16 / 30
16
帝国の西端に位置する港湾都市、ローゼリア。
かつては貿易の要所として栄えたこの街も、近年は魔導船の大型化に伴う港の浅瀬化が進み、衰退の一途を辿っていた。
「……お聞きしましたわ、クレルモン男爵。この街の収支報告、赤字が三割も拡大しているとか」
アリミヤは、潮風に吹かれながら港を見下ろすバルコニーに立っていた。
隣で額の汗を拭っているのは、街を治める中年の男爵だ。
「は、はい……。浚渫(しゅんせつ)工事には莫大な予算が必要ですし、国に支援を求めても後回しにされるばかりで……」
「予算、予算……。皆様、そればかりですわね。お金がないなら、知恵を出せばよろしいのに」
アリミヤは冷淡に告げ、手元の羊皮紙に目を落とした。
それは、彼女が到着してからのわずか数時間で、街の物流を完璧に把握して書き上げた新航路の図面だった。
「男爵。港を深くする必要はありません。……この『浅瀬』を逆手に取るのです」
「逆手に、ですか?」
「ええ。大型船が入れないのなら、沖合に『浮体式のドック』を建設し、そこから小型の魔導台車で荷を運べばよろしい。その台車の動力には、この地域特有の強い引き潮を利用しますわ。燃料代はゼロ、スピードは二倍です」
アリミヤが指し示した図面には、緻密な計算に基づいた効率的な物流網が描かれていた。
男爵は震える手でそれを受け取り、目を見開いた。
「こ、これは……。なぜ、こんな単純で画期的な方法を、誰も思いつかなかったんだ……!」
「お気の毒様に。……目の前の『欠点』を『特徴』と捉え直す余裕が、皆様にはなかったのでしょうね」
アリミヤがくすりと笑ったその時。
港の労働者たちが、彼女の姿を見つけて集まってきた。
「あの、失礼ですが……貴女様が、アストレアからいらしたというアリミヤ様ですか?」
一人の老いた船乗りが、恐る恐る声を上げた。
「ええ、左様ですわ。何か御用かしら?」
「噂で聞きました。貴女様が、俺たちの街を救うための新しい仕事を作ってくれるって……。本当ですか?」
切実な視線。アリミヤはふっと表情を和らげた。
「仕事なら、山ほど用意してありますわ。……ただし、私の下で働くのは厳しいですわよ? 無駄な動きをすれば、すぐに私からの『添削』が入りますから」
「へっ……そいつは頼もしいや!」
船乗りたちが顔を見合わせ、歓声を上げる。
かつてアストレア王国で「鉄の令嬢」と蔑まれたその冷徹さは、今や帝国の人々にとって「揺るぎない導き」へと変わっていた。
その様子を、少し離れた場所からレオンハルトが眺めていた。
「……まったく。俺が出る幕がないな」
レオンハルトが歩み寄ると、アリミヤは彼の方を向いて小首を傾げた。
「レオンハルト様。見ていらしたのですか?」
「ああ。君が国民を骨抜きにしていく様をな。……俺の妃が『女神』として崇められるのは誇らしいが、少しばかり嫉妬もする」
レオンハルトは自然な動作で彼女の腰を引き寄せ、集まった群衆の前で深く口づけをした。
「わっ……! ちょっと、レオンハルト様!」
「いいじゃないか。俺の宝だと、帝国中に知らしめる必要があるからな」
港中に響き渡る野太い歓声と、拍手の嵐。
アリミヤは顔を赤らめながらも、彼の胸にそっと身を預けた。
「お気の毒様に……。こんなにも強引な方を夫に持つなんて、私は前途多難ですわね」
「そうか? だが、君のその顔……満更でもなさそうだが」
「……うるさいですわ」
愛される喜びと、自らの知性で世界を変える昂揚感。
アリミヤは今、かつてないほどに充実した風を感じていた。
かつては貿易の要所として栄えたこの街も、近年は魔導船の大型化に伴う港の浅瀬化が進み、衰退の一途を辿っていた。
