​『お気の毒様に?』~断罪された悪役令嬢〜

愛野かこ

文字の大きさ
11 / 30

11

帝都の正門前には、かつてないほど「みすぼらしい」馬車が停まっていた。


アストレア王国の紋章は泥に汚れ、馬は疲れ果てて泡を吹いている。

そこから這い出すようにして現れたのは、高級な服こそ着ているものの、髪は乱れ、目は血走ったジュリアンだった。


「アリミヤ……! アリミヤ・リル・ナーディアに会わせろ! 私はアストレア王国の第一王子、ジュリアン・フォン・アストレアだぞ!」


門衛の兵士たちの前に立ち、ジュリアンは声を荒らげた。

しかし、帝国最精鋭の近衛兵たちは、眉一つ動かさずに槍を交差させる。


「……お引き取り願おう。当門は、正当な外交手続きを経ない者の入国を許可していない」


「外交手続きだと!? 私が直々に足を運んでやっているんだぞ! 早くその不遜な槍をどけろ! アリミヤは私の婚約者だ!」


ジュリアンの叫びに、背後から怯えたような声が重なる。


「そ、そうですわ! お姉様を呼びなさい! 妹である私が、こんなに苦労して会いに来てあげたのですから!」


馬車から顔を出したのは、エレーナだった。

かつての可憐な面影はなく、そのドレスは差し押さえを逃れた数少ない安物で、ひどく皺が寄っている。


その時、城壁の上から、涼やかな鈴の音のような声が降ってきた。


「あら。門前がずいぶんと騒がしいと思えば……。迷い犬の遠吠えかしら?」


ジュリアンが弾かれたように顔を上げると、そこには豪華な装飾が施されたバルコニーに立つ、アリミヤの姿があった。

その隣には、彼女の肩を抱き、不機嫌そうに下界を見下ろすレオンハルトが立っている。


「アリミヤ! ああ、アリミヤ! やっと会えた! さあ、今すぐその男から離れてこちらへ来い! 許してやる、すべてを水に流してやると言っているんだ!」


ジュリアンの必死な形相に、アリミヤは優雅に扇を広げて口元を隠した。


「……許す? 水に流す? 殿下、寝言は寝ている時だけにしていただけますかしら。私を犯罪者扱いし、国外へ追放したのは、他ならぬ貴方ではありませんか」


「それは……それはエレーナに唆されただけで……! そうだ、悪いのは全部この女なんだ! 私は被害者なんだよ!」


「殿下!? 何を仰るのですか!」


足元で醜い擦り付け合いを始める二人を、アリミヤは冷淡な瞳で見つめた。


「お気の毒様に。……自らの決断にすら責任を持てない方を、私は『殿下』と呼ぶつもりはございません。今の貴方は、ただの借金まみれの不審者ですわ」


「何だとっ……!」


「レオンハルト様。あまり見苦しいものを見ていると、目が腐ってしまいますわ。……もう、よろしいのではなくて?」


アリミヤが隣の男を見上げると、レオンハルトは低く獰猛な笑みを浮かべた。


「ああ。……門衛、聞こえたか? その不審者どもを即刻排除しろ。抵抗するようなら、帝国の法に従って『処理』して構わん」


「はっ!」


近衛兵たちが一斉に槍を突き出し、鋭い威圧感を放つ。


「ひっ……! や、やめて、来ないで!」


エレーナが悲鳴を上げ、ジュリアンは腰を抜かして泥の中に尻餅をついた。


「アリミヤ! 待ってくれ! 私を見捨てるのか! このままだと私は、王位を剥奪されてしまうんだぞ!」


泥まみれになりながら縋りつく元婚約者の姿に、アリミヤは一度だけ、慈悲深い微笑みを向けた。


「ええ、存じておりますわ。……それが、私の書いた『プロット』通りですもの」


アリミヤは背を向け、レオンハルトと共に城内へと消えていった。

残されたのは、帝国の冷たい石畳の上で、泥を啜りながら絶望に震える「元」王子と令嬢の姿だけだった。
感想 0

あなたにおすすめの小説

「やはり鍛えることは、大切だな」

イチイ アキラ
恋愛
「こんなブスと結婚なんていやだ!」  その日、一つのお見合いがあった。  ヤロール伯爵家の三男、ライアンと。  クラレンス辺境伯家の跡取り娘、リューゼットの。  そして互いに挨拶を交わすその場にて。  ライアンが開幕早々、ぶちかましたのであった。  けれども……――。 「そうか。私も貴様のような生っ白くてか弱そうな、女みたいな顔の屑はごめんだ。気が合うな」

