​『お気の毒様に?』~断罪された悪役令嬢〜

愛野かこ

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アストレア王国の王城門の前で、ジュリアンは今か今かと待ちわびていた。


「まだか……まだ帝国からの返信は来ないのか!」


彼の背後には、同じく期待に目を輝かせたエレーナが立っている。

二人は信じて疑わなかった。

アリミヤという「都合のいい女」が、王太子の慈悲深い許しに涙を流して戻ってくることを。


そこへ、砂煙を上げて帝国の紋章が入った騎馬が到着した。

メッセンジャーは馬を降りると、仰々しく金縁の書簡を差し出す。


「……ふん、やはりな! わざわざ帝国の特急便を使うとは、アリミヤもよほど焦って戻りたがっていると見える!」


ジュリアンは勝ち誇った笑みを浮かべ、乱暴に封を切った。

中から現れたのは、アストレア王国の年間予算でも買えないような、最高級の香りが漂う便箋だ。


しかし、そこに記された言葉を目にした瞬間、ジュリアンの顔は土色に変色した。


「……な……に……?」


「殿下? お姉様、何て仰っていますの? 早く、早くお金を出させてくださいな!」


エレーナが横から紙を覗き込み、そして絶句した。


『お気の毒様に? 私の今の「正当な労働対価」は、一時間で一億ゴールドを下りませんの。殿下の愛(笑)では、一秒分も買えませんわね』


「い、一時間で一億だと……!? ふざけるな! そんな金、どこの世界に……!」


「あら……でも殿下。これ、お姉様の字に間違いありませんわ。……愛(笑)って、これ、馬鹿にされていなくて?」


エレーナの言葉が、ジュリアンのプライドを粉々に打ち砕く。

その時、城内から悲鳴のような怒号が響き渡った。


「殿下ーっ! 大変です、大変です!」


財務官が、かつらも曲がった状態で転がるように走ってきた。


「今、帝国の商工会議所から通告がありました! 我が国が帝国に対して負っていた債務の『一括返済』が要求されました! 猶予は、日没までです!」


「な、何だと……!? 三億ゴールドだけでも無理だと言っているのに、一括だと……合計でいくらになる!?」


「じ、十億ゴールドでございます……!」


ジュリアンの膝が、がくがくと震え始める。

十億。それはアストレア王国の数年分の税収に匹敵する額だ。


「払えない……そんなもの、逆立ちしても払えるわけがない……!」


「お気の毒様に、殿下。……アリミヤ様は、こうも付け加えておられましたぞ」


財務官が震える手で、もう一枚の通告書を広げた。


『もし支払いが滞るようであれば、担保として王宮の敷地、および王太子殿下の所有するすべての私財を差し押さえます。あ、エレーナ様のドレスも、古着屋に査定に出しておきましたわ』


「私のドレスが……古着屋……!? そんな、ひどすぎますわ!」


エレーナが泣き叫ぶが、ジュリアンの耳にはもう届いていなかった。


夕刻。

約束の時間が過ぎると同時に、帝国の執行官たちが王城へと足を踏み入れた。

彼らはアリミヤが作成した正確無比なリストに基づき、金目のものを次々と運び出していく。


「待て! それは私の父上の肖像画だ! それは先代から伝わる花瓶だぞ!」


「黙れ、無能な債務者め。これはすべて、アリミヤ様の知性を踏みにじった代償だ」


執行官の冷ややかな言葉が、ジュリアンの胸を刺す。

空っぽになっていく王城の玉座の間で、ジュリアンはただ呆然と立ち尽くしていた。


一方、帝国のバルコニー。

沈みゆく夕日を眺めながら、アリミヤはレオンハルトの腕の中で、優雅にカステラを口に運んでいた。


「……ふふ。今頃、あちらの国はとても風通しが良くなっているはずですわ」


「君の取り立ては、帝国の軍隊よりも容赦がないな」


レオンハルトは愛おしそうに彼女の腰を抱き寄せ、その首筋に顔を埋めた。


「当然ですわ。私は『鉄の令嬢』。……不当な赤字は、一ペニーたりとも許しませんもの」


アストレア王国の崩壊は、もはや止める者のいない坂道を転がり落ち始めていた。
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