「……お聞きしましたわ、クレルモン男爵。この街の収支報告、赤字が三割も拡大しているとか」
アリミヤは、潮風に吹かれながら港を見下ろすバルコニーに立っていた。
隣で額の汗を拭っているのは、街を治める中年の男爵だ。
「は、はい……。浚渫(しゅんせつ)工事には莫大な予算が必要ですし、国に支援を求めても後回しにされるばかりで……」
「予算、予算……。皆様、そればかりですわね。お金がないなら、知恵を出せばよろしいのに」
アリミヤは冷淡に告げ、手元の羊皮紙に目を落とした。
それは、彼女が到着してからのわずか数時間で、街の物流を完璧に把握して書き上げた新航路の図面だった。
「男爵。港を深くする必要はありません。……この『浅瀬』を逆手に取るのです」
「逆手に、ですか?」
「ええ。大型船が入れないのなら、沖合に『浮体式のドック』を建設し、そこから小型の魔導台車で荷を運べばよろしい。その台車の動力には、この地域特有の強い引き潮を利用しますわ。燃料代はゼロ、スピードは二倍です」
アリミヤが指し示した図面には、緻密な計算に基づいた効率的な物流網が描かれていた。
男爵は震える手でそれを受け取り、目を見開いた。
「こ、これは……。なぜ、こんな単純で画期的な方法を、誰も思いつかなかったんだ……!」
「お気の毒様に。……目の前の『欠点』を『特徴』と捉え直す余裕が、皆様にはなかったのでしょうね」
アリミヤがくすりと笑ったその時。
港の労働者たちが、彼女の姿を見つけて集まってきた。
「あの、失礼ですが……貴女様が、アストレアからいらしたというアリミヤ様ですか?」
一人の老いた船乗りが、恐る恐る声を上げた。
「ええ、左様ですわ。何か御用かしら?」
「噂で聞きました。貴女様が、俺たちの街を救うための新しい仕事を作ってくれるって……。本当ですか?」
切実な視線。アリミヤはふっと表情を和らげた。
「仕事なら、山ほど用意してありますわ。……ただし、私の下で働くのは厳しいですわよ? 無駄な動きをすれば、すぐに私からの『添削』が入りますから」
「へっ……そいつは頼もしいや!」
船乗りたちが顔を見合わせ、歓声を上げる。
かつてアストレア王国で「鉄の令嬢」と蔑まれたその冷徹さは、今や帝国の人々にとって「揺るぎない導き」へと変わっていた。
その様子を、少し離れた場所からレオンハルトが眺めていた。
「……まったく。俺が出る幕がないな」
レオンハルトが歩み寄ると、アリミヤは彼の方を向いて小首を傾げた。
「レオンハルト様。見ていらしたのですか?」
「ああ。君が国民を骨抜きにしていく様をな。……俺の妃が『女神』として崇められるのは誇らしいが、少しばかり嫉妬もする」
レオンハルトは自然な動作で彼女の腰を引き寄せ、集まった群衆の前で深く口づけをした。
「わっ……! ちょっと、レオンハルト様!」
「いいじゃないか。俺の宝だと、帝国中に知らしめる必要があるからな」
港中に響き渡る野太い歓声と、拍手の嵐。
アリミヤは顔を赤らめながらも、彼の胸にそっと身を預けた。
「お気の毒様に……。こんなにも強引な方を夫に持つなんて、私は前途多難ですわね」
「そうか? だが、君のその顔……満更でもなさそうだが」
「……うるさいですわ」
愛される喜びと、自らの知性で世界を変える昂揚感。
アリミヤは今、かつてないほどに充実した風を感じていた。
あなたにおすすめの小説
「やはり鍛えることは、大切だな」
イチイ アキラ
恋愛
「こんなブスと結婚なんていやだ!」
その日、一つのお見合いがあった。
ヤロール伯爵家の三男、ライアンと。
クラレンス辺境伯家の跡取り娘、リューゼットの。
そして互いに挨拶を交わすその場にて。
