​『お気の毒様に?』~断罪された悪役令嬢〜

愛野かこ

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戴冠式の喧騒がようやく収まり、夜の帳が降りた頃。

アリミヤは、皇宮の奥深くにあるレオンハルトの私室で、窓の外に広がる帝都の灯りを眺めていた。


重厚な皇后の正装は既に脱ぎ、薄手の絹の寝衣を纏っている。

そこへ、公務を終えたレオンハルトが静かに入ってきた。


「……お疲れ様、アリミヤ。今日から君は、名実ともにこの帝国の主だ」


レオンハルトは背後から彼女を包み込むように抱きしめた。

いつもなら「公務の延長ですわ」と不敵に笑うはずのアリミヤだったが、今夜は、その小さな肩が微かに震えている。


「……アリミヤ?」


「レオンハルト様……私、少しだけ怖くなってしまいましたの」


アリミヤは、彼の腕の中で小さく呟いた。

鉄の令嬢と呼ばれ、どんな逆境も数字と論理でねじ伏せてきた彼女が、初めて見せた「弱さ」だった。


「……お気の毒様に。あんなに大勢の人々に期待されて……もし私が、たった一つでも計算を間違えて、この国を損なわせるようなことがあったらと……そんな非合理な不安が、胸を衝くのですわ」


彼女の手が、レオンハルトの腕を強く握りしめる。

レオンハルトは、彼女を抱きしめる力を強め、その耳元に優しく囁いた。


「……間違えてもいいさ。君が間違えたら、俺がその責任を取る。君が立ち止まったら、俺が君を背負って歩く。……君はもう、一人で完璧である必要はないんだ、アリミヤ」


「レオンハルト様……」


「君の知性は帝国の宝だが、君の『心』は俺だけの宝だ。……弱音くらい、いくらでも吐けばいい。俺が全部飲み込んでやる」


アリミヤは、ゆっくりと彼の方を向き、その胸に顔を埋めた。

張り詰めていた緊張の糸が解け、彼女の瞳から一筋の涙がこぼれ落ちる。


「……ふふ。本当に、お気の毒様ですわ……。あんなに有能な『道具』だと思っていた私が、こんなにも手のかかる『女』になってしまうなんて」


「ああ、大歓迎だ。……むしろ、もっと俺を困らせてくれ」


レオンハルトは、アリミヤの顎を優しく持ち上げ、慈しむように深く唇を重ねた。


計算も、論理も、等価交換も、そこには存在しない。

ただ、互いを求める体温だけが、静かな夜を溶かしていく。


「……レオンハルト様。明日の朝、私が寝坊してしまっても……『添削』は無しにしてくださいませね?」


「ああ。……明日だけじゃない、一生な」


アリミヤの唇に、ようやくいつもの、しかし今までで最も穏やかな微笑みが戻った。

鉄の令嬢が、一人の愛される女性として、真の安らぎを得た夜だった。
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