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アストレア王国の王太子執務室は、かつてないほどの惨状を呈していた。
高級な絨毯の上には書類が散乱し、インクの染みがそこかしこに残っている。
かつてアリミヤが完璧に整えていたその部屋は、今や主の無能さを象徴するゴミ溜めのようだった。
「……くそっ! なぜだ! なぜ数字が合わない!?」
ジュリアンは頭を抱え、目の前の帳簿を床に叩きつけた。
アリミヤがいなくなってわずか数日。
彼を待っていたのは、彼女が「魔法」のように片付けていた、気の遠くなるような事務作業の奔流だった。
「殿下……そんなに怒らないでください。エレーナが、特製のハーブティーを淹れてきましたわ」
エレーナが甘い声を出しながら入室してくる。
しかし、その手にあるのは、茶葉の選定すら間違えた、香りのきつい安物のハーブティーだった。
「今はそれどころじゃないと言っているだろう! 借還金の返済期限まであと三日だぞ! 三億ゴールドなんて、どこにそんな金がある!」
「そんな……お姉様が意地悪をして隠しただけではありませんの? 探せばどこかに……」
「どこにもないから困っているんだ! 金庫は空だ! アリミヤが管理していた予備費は、彼女の婚約破棄と同時に公爵家に引き上げられたんだよ!」
ジュリアンが怒鳴りつけると、エレーナはびくっと肩を揺らし、涙を浮かべた。
「ひどい……殿下、私を怒鳴るなんて……。愛があれば乗り越えられるって、あんなに仰ったのに……」
「愛で三億ゴールドが払えるか! ……ちっ、もういい、下がっていろ!」
かつては愛おしかったその涙も、今は苛立ちを加速させる燃料でしかなかった。
そこへ、ノックもそこそこに宰相が転がり込んできた。
「殿下! 大変です、帝国のスパイから報告が入りました!」
「帝国……? アリミヤのことか! あいつも今頃、慣れない土地で泣き言を言っているんだろう?」
ジュリアンは、せめて彼女が不幸であってほしいという卑屈な期待を込めて聞いた。
しかし、宰相が差し出した報告書の内容は、その期待を無残に打ち砕くものだった。
「……アリミヤ様は、帝国の財務顧問に就任されました。就任初日に、数十年未解決だった南部の関税問題を五分で解決したとのことです」
「五分だと……!? 馬鹿な、そんな話があるか!」
「それだけではありません。レオンハルト皇太子は、アリミヤ様を『帝国の至宝』と呼び、彼女を侮辱する者は帝国への宣戦布告とみなすと宣言したそうです。……事実上の、婚約内定でございます」
ジュリアンの顔から、さあっと血の気が引いていった。
自分が「犯罪者」として追い出した女が、隣国では国の運命を握る重鎮として、さらには皇太子の最愛として迎えられている。
「あ、ありえない……。あんな、可愛げのない、鉄のような女を……」
「殿下、そんなことを言っている場合ではありません! 帝国は、我が国がアリミヤ様に支払うべきだった『正当な労働対価』の未払いを指摘し、その利息を含めた莫大な請求書を送ってきました!」
宰相の手がガタガタと震えている。
「もし支払えなければ、国境付近の鉱山を割譲せよと……。これは、実質的な脅迫です!」
「……なっ……」
ジュリアンは椅子から崩れ落ちた。
アリミヤがいた頃は、鉱山から取れる資源で国は潤い、帝国の脅威も彼女の外交手腕で抑えられていたのだ。
そのすべてを、彼は自らの手で投げ捨てた。
「お気の毒様に、殿下?」
ふと、頭の中でアリミヤの涼やかな声が再生された。
あの時、彼女が見せた慈悲深い微笑みの本当の意味を、ジュリアンはようやく理解し始めた。
しかし、理解した時にはもう、すべてが手遅れだった。
高級な絨毯の上には書類が散乱し、インクの染みがそこかしこに残っている。
かつてアリミヤが完璧に整えていたその部屋は、今や主の無能さを象徴するゴミ溜めのようだった。
「……くそっ! なぜだ! なぜ数字が合わない!?」
ジュリアンは頭を抱え、目の前の帳簿を床に叩きつけた。
アリミヤがいなくなってわずか数日。
彼を待っていたのは、彼女が「魔法」のように片付けていた、気の遠くなるような事務作業の奔流だった。
「殿下……そんなに怒らないでください。エレーナが、特製のハーブティーを淹れてきましたわ」
エレーナが甘い声を出しながら入室してくる。
しかし、その手にあるのは、茶葉の選定すら間違えた、香りのきつい安物のハーブティーだった。
「今はそれどころじゃないと言っているだろう! 借還金の返済期限まであと三日だぞ! 三億ゴールドなんて、どこにそんな金がある!」
「そんな……お姉様が意地悪をして隠しただけではありませんの? 探せばどこかに……」
「どこにもないから困っているんだ! 金庫は空だ! アリミヤが管理していた予備費は、彼女の婚約破棄と同時に公爵家に引き上げられたんだよ!」
ジュリアンが怒鳴りつけると、エレーナはびくっと肩を揺らし、涙を浮かべた。
「ひどい……殿下、私を怒鳴るなんて……。愛があれば乗り越えられるって、あんなに仰ったのに……」
「愛で三億ゴールドが払えるか! ……ちっ、もういい、下がっていろ!」
かつては愛おしかったその涙も、今は苛立ちを加速させる燃料でしかなかった。
そこへ、ノックもそこそこに宰相が転がり込んできた。
「殿下! 大変です、帝国のスパイから報告が入りました!」
「帝国……? アリミヤのことか! あいつも今頃、慣れない土地で泣き言を言っているんだろう?」
ジュリアンは、せめて彼女が不幸であってほしいという卑屈な期待を込めて聞いた。
しかし、宰相が差し出した報告書の内容は、その期待を無残に打ち砕くものだった。
「……アリミヤ様は、帝国の財務顧問に就任されました。就任初日に、数十年未解決だった南部の関税問題を五分で解決したとのことです」
「五分だと……!? 馬鹿な、そんな話があるか!」
「それだけではありません。レオンハルト皇太子は、アリミヤ様を『帝国の至宝』と呼び、彼女を侮辱する者は帝国への宣戦布告とみなすと宣言したそうです。……事実上の、婚約内定でございます」
ジュリアンの顔から、さあっと血の気が引いていった。
自分が「犯罪者」として追い出した女が、隣国では国の運命を握る重鎮として、さらには皇太子の最愛として迎えられている。
「あ、ありえない……。あんな、可愛げのない、鉄のような女を……」
「殿下、そんなことを言っている場合ではありません! 帝国は、我が国がアリミヤ様に支払うべきだった『正当な労働対価』の未払いを指摘し、その利息を含めた莫大な請求書を送ってきました!」
宰相の手がガタガタと震えている。
「もし支払えなければ、国境付近の鉱山を割譲せよと……。これは、実質的な脅迫です!」
「……なっ……」
ジュリアンは椅子から崩れ落ちた。
アリミヤがいた頃は、鉱山から取れる資源で国は潤い、帝国の脅威も彼女の外交手腕で抑えられていたのだ。
そのすべてを、彼は自らの手で投げ捨てた。
「お気の毒様に、殿下?」
ふと、頭の中でアリミヤの涼やかな声が再生された。
あの時、彼女が見せた慈悲深い微笑みの本当の意味を、ジュリアンはようやく理解し始めた。
しかし、理解した時にはもう、すべてが手遅れだった。
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