2 / 30
2
「待て! 勝手に話を進めるな! アリミヤ、貴様はまだ裁きの場にいるのだぞ!」
ジュリアンの怒声が、去ろうとするアリミヤの背中に突き刺さる。
レオンハルトは面白そうに眉を上げ、エスコートしていた手を一度解いた。
「……おや、まだ何か? 殿下、時間は有限ですわ。私の貴重な時間を、これ以上無駄にさせないで頂けますかしら」
アリミヤが振り返ると、ジュリアンは震える手で一束の書類を突き出した。
「これを見ろ! エレーナが涙ながらに集めた、貴様の悪行の数々だ。近衛騎士団に提出する前の、動かぬ証拠だ!」
アリミヤは、差し出されたその『証拠』をひょいと受け取った。
パラパラと紙を捲る彼女の瞳に、軽蔑の色が混じる。
「……なるほど。これが、私の罪状、ですか」
「そうだ! 言い逃れはできまい!」
ジュリアンは鼻を鳴らし、エレーナは勝ち誇ったような笑みを浮かべている。
しかし、アリミヤは懐から一本の万年筆を取り出すと、その場で書類にサラサラとペンを走らせ始めた。
「お姉様、何を……?」
「……あら、あまりにも稚拙な内容でしたので。つい、職業病が出てしまいましたわ」
アリミヤは微笑みながら、先頭の一枚をジュリアンの目の前に突きつけた。
そこには、赤いインクで無数のバツ印と修正が書き込まれている。
「まず、この『暴漢への支払い記録』。日付が私の登城日と重なっていますが、その時間は陛下との会談中でしたわね。物理的に不可能です。やり直し」
「な、何だと……?」
「次にこちら。エレーナ様を突き落としたとされる現場の図解ですが、この階段、王宮には存在しませんわ。設計図を一度もご覧になったことがないのかしら? 非常に残念な想像力です」
アリミヤの指が、次々と書類の矛盾を指摘していく。
会場の貴族たちの間から、失笑が漏れ始めた。
「そして極めつけは、この『私からの脅迫状』。私の筆跡を真似るなら、せめてインクの銘柄くらいは揃えなさいませ。私が愛用しているのは帝国製の特注品。これは街の文房具屋で売っている安物ですわ」
「ひっ……!」
エレーナが短く悲鳴を上げ、顔を青ざめさせた。
アリミヤは最後の一枚に大きな『不可』を書き込み、ジュリアンの胸元に叩きつけるように返した。
「殿下。このような『落書き』を証拠として提出すれば、騎士団どころか法務局にまで笑われますわよ。後継者としての品位を疑われますわ」
「き、貴様……っ!」
「お気の毒様に。どうやら殿下は、真実を見る目よりも、甘い嘘に騙される耳の方が発達していらっしゃるようですわね」
アリミヤの冷徹な言葉に、ジュリアンは言葉を失い、金魚のように口をパクパクとさせている。
その様子を黙って見ていたレオンハルトが、低く笑った。
「くくっ、傑作だ。アリミヤ嬢、君の言う通りだ。こんな紙屑を大事そうに抱えている男に、国を治める資格などないな」
レオンハルトは再びアリミヤの手を取り、今度は強引に引き寄せた。
「さあ、行こう。こんな退屈な茶番に付き合う必要はない。帝国には、君が添削すべき『本物』の書類が山ほどあるからな」
「ふふ、お手柔らかにお願いしますわ、レオンハルト様」
アリミヤは、呆然と立ち尽くす元婚約者と、震える男爵令嬢に背を向けた。
「あ、それから殿下。机の右から三番目の引き出しに、明日までに処理すべき緊急案件のリストが入っております。……愛の力で、頑張ってくださいませね?」
会場を出る間際、アリミヤが残した慈悲深い微笑。
それが、アストレア王国にとっての「終わりの始まり」であることを、まだ誰も気づいていなかった。
ジュリアンの怒声が、去ろうとするアリミヤの背中に突き刺さる。