上手に騙してくださらなかった伯爵様へ

しきど
恋愛
 アイルザート・ルテシオ伯爵は十七歳で家督を継いだ方だ。  文武両道、容姿端麗、人柄も良く領民の誰からも愛される方だった。そんな若き英雄の婚約者に選ばれたメリッサ・オードバーン子爵令嬢は、自身を果報者と信じて疑っていなかった。  彼が屋敷のメイドと関係を持っていると知る事になる、その時までは。  貴族に愛人がいる事など珍しくもない。そんな事は分かっているつもりだった。分かっていてそれでも、許せなかった。  メリッサにとってアイルザートは、本心から愛した人だったから。

悪女と呼ばれた王妃

アズやっこ
恋愛
私はこの国の王妃だった。悪女と呼ばれ処刑される。 処刑台へ向かうと先に処刑された私の幼馴染み、私の護衛騎士、私の従者達、胴体と頭が離れた状態で捨て置かれている。 まるで屑物のように足で蹴られぞんざいな扱いをされている。 私一人処刑すれば済む話なのに。 それでも仕方がないわね。私は心がない悪女、今までの行いの結果よね。 目の前には私の夫、この国の国王陛下が座っている。 私はただ、 貴方を愛して、貴方を護りたかっただけだったの。 貴方のこの国を、貴方の地位を、貴方の政務を…、 ただ護りたかっただけ…。 だから私は泣かない。悪女らしく最後は笑ってこの世を去るわ。  ❈ 作者独自の世界観です。  ❈ ゆるい設定です。  ❈ 処刑エンドなのでバットエンドです。

帰国した王子の受難

ユウキ
恋愛
庶子である第二王子は、立場や情勢やら諸々を鑑みて早々に隣国へと無期限遊学に出た。そうして年月が経ち、そろそろ兄(第一王子)が立太子する頃かと、感慨深く想っていた頃に突然届いた帰還命令。 取り急ぎ舞い戻った祖国で見たのは、修羅場であった。

《完結》戦利品にされた公爵令嬢

ヴァンドール
恋愛
戦いの《戦利品》として公爵邸に連れて行かれた公爵令嬢の運命は?

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

悪役令嬢にされたので婚約破棄を受け入れたら、なぜか全員困っています

かきんとう
恋愛
 王城の大広間は、いつも以上に華やいでいた。  磨き上げられた床は燭台の光を反射し、色とりどりのドレスが揺れるたびに、まるで花畑が動いているかのように見える。貴族たちの笑い声、楽団の優雅な旋律、そして、ひそやかな噂話が、空気を満たしていた。  その中心に、私は立っていた。  ――今日、この瞬間のために。 「エレノア・フォン・リーベルト嬢」  高らかに呼ばれた私の名に、ざわめきがぴたりと止む。

幼馴染以上、婚約者未満の王子と侯爵令嬢の関係

紫月 由良
恋愛
第二王子エインの婚約者は、貴族には珍しい赤茶色の髪を持つ侯爵令嬢のディアドラ。だが彼女の冷たい瞳と無口な性格が気に入らず、エインは婚約者の義兄フィオンとともに彼女を疎んじていた。そんな中、ディアドラが学院内で留学してきた男子学生たちと親しくしているという噂が広まる。注意しに行ったエインは彼女の見知らぬ一面に心を乱された。しかし婚約者の異母兄妹たちの思惑が問題を引き起こして……。 顔と頭が良く性格が悪い男の失恋ストーリー。 ※流血シーンがあります。(各話の前書きに注意書き+次話前書きにあらすじがあるので、飛ばし読み可能です)