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アストレア王国の名は、この日をもって全ての地図から抹消された。
旧王都の城門に掲げられていたアストレアの旗は下ろされ、代わりに帝国の黄金の旗が冬の風にたなびいている。
かつての王宮は、帝国の「北部分庁舎」へと作り替えられ、アリミヤが定めた合理的な規則に従って、粛々と再編が進められていた。
「……終わったのだな。本当に、何もかも」
北方の辺境、絶望さえ凍りつくような極寒の地で、ジュリアンは村の広場に張り出された『旧アストレア王国完全統合』の公示を見つめていた。
もはや彼に、かつての王子の面影はない。
頬はこけ、目は落ち窪み、唯一の誇りであった金髪も泥と煤でくすんでいる。
「殿下……帰る場所が、なくなってしまいましたわ。私、お姉様に謝ります。謝るから、ここから出してください……!」
隣で、エレーナがボロ布のようなショールを握りしめて泣き叫ぶ。
だが、その声に応える者は誰もいない。
村人たちは、彼らを「過去の遺物」として、路傍の石ころよりも無関心に通り過ぎていく。
その夜。
高熱に浮かされたジュリアンの瞳に、一つの幻影が見えた。
執務室の窓際。
月明かりを浴びながら、一心不乱にペンを動かす若き日のアリミヤだ。
『殿下、この予算案ですが、三割の削減が可能ですわ。その分を、教育と治水に回しましょう』
彼女は、一度も彼に「愛している」とは言わなかった。
けれど、彼女が削ったその「三割」の裏には、彼と国を守ろうとする、不器用で強固な誠実さが詰まっていたのだ。
「……アリミヤ……。ああ、すまなかった……っ。私は、君の愛を……知性を、踏みにじった……」
ジュリアンは震える手を空中に伸ばした。
だが、幻影のアリミヤは、彼を振り返ることはない。
彼女はただ、優雅に立ち上がり、背を向けて光の中に消えていく。
『お気の毒様に、殿下。……もう、私の視界に貴方は存在しませんの』
「待ってくれ! アリミヤ! 一人にしないでくれ……!」
ジュリアンの叫びは、冷たい隙間風にかき消された。
一方、帝国の寝宮。
アリミヤは、レオンハルトの腕の中で、ふと窓の外を見つめた。
「……どうした、アリミヤ。眠れないのか?」
「いいえ。……ただ、少しだけ『古い重荷』が消えたような気がしただけですわ。……お気の毒様に、あちらは今夜も吹雪いているようですけれど」
アリミヤは、レオンハルトの体温を確かめるように、その胸に深く顔を埋めた。
「……レオンハルト様。私、もうあの方たちの名前も、顔も、思い出せそうにありませんわ」
「それでいい。……君の記憶は、これから俺との幸せな数字だけで埋めていけばいいんだ」
アストレアの残響は、雪の下に深く、永遠に埋もれていった。
旧王都の城門に掲げられていたアストレアの旗は下ろされ、代わりに帝国の黄金の旗が冬の風にたなびいている。
かつての王宮は、帝国の「北部分庁舎」へと作り替えられ、アリミヤが定めた合理的な規則に従って、粛々と再編が進められていた。
「……終わったのだな。本当に、何もかも」
北方の辺境、絶望さえ凍りつくような極寒の地で、ジュリアンは村の広場に張り出された『旧アストレア王国完全統合』の公示を見つめていた。
もはや彼に、かつての王子の面影はない。
頬はこけ、目は落ち窪み、唯一の誇りであった金髪も泥と煤でくすんでいる。
「殿下……帰る場所が、なくなってしまいましたわ。私、お姉様に謝ります。謝るから、ここから出してください……!」
隣で、エレーナがボロ布のようなショールを握りしめて泣き叫ぶ。
だが、その声に応える者は誰もいない。
村人たちは、彼らを「過去の遺物」として、路傍の石ころよりも無関心に通り過ぎていく。
その夜。
高熱に浮かされたジュリアンの瞳に、一つの幻影が見えた。
執務室の窓際。
月明かりを浴びながら、一心不乱にペンを動かす若き日のアリミヤだ。
『殿下、この予算案ですが、三割の削減が可能ですわ。その分を、教育と治水に回しましょう』
彼女は、一度も彼に「愛している」とは言わなかった。
けれど、彼女が削ったその「三割」の裏には、彼と国を守ろうとする、不器用で強固な誠実さが詰まっていたのだ。
「……アリミヤ……。ああ、すまなかった……っ。私は、君の愛を……知性を、踏みにじった……」
ジュリアンは震える手を空中に伸ばした。
だが、幻影のアリミヤは、彼を振り返ることはない。
彼女はただ、優雅に立ち上がり、背を向けて光の中に消えていく。
『お気の毒様に、殿下。……もう、私の視界に貴方は存在しませんの』
「待ってくれ! アリミヤ! 一人にしないでくれ……!」
ジュリアンの叫びは、冷たい隙間風にかき消された。
一方、帝国の寝宮。
アリミヤは、レオンハルトの腕の中で、ふと窓の外を見つめた。
「……どうした、アリミヤ。眠れないのか?」
「いいえ。……ただ、少しだけ『古い重荷』が消えたような気がしただけですわ。……お気の毒様に、あちらは今夜も吹雪いているようですけれど」
アリミヤは、レオンハルトの体温を確かめるように、その胸に深く顔を埋めた。
「……レオンハルト様。私、もうあの方たちの名前も、顔も、思い出せそうにありませんわ」
「それでいい。……君の記憶は、これから俺との幸せな数字だけで埋めていけばいいんだ」
アストレアの残響は、雪の下に深く、永遠に埋もれていった。
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