レオンハルトは面白そうに眉を上げ、エスコートしていた手を一度解いた。
「……おや、まだ何か? 殿下、時間は有限ですわ。私の貴重な時間を、これ以上無駄にさせないで頂けますかしら」
アリミヤが振り返ると、ジュリアンは震える手で一束の書類を突き出した。
「これを見ろ! エレーナが涙ながらに集めた、貴様の悪行の数々だ。近衛騎士団に提出する前の、動かぬ証拠だ!」
アリミヤは、差し出されたその『証拠』をひょいと受け取った。
パラパラと紙を捲る彼女の瞳に、軽蔑の色が混じる。
「……なるほど。これが、私の罪状、ですか」
「そうだ! 言い逃れはできまい!」
ジュリアンは鼻を鳴らし、エレーナは勝ち誇ったような笑みを浮かべている。
しかし、アリミヤは懐から一本の万年筆を取り出すと、その場で書類にサラサラとペンを走らせ始めた。
「お姉様、何を……?」
「……あら、あまりにも稚拙な内容でしたので。つい、職業病が出てしまいましたわ」
アリミヤは微笑みながら、先頭の一枚をジュリアンの目の前に突きつけた。
そこには、赤いインクで無数のバツ印と修正が書き込まれている。
「まず、この『暴漢への支払い記録』。日付が私の登城日と重なっていますが、その時間は陛下との会談中でしたわね。物理的に不可能です。やり直し」
「な、何だと……?」
「次にこちら。エレーナ様を突き落としたとされる現場の図解ですが、この階段、王宮には存在しませんわ。設計図を一度もご覧になったことがないのかしら? 非常に残念な想像力です」
アリミヤの指が、次々と書類の矛盾を指摘していく。
会場の貴族たちの間から、失笑が漏れ始めた。
「そして極めつけは、この『私からの脅迫状』。私の筆跡を真似るなら、せめてインクの銘柄くらいは揃えなさいませ。私が愛用しているのは帝国製の特注品。これは街の文房具屋で売っている安物ですわ」
「ひっ……!」
エレーナが短く悲鳴を上げ、顔を青ざめさせた。
アリミヤは最後の一枚に大きな『不可』を書き込み、ジュリアンの胸元に叩きつけるように返した。
「殿下。このような『落書き』を証拠として提出すれば、騎士団どころか法務局にまで笑われますわよ。後継者としての品位を疑われますわ」
「き、貴様……っ!」
「お気の毒様に。どうやら殿下は、真実を見る目よりも、甘い嘘に騙される耳の方が発達していらっしゃるようですわね」
アリミヤの冷徹な言葉に、ジュリアンは言葉を失い、金魚のように口をパクパクとさせている。
その様子を黙って見ていたレオンハルトが、低く笑った。
「くくっ、傑作だ。アリミヤ嬢、君の言う通りだ。こんな紙屑を大事そうに抱えている男に、国を治める資格などないな」
レオンハルトは再びアリミヤの手を取り、今度は強引に引き寄せた。
「さあ、行こう。こんな退屈な茶番に付き合う必要はない。帝国には、君が添削すべき『本物』の書類が山ほどあるからな」
「ふふ、お手柔らかにお願いしますわ、レオンハルト様」
アリミヤは、呆然と立ち尽くす元婚約者と、震える男爵令嬢に背を向けた。
「あ、それから殿下。机の右から三番目の引き出しに、明日までに処理すべき緊急案件のリストが入っております。……愛の力で、頑張ってくださいませね?」
会場を出る間際、アリミヤが残した慈悲深い微笑。
それが、アストレア王国にとっての「終わりの始まり」であることを、まだ誰も気づいていなかった。
あなたにおすすめの小説
「やはり鍛えることは、大切だな」
イチイ アキラ
恋愛
「こんなブスと結婚なんていやだ!」
その日、一つのお見合いがあった。
ヤロール伯爵家の三男、ライアンと。
クラレンス辺境伯家の跡取り娘、リューゼットの。
そして互いに挨拶を交わすその場にて。
