濡れ衣を被せられた悪役令嬢

愛野かこ

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プロポーズから数日。辺境伯領は、かつてないほどのお祭り騒ぎに包まれていました。


「北の氷狼」と恐れられたカイル様が、ついに嫁を貰う。


しかもその相手は、街の人々から「ひだまりの聖女」と慕われる、あのカフェの店主エレナ。


領民たちは狂喜乱舞し、騎士団は「閣下にお祝いを!」と、訓練そっちのけで浮き足立っています。


そんな中、私はカフェの厨房で、真剣な面持ちで巨大なボウルと格闘していました。


「よし。スポンジの配合はこれで完璧。あとは、魔法で温度を保ちながら三段重ねにして……」


鼻歌まじりに作業を進めていると、背後から「信じられん」というような溜息が聞こえてきました。


「……エレナ。貴様、またやっているのか」


振り返ると、頭を抱えたカイル様が立っていました。


「あ、カイル様! 見てください、この生地の弾力。最高のウェディングケーキになりますわよ!」


「……あのな。これから自分の結婚式を挙げる花嫁が、なぜ厨房で粉まみれになっているんだ」


カイル様は私の頬についた小麦粉を、指先で優しく拭い取りました。


「だって、一生に一度の晴れ舞台ですもの。他の方が作ったケーキで妥協したくありませんわ」


「私が王都から最高級の菓子職人を呼び寄せると言っただろう。費用ならいくらでも出すと言ったはずだ」


「いいえ、ダメです。カイル様に召し上がっていただくケーキは、私が、私の手で作りたいんですの」


私がエプロンをきゅっと握って宣言すると、カイル様は一瞬絶句し、それから顔を赤くして視線を逸らしました。


「……貴様、そういうことを不意打ちで言うなと言っているだろう」


「ふふ。でも本当のことですから。あ、ついでに騎士団の皆様に配るクッキーも焼いておきましょうか」


「却下だ。そんなことをしていたら、式当日に貴様が倒れてしまう」


カイル様は私の手からボウルを奪い取り、高い棚の上へと置いてしまいました。


「あ! 私の特製生地が!」


「これ以上の作業は私が許さん。……おい、ハンス!」


「はいっ! 準備万端であります、閣下!」


呼ばれて飛び出してきたのは、すっかりカフェの常連兼警備員として馴染んでいるハンスさんでした。


「ハンス、貴様らに任務を与える。エレナを厨房から遠ざけ、式当日まで一切の調理を禁じろ。もし破ったら……」


「ひっ! 北極点まで全力疾走、ですね! 分かっております!」


ハンスさんは私に向かって、申し訳なさそうに両手を合わせました。


「お嬢様、すみません! 閣下の命には逆らえません。さあ、今日はもうお部屋でゆっくりドレスの試着をしてください!」


「ええっ、そんな。ケーキのデコレーションがまだなのに……!」


私はハンスさんと数人の騎士たちによって、なかば担ぎ上げられるようにして厨房から連れ出されてしまいました。


「ああっ、カイル様の独裁者! せっかくの『夫婦最初の共同作業』でケーキ入刀をする予定だったのに!」


「……入刀はする。だが、焼くのは他の者に任せろ。貴様は当日、世界で一番綺麗な姿で私の隣にいればいい」


カイル様は背後からそう言い捨てて、不器用そうに私のボウルの中身を覗き込んでいました。


「(もしかして……カイル様、自分で続きをやろうとしてるのかしら?)」


翌日、厨房から不気味な爆発音と、カイル様の「……なぜ膨らまん」という呻き声が聞こえてきたのは、言うまでもありません。


どうやら私たちの結婚式は、式そのものよりも準備の方が賑やかになりそうです。
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