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ヴァルディア帝国の夜は、アストレア王国よりも深く、そして鮮やかだった。
皇宮の広間を埋め尽くすのは、帝国の繁栄を象徴するような絢爛豪華な装飾と、洗練された貴族たち。
その視線が、入り口の一点に集中する。
「……美しい。あれが、アストレアから来たという『鉄の令嬢』か?」
「冷徹な才女と聞いていたが、まるで月の女神のようではないか」
ざわめきの中を、アリミヤは静かに歩を進めた。
纏っているのは、夜空を切り取ったようなミッドナイトブルーのドレス。
その胸元には、レオンハルトから贈られた、帝室の象徴である大粒のダイヤモンドが輝いている。
「緊張しているか? アリミヤ」
隣を歩くレオンハルトが、低く心地よい声で囁いた。
彼は軍服を模した漆黒の礼装に身を包み、その圧倒的な存在感で周囲を威圧している。
「緊張、ですか? まさか。……これほどまでに整った環境で、皆様に歓迎していただけるのですもの。むしろ、心が躍っておりますわ」
アリミヤは優雅に扇を広げ、視線を投げかけてくる貴族たちに完璧な微笑みを返した。
そこへ、帝国の重鎮の一人であるカトレイア公爵夫人が近づいてきた。
彼女は厳しい審美眼を持つことで知られ、帝国の社交界の門番とも呼ばれる存在だ。
「アリミヤ様。貴女が我が国の政務で目覚ましい成果を上げていることは、既に聞き及んでおります。……ですが、この国の夜会は、数字を並べるだけの場ではございませんのよ?」
明らかな牽制。
しかし、アリミヤは動じることなく、夫人が持つ扇の刺繍に目を留めた。
「素敵な刺繍ですわね、夫人。それは帝国の北部に伝わる古い技法……失われたはずの『星屑縫い』ではございませんか? 歴史の教科書でしか拝見したことがありませんでしたが、まさか本物をこの目で見られるとは」
夫人は驚きに目を見開いた。
「……お分かりになりますの? これが、我が家に代々伝わる秘伝の技法だと」
「ええ。その緻密な糸の運び、そして見る角度によって色を変える魔導糸の配合。アストレアでは決して真似のできない、帝国の誇るべき文化遺産ですわ。……お気の毒様に。これほどの価値を理解できない者たちが、他国には大勢いらっしゃるのでしょうね」
アリミヤの言葉には、確かな知識と、相手への敬意が込められていた。
カトレイア夫人の険しい表情が、一瞬で感嘆へと変わる。
「……素晴らしい。知性だけでなく、文化への理解も深いとは。レオンハルト殿下、貴方はとんでもない宝を連れてこられたようですわね」
「当然だ。俺が惚れ込んだ女だからな」
レオンハルトは当然のように言い放つと、アリミヤの腰をグイと引き寄せた。
周囲の貴族たちから、驚きと祝福の溜息が漏れる。
「レオンハルト様、少々距離が近くありませんこと?」
「足りないくらいだ。……見てみろ、アリミヤ。この国の男たちが、皆君に、奪えるものなら奪いたいという視線を送っている」
レオンハルトの銀の瞳に、独占欲の炎が宿る。
「だが、無駄だ。君はもう、俺の国の一部であり……俺自身の体の一部も同然なんだからな」
「まあ。随分と情熱的なことですわね」
アリミヤは少しだけ頬を染め、彼の胸元にそっと寄り添った。
かつて、隣にいた男は、彼女の知性を疎み、美しさを当然のものとして踏みにじった。
しかし今、この場所では、彼女のすべてが賞賛され、愛されている。
「お気の毒様に、ジュリアン殿下。……私は今、とても幸せですわ」
シャンパングラスに映る自分の微笑みが、今までで一番輝いていることに、アリミヤは気づいていた。
皇宮の広間を埋め尽くすのは、帝国の繁栄を象徴するような絢爛豪華な装飾と、洗練された貴族たち。
その視線が、入り口の一点に集中する。
「……美しい。あれが、アストレアから来たという『鉄の令嬢』か?」
「冷徹な才女と聞いていたが、まるで月の女神のようではないか」
ざわめきの中を、アリミヤは静かに歩を進めた。
纏っているのは、夜空を切り取ったようなミッドナイトブルーのドレス。
その胸元には、レオンハルトから贈られた、帝室の象徴である大粒のダイヤモンドが輝いている。
「緊張しているか? アリミヤ」
隣を歩くレオンハルトが、低く心地よい声で囁いた。
彼は軍服を模した漆黒の礼装に身を包み、その圧倒的な存在感で周囲を威圧している。
「緊張、ですか? まさか。……これほどまでに整った環境で、皆様に歓迎していただけるのですもの。むしろ、心が躍っておりますわ」
アリミヤは優雅に扇を広げ、視線を投げかけてくる貴族たちに完璧な微笑みを返した。
そこへ、帝国の重鎮の一人であるカトレイア公爵夫人が近づいてきた。
彼女は厳しい審美眼を持つことで知られ、帝国の社交界の門番とも呼ばれる存在だ。
「アリミヤ様。貴女が我が国の政務で目覚ましい成果を上げていることは、既に聞き及んでおります。……ですが、この国の夜会は、数字を並べるだけの場ではございませんのよ?」
明らかな牽制。
しかし、アリミヤは動じることなく、夫人が持つ扇の刺繍に目を留めた。
「素敵な刺繍ですわね、夫人。それは帝国の北部に伝わる古い技法……失われたはずの『星屑縫い』ではございませんか? 歴史の教科書でしか拝見したことがありませんでしたが、まさか本物をこの目で見られるとは」
夫人は驚きに目を見開いた。
「……お分かりになりますの? これが、我が家に代々伝わる秘伝の技法だと」
「ええ。その緻密な糸の運び、そして見る角度によって色を変える魔導糸の配合。アストレアでは決して真似のできない、帝国の誇るべき文化遺産ですわ。……お気の毒様に。これほどの価値を理解できない者たちが、他国には大勢いらっしゃるのでしょうね」
アリミヤの言葉には、確かな知識と、相手への敬意が込められていた。
カトレイア夫人の険しい表情が、一瞬で感嘆へと変わる。
「……素晴らしい。知性だけでなく、文化への理解も深いとは。レオンハルト殿下、貴方はとんでもない宝を連れてこられたようですわね」
「当然だ。俺が惚れ込んだ女だからな」
レオンハルトは当然のように言い放つと、アリミヤの腰をグイと引き寄せた。
周囲の貴族たちから、驚きと祝福の溜息が漏れる。
「レオンハルト様、少々距離が近くありませんこと?」
「足りないくらいだ。……見てみろ、アリミヤ。この国の男たちが、皆君に、奪えるものなら奪いたいという視線を送っている」
レオンハルトの銀の瞳に、独占欲の炎が宿る。
「だが、無駄だ。君はもう、俺の国の一部であり……俺自身の体の一部も同然なんだからな」
「まあ。随分と情熱的なことですわね」
アリミヤは少しだけ頬を染め、彼の胸元にそっと寄り添った。
かつて、隣にいた男は、彼女の知性を疎み、美しさを当然のものとして踏みにじった。
しかし今、この場所では、彼女のすべてが賞賛され、愛されている。
「お気の毒様に、ジュリアン殿下。……私は今、とても幸せですわ」
シャンパングラスに映る自分の微笑みが、今までで一番輝いていることに、アリミヤは気づいていた。
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