ライアンが開幕早々、ぶちかましたのであった。
けれども……――。
「そうか。私も貴様のような生っ白くてか弱そうな、女みたいな顔の屑はごめんだ。気が合うな」
上手に騙してくださらなかった伯爵様へ
しきど
恋愛
アイルザート・ルテシオ伯爵は十七歳で家督を継いだ方だ。
文武両道、容姿端麗、人柄も良く領民の誰からも愛される方だった。そんな若き英雄の婚約者に選ばれたメリッサ・オードバーン子爵令嬢は、自身を果報者と信じて疑っていなかった。
彼が屋敷のメイドと関係を持っていると知る事になる、その時までは。
貴族に愛人がいる事など珍しくもない。そんな事は分かっているつもりだった。分かっていてそれでも、許せなかった。
メリッサにとってアイルザートは、本心から愛した人だったから。
悪女と呼ばれた王妃
アズやっこ
恋愛
私はこの国の王妃だった。悪女と呼ばれ処刑される。
処刑台へ向かうと先に処刑された私の幼馴染み、私の護衛騎士、私の従者達、胴体と頭が離れた状態で捨て置かれている。
まるで屑物のように足で蹴られぞんざいな扱いをされている。
私一人処刑すれば済む話なのに。
それでも仕方がないわね。私は心がない悪女、今までの行いの結果よね。
目の前には私の夫、この国の国王陛下が座っている。
私はただ、
貴方を愛して、貴方を護りたかっただけだったの。
貴方のこの国を、貴方の地位を、貴方の政務を…、
ただ護りたかっただけ…。
だから私は泣かない。悪女らしく最後は笑ってこの世を去るわ。
❈ 作者独自の世界観です。
❈ ゆるい設定です。
❈ 処刑エンドなのでバットエンドです。
帰国した王子の受難
ユウキ
恋愛
庶子である第二王子は、立場や情勢やら諸々を鑑みて早々に隣国へと無期限遊学に出た。そうして年月が経ち、そろそろ兄(第一王子)が立太子する頃かと、感慨深く想っていた頃に突然届いた帰還命令。
取り急ぎ舞い戻った祖国で見たのは、修羅場であった。
復讐のための五つの方法
炭田おと
恋愛
皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。
それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。
グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。
72話で完結です。
悪役令嬢にされたので婚約破棄を受け入れたら、なぜか全員困っています
かきんとう
恋愛
王城の大広間は、いつも以上に華やいでいた。
磨き上げられた床は燭台の光を反射し、色とりどりのドレスが揺れるたびに、まるで花畑が動いているかのように見える。貴族たちの笑い声、楽団の優雅な旋律、そして、ひそやかな噂話が、空気を満たしていた。
その中心に、私は立っていた。
――今日、この瞬間のために。
「エレノア・フォン・リーベルト嬢」
高らかに呼ばれた私の名に、ざわめきがぴたりと止む。
幼馴染以上、婚約者未満の王子と侯爵令嬢の関係
紫月 由良
恋愛
第二王子エインの婚約者は、貴族には珍しい赤茶色の髪を持つ侯爵令嬢のディアドラ。だが彼女の冷たい瞳と無口な性格が気に入らず、エインは婚約者の義兄フィオンとともに彼女を疎んじていた。そんな中、ディアドラが学院内で留学してきた男子学生たちと親しくしているという噂が広まる。注意しに行ったエインは彼女の見知らぬ一面に心を乱された。しかし婚約者の異母兄妹たちの思惑が問題を引き起こして……。
顔と頭が良く性格が悪い男の失恋ストーリー。
※流血シーンがあります。(各話の前書きに注意書き+次話前書きにあらすじがあるので、飛ばし読み可能です)