ様でした。今日は街の方々もたくさんお祝いに来てくださって、賑やかでしたわね」


「……ああ。騒がしい連中だ。だが、貴様が笑っているなら、それでいい」


カイル様はカウンターで、私の差し出したカップを受け取りました。


その表情は、出会った頃の凍てつくような冷徹さは消え、穏やかな海のように落ち着いています。


「……エレナ。少し、外へ出ないか。貴様に見せたいものがある」


「えっ、今からですか? 外はかなり冷え込んでいますけれど」


「案ずるな。しっかり着込めば問題ない」


カイル様はそう言うと、私にふわふわの毛皮の外套を着せ、自身もマントを羽織りました。


私たちは店の裏手にある、少し小高い丘へと向かいました。


そこは魔除けの結界が張られた、領内でも特に安全で視界が開けた場所です。


丘の頂上に着いた瞬間、私は思わず息を呑みました。


「……綺麗……っ」


頭上に広がっていたのは、王都では決して見ることのできない、圧倒的な数の星々でした。


刺すような冷たい空気の中で、星のひとつひとつが鋭く、けれど優しく瞬いています。


天の川が白く帯を引き、まるで宇宙そのものが降ってきそうなほどの迫力でした。


「北の地は、空気が澄んでいるからな。冬のこの時期が、一番星が美しいのだ」


「はい……。本当に、吸い込まれてしまいそうですわ」


私が夜空を見上げていると、カイル様が私の隣に並び、大きな手で私の手を包み込みました。


「……エレナ。貴様をこの地に迎えた時、私は貴様をただの『厄介者』だと思っていた」


「ふふ、自覚はありますわ。毒婦なんて言われていましたものね」


「だが、貴様は凍てついた私の心に、コーヒーの香りと温かな食事を持ち込んだ。……そして、気づけば私の方が、貴様のいない生活を想像できなくなっていたのだ」


カイル様は私の手を強く握り、私の瞳を真っ直ぐに見つめました。


「王都での身分も、過去も、もう関係ない。……エレナ。改めて、私から言わせてくれ」


カイル様は夜空の星々を背負い、静かに跪きました。


「私の妻になってほしい。……この極寒の地を、貴様の笑顔で永遠に温めてはくれないだろうか」


「…………カイル様」


その言葉は、どんな甘いお菓子よりも私の心を震わせました。


濡れ衣を被せられ、家を追われ、絶望の淵にいた私を救ってくれたのは、間違いなくこの不器用な「狼」でした。


私は溢れ出しそうになる涙を堪え、満面の笑みで答えました。


「喜んで、お受けいたします。……でも、カイル様。私、これからもカフェの店主は辞めませんわよ?」


「……分かっている。貴様の焼くスコーンがない人生など、私も御免だ」


カイル様は立ち上がり、私を力強く抱きしめました。


星空の下、二人の影が雪の上にひとつに重なります。


それは、悪役令嬢としての終わりではなく、一人の女性としての、真実の物語の始まりでした。
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