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【18】ー1

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 慎一の家に戻ると、和希が持ち込んだ食材で『すき焼き大会』をした。

 箱に入った肉に目を輝かせながら、「だけど、なんであの女の人に妬いたんだ?」と慎一が聞いた。

 なんでも何も、普通、好きな相手が異性と二人きりで会っていたら、妬くというか、心配になるというか、気になるものではないだろうか。

 和希の言い分に慎一は首を傾げた。

「和希、岩田さんから聞いてるよな」
「何を? 昔、慎一が悪かったってこと?」
「いや、そっちじゃなくて…」

 怪訝な顔をする和希に、慎一は真顔になって言った。

「俺の恋愛対象、男だけなの……」

 施設にいた頃、女性園長から性的虐待を受けて、女の人全般がダメになったと、唐突に重い話を付け足した。
 何も言えなくなった和希に「でも、それで困ることもなかったし。今も、幸せだから。全然問題ない」と言って、心底幸せそうに笑ってみせた。

 そう言えるようになるまでには、どれだけ苦しいことがあったのだろう。
 胸が痛んで白菜ばかり口に運ぶ和希に、自分は女性だけだけれど、和希はまわり全部が怖いのだからもっと大変だっただろうとまで言ってくれる。

 だから和希も、精いっぱい笑って言った。

「慎一にはさわれる。それで幸せだから、全然問題ない」

 慎一は目を見開き、少し赤くなって、霜降りの高級肉を口に運んだ。
 奮発した甲斐あって、一口食べるたびに「いい肉だなぁ」と満足そうに味わっていた。

 後片付けを済ませると、リビングのラグの上で抱き寄せられ、そっと唇を合わせた。
 
「和希……」

 耳元にもキスを落として慎一が囁く。

「もう、待ちたくないって言ったら、どうする?」

 困る? と聞かれて、そんなことを聞かれるほうがよほど困ると思った。
 赤い顔で首を振ると、そのまま手を引かれ、三階に連れていかれそうになる。和希はわずかに抵抗した。

「やっぱり、まだダメ?」
「ち、違……、あの、先にお風呂……」
「うーん……。もう待てない感じなんだけど、和希がそのほうがいいなら」
「そ、そのほうが、いい……」

 わかったと言って、一度手を離し「一緒に入る?」と笑う。
 ぶんぶんと大きく首を振ると「お先にどうぞ」と洗面所のドアを開けて和希を風呂に送り込んだ。余裕のある態度が恨めしかった。

 念入りに身体を洗いながら、噂に聞いている場所にそっと指を当ててみる。何かとても無理がある気がして、少しだけ怖くなった。

(でも……)

 慎一なら、きっと優しくしてくれる。痛いと言えば、やめてくれるはずだ。
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