​『お気の毒様に?』~断罪された悪役令嬢〜

愛野かこ

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帝国の西端に位置する港湾都市、ローゼリア。

かつては貿易の要所として栄えたこの街も、近年は魔導船の大型化に伴う港の浅瀬化が進み、衰退の一途を辿っていた。


「……お聞きしましたわ、クレルモン男爵。この街の収支報告、赤字が三割も拡大しているとか」


アリミヤは、潮風に吹かれながら港を見下ろすバルコニーに立っていた。

隣で額の汗を拭っているのは、街を治める中年の男爵だ。


「は、はい……。浚渫(しゅんせつ)工事には莫大な予算が必要ですし、国に支援を求めても後回しにされるばかりで……」


「予算、予算……。皆様、そればかりですわね。お金がないなら、知恵を出せばよろしいのに」


アリミヤは冷淡に告げ、手元の羊皮紙に目を落とした。

それは、彼女が到着してからのわずか数時間で、街の物流を完璧に把握して書き上げた新航路の図面だった。


「男爵。港を深くする必要はありません。……この『浅瀬』を逆手に取るのです」


「逆手に、ですか?」


「ええ。大型船が入れないのなら、沖合に『浮体式のドック』を建設し、そこから小型の魔導台車で荷を運べばよろしい。その台車の動力には、この地域特有の強い引き潮を利用しますわ。燃料代はゼロ、スピードは二倍です」


アリミヤが指し示した図面には、緻密な計算に基づいた効率的な物流網が描かれていた。

男爵は震える手でそれを受け取り、目を見開いた。


「こ、これは……。なぜ、こんな単純で画期的な方法を、誰も思いつかなかったんだ……!」


「お気の毒様に。……目の前の『欠点』を『特徴』と捉え直す余裕が、皆様にはなかったのでしょうね」


アリミヤがくすりと笑ったその時。

港の労働者たちが、彼女の姿を見つけて集まってきた。


「あの、失礼ですが……貴女様が、アストレアからいらしたというアリミヤ様ですか?」


一人の老いた船乗りが、恐る恐る声を上げた。


「ええ、左様ですわ。何か御用かしら?」


「噂で聞きました。貴女様が、俺たちの街を救うための新しい仕事を作ってくれるって……。本当ですか?」


切実な視線。アリミヤはふっと表情を和らげた。


「仕事なら、山ほど用意してありますわ。……ただし、私の下で働くのは厳しいですわよ? 無駄な動きをすれば、すぐに私からの『添削』が入りますから」


「へっ……そいつは頼もしいや!」


船乗りたちが顔を見合わせ、歓声を上げる。

かつてアストレア王国で「鉄の令嬢」と蔑まれたその冷徹さは、今や帝国の人々にとって「揺るぎない導き」へと変わっていた。


その様子を、少し離れた場所からレオンハルトが眺めていた。


「……まったく。俺が出る幕がないな」


レオンハルトが歩み寄ると、アリミヤは彼の方を向いて小首を傾げた。


「レオンハルト様。見ていらしたのですか?」


「ああ。君が国民を骨抜きにしていく様をな。……俺の妃が『女神』として崇められるのは誇らしいが、少しばかり嫉妬もする」


レオンハルトは自然な動作で彼女の腰を引き寄せ、集まった群衆の前で深く口づけをした。


「わっ……! ちょっと、レオンハルト様!」


「いいじゃないか。俺の宝だと、帝国中に知らしめる必要があるからな」


港中に響き渡る野太い歓声と、拍手の嵐。

アリミヤは顔を赤らめながらも、彼の胸にそっと身を預けた。


「お気の毒様に……。こんなにも強引な方を夫に持つなんて、私は前途多難ですわね」


「そうか? だが、君のその顔……満更でもなさそうだが」


「……うるさいですわ」


愛される喜びと、自らの知性で世界を変える昂揚感。

アリミヤは今、かつてないほどに充実した風を感じていた。
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