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【10】-3

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「バカだ……」
 しかし、短時間でも熟睡したからか、頭はずいぶんスッキリしていた。スッキリしたと感じたことで、それまでぼんやりしていたのだと気づく。
 隣室からはまだ声が漏れていた。
 マナーに反するのは承知の上で、玲はドアに耳を近付けた。そっと隙間を開けて隣の部屋の音に耳を傾けた。
 周防にはここで待つと約束したが、状況による。この場にいてはいけない状況なら、そっと立ち去りたろうと考えた。
「返せないって、どういうことだよ!」
 強い男の口調が漏れてきた。そのあまりに聞き覚えのある声に、玲はぎょっとした。
(た、拓馬……?)
 間違いない。拓馬の声だ。
「それがうちの商品だってことは、あなただってく知っているはずだ」
 いつになく苛立ちを込めた声で、拓馬が周防と向かい合っている。
「よく知っている、か……。それはどうだろう」
「どうだろうって……、どういう意味だよ」
 困惑し動揺する拓馬に、周防はおかしなことを言い始めた。
「僕は、これをある人から預かっただけだ」
 本人も気づかないうちにではあるけれど、と付け足す。
 そういうのを泥棒というのではないか。ドアの隙間から声のする方向を無意識に睨む。
「そういうのを泥棒って言うんです」
 拓馬が同じことを言った。
「誤解だ。なぜなら、僕はこれをちゃんと返すつもりなんだよ」
「だったら、返してください。今すぐ」
「もちろん返すよ。でも、きみにじゃない」
「な……」
「きみがこのネックレスの持ち主だと、どうしてわかる?」
「な、何だって……?」
 拓馬が言葉に詰まった。頭の回転が速く、年齢に似合わないほどの落ち着きを身につけている拓馬にしては、とても珍しいことだ。
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