​『お気の毒様に?』~断罪された悪役令嬢〜

愛野かこ

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帝国での最初の朝。アリミヤを待っていたのは、山のように積まれた書類と、期待と不安の入り混じった視線を送る官僚たちだった。


執務室には、帝国の内政を統括する財務官や外交官が顔を揃えている。

その中心で、一人の初老の男――ヴォルフガング侯爵が、眉間に皺を寄せて口を開いた。


「アリミヤ様。殿下からのご紹介とはいえ、帝国の財政に口を出される以上、我らも相応の実力を見せていただかねばなりません」


「……あら、当然のことですわ。無能な人間に税金が支払われるほど、滑稽なことはありませんものね」


アリミヤは優雅に椅子に座り、目の前の書類の山を一瞥した。

それは、帝国が数十年抱え続けている「南部地方の関税不整合」に関する難題だった。


「これは……。ずいぶんと古めかしいやり方を続けていらっしゃるのですね」


「な、何だと!? これは帝国の伝統に則った計算方式だぞ!」


隣にいた若い官僚が声を荒らげる。

アリミヤは微笑を絶やさず、羽ペンを手に取った。


「伝統という言葉は、思考停止の隠れ蓑には最適ですわね。……失礼、少しお黙りになっていただけますかしら? 五分で終わりますから」


部屋に静寂が訪れる。

聞こえるのは、アリミヤが紙を捲る音と、流れるようにペンを走らせる音だけだった。


彼女の瞳は、膨大な数字の羅列から「澱み」を正確に見抜いていく。

アストレア王国で、無能な王太子の尻拭いを何年も続けてきた彼女にとって、この程度の計算は朝飯前だった。


「……はい、終わりましたわ。修正箇所はこちらの三十二箇所です」


「五分だと……? 馬鹿な、我々が数ヶ月かけても結論が出なかった案件だぞ!」


ヴォルフガング侯爵が半信半疑で書類を奪い取った。

しかし、その中身を見た瞬間、彼の顔から血の気が引いていく。


「これは……。物流の滞留ポイントを税率の変動で相殺するのではなく、特区指定による一括免税……。その損失分を北部の鉄鋼輸出の調整で補填するだと……?」


「ええ。そうすれば、全体での収益は現在の二割増。さらに南部の人々の不満も解消されますわ。お気の毒様に、今まで無駄な残業をなさっていたのですね」


アリミヤは、呆然とする官僚たちに向けて、小首を傾げた。


「ど、どこでこのような知識を……」


「知識ではなく、ただの整理整頓ですわ。殿下、いかがでしょうか?」


いつの間にかドアの影で見ていたレオンハルトが、低い笑い声を漏らしながら入ってきた。


「期待以上だ、アリミヤ。官僚たちがここまで手も足も出ないとはな」


「レオンハルト様。お褒めにあずかり光栄ですわ。ですが、これでは少々『退屈』です。もっと、やりがいのあるお仕事はございませんの?」


レオンハルトはアリミヤの背後に立ち、その肩に手を置いた。

官僚たちの前で見せつけるような、独占欲の強い仕草。


「ああ、いくらでもある。だが、根を詰めすぎるな。君を使い潰すつもりはない。……君には、俺の隣で笑っていてもらう時間も必要なんだ」


「まあ。それは、仕事よりも難しい要求かもしれませんわね」


アリミヤがくすくすと笑うと、レオンハルトはその指先を彼女の髪に滑らせた。


「その強気な口を塞ぐ方法も、俺は知っているが?」


「ふふ、ご冗談を。……さて、次はこの『未解決の国境紛争』に関する書類を拝見しても?」


圧倒的な有能さと、その裏にある冷徹なまでの美しさ。

帝国の官僚たちは、この日、自分たちの「真の主」が誰であるかを思い知らされることとなった。
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