ライアンが開幕早々、ぶちかましたのであった。
けれども……――。
「そうか。私も貴様のような生っ白くてか弱そうな、女みたいな顔の屑はごめんだ。気が合うな」
上手に騙してくださらなかった伯爵様へ
しきど
恋愛
アイルザート・ルテシオ伯爵は十七歳で家督を継いだ方だ。
文武両道、容姿端麗、人柄も良く領民の誰からも愛される方だった。そんな若き英雄の婚約者に選ばれたメリッサ・オードバーン子爵令嬢は、自身を果報者と信じて疑っていなかった。
彼が屋敷のメイドと関係を持っていると知る事になる、その時までは。
貴族に愛人がいる事など珍しくもない。そんな事は分かっているつもりだった。分かっていてそれでも、許せなかった。
メリッサにとってアイルザートは、本心から愛した人だったから。
悪女と呼ばれた王妃
アズやっこ
恋愛
私はこの国の王妃だった。悪女と呼ばれ処刑される。
処刑台へ向かうと先に処刑された私の幼馴染み、私の護衛騎士、私の従者達、胴体と頭が離れた状態で捨て置かれている。
まるで屑物のように足で蹴られぞんざいな扱いをされている。
私一人処刑すれば済む話なのに。
それでも仕方がないわね。私は心がない悪女、今までの行いの結果よね。
目の前には私の夫、この国の国王陛下が座っている。
私はただ、
貴方を愛して、貴方を護りたかっただけだったの。
貴方のこの国を、貴方の地位を、貴方の政務を…、
ただ護りたかっただけ…。
だから私は泣かない。悪女らしく最後は笑ってこの世を去るわ。
❈ 作者独自の世界観です。
❈ ゆるい設定です。
❈ 処刑エンドなのでバットエンドです。
帰国した王子の受難
ユウキ
恋愛
庶子である第二王子は、立場や情勢やら諸々を鑑みて早々に隣国へと無期限遊学に出た。そうして年月が経ち、そろそろ兄(第一王子)が立太子する頃かと、感慨深く想っていた頃に突然届いた帰還命令。
取り急ぎ舞い戻った祖国で見たのは、修羅場であった。
復讐のための五つの方法
炭田おと
恋愛
皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。
それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。
グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。
72話で完結です。
悪役令嬢にされたので婚約破棄を受け入れたら、なぜか全員困っています
かきんとう
恋愛
王城の大広間は、いつも以上に華やいでいた。
磨き上げられた床は燭台の光を反射し、色とりどりのドレスが揺れるたびに、まるで花畑が動いているかのように見える。貴族たちの笑い声、楽団の優雅な旋律、そして、ひそやかな噂話が、空気を満たしていた。
その中心に、私は立っていた。
――今日、この瞬間のために。
「エレノア・フォン・リーベルト嬢」
高らかに呼ばれた私の名に、ざわめきがぴたりと止む。
幼馴染以上、婚約者未満の王子と侯爵令嬢の関係
紫月 由良
恋愛
第二王子エインの婚約者は、貴族には珍しい赤茶色の髪を持つ侯爵令嬢のディアドラ。だが彼女の冷たい瞳と無口な性格が気に入らず、エインは婚約者の義兄フィオンとともに彼女を疎んじていた。そんな中、ディアドラが学院内で留学してきた男子学生たちと親しくしているという噂が広まる。注意しに行ったエインは彼女の見知らぬ一面に心を乱された。しかし婚約者の異母兄妹たちの思惑が問題を引き起こして……。
顔と頭が良く性格が悪い男の失恋ストーリー。
※流血シーンがあります。(各話の前書きに注意書き+次話前書きにあらすじがあるので、飛ばし読み可能です)