10 / 118
【2】-2
しおりを挟む
「そんなの、わかるに決まってる。あれは、俺の……」
ショッピングモールの店先にあった商品を思い浮かべ、また涙が零れる。
「なんで、あんな……」
清正は辛抱強く待っていた。光が泣き止み、涙が落ちなくなるのを確かめてから、静かに口を開いた。
「誰が、いつ、盗んだのかわかるのか?」
光は頷いた。
物理的な状況を考えるほうが、品物を思い浮かべるより辛くなかった。
「うちに来た時、見たんだと思う」
「誰が?」
「淳子」
短く答えると、清正がビクッと身体を離した。
「淳子? ちょっと待て。淳子って誰だよ。家に来たって、どういうことだ?」
「チーフだよ。俺の元上司」
松井淳子。突き出した唇でフルネームを教えた。
「元上司? 淳子っていうからには、女だよな?」
「そうだよ」
去年の春まで、光はラ・ヴィアン・ローズを展開する『薔薇企画《ばらきかく》』の社員だった。松井は、デザイン部門を取り仕切るチーフデザイナーで、直属の上司だったのだ。
「いくつ?」
「知らない。あ、でも確か七つ上って言ってた気がする。三十四歳とか、そのくらい?」
「なんで呼び捨てなんだ」
「さん付けするのが嫌だからだよ」
清正が低く唸る。
「家に来たって……、部屋に入れたのか。……つまり、そういう相手なのか?」
仕事で来たのだが、まあそうだと思って頷いた。独立したばかりの光は事務所を持っていないので、自宅が仕事場を兼ねている。
清正が質問を続ける。美人なのかと、どうでもいいことを聞くので、面倒くさくなって薔薇企画のホームページをスマホに表示した。
チーフデザイナー「JUNKO」の文字と、自信たっぷりの笑顔で写った華やかな顔写真が画面に現れる。
ちなみに、デザイナー名を「JUNKO」と名乗っているので、社内でも下の名前で呼ぶように、松井本人がまわりに指示していた。
「なんだよ、これ。女優かタレントのプロフ写真みたいだな」
「宣伝用だからね」
元ミスなんとからしいし、素材は悪くないのだろう。専門のヘアメイクとカメラマンを使っているので、ふだんの数倍増しで写りがいい。
ついでに経歴のほうも、ものは言いようだと感心するくらい巧みに盛ってある。
黙って画面をスクロールしていた清正の手が止まる。
「この男は?」
「ん? どれ?」
端整な面差しに自信に満ちた表情を浮かべた男が写っていた。
「社長」
「社長?」
「うん。下に書いてあるだろ」
薔薇企画代表取締役社長、堂上由多加《どうがみゆたか》。漢字ばかりが並ぶ鬱陶しさを払拭するため、フォントの色や太さまで考えられた文字が綺麗に並んでいる。
「……こいつはどういう男だ?」
「どういうって……、社長は社長だけど?」
ショッピングモールの店先にあった商品を思い浮かべ、また涙が零れる。
「なんで、あんな……」
清正は辛抱強く待っていた。光が泣き止み、涙が落ちなくなるのを確かめてから、静かに口を開いた。
「誰が、いつ、盗んだのかわかるのか?」
光は頷いた。
物理的な状況を考えるほうが、品物を思い浮かべるより辛くなかった。
「うちに来た時、見たんだと思う」
「誰が?」
「淳子」
短く答えると、清正がビクッと身体を離した。
「淳子? ちょっと待て。淳子って誰だよ。家に来たって、どういうことだ?」
「チーフだよ。俺の元上司」
松井淳子。突き出した唇でフルネームを教えた。
「元上司? 淳子っていうからには、女だよな?」
「そうだよ」
去年の春まで、光はラ・ヴィアン・ローズを展開する『薔薇企画《ばらきかく》』の社員だった。松井は、デザイン部門を取り仕切るチーフデザイナーで、直属の上司だったのだ。
「いくつ?」
「知らない。あ、でも確か七つ上って言ってた気がする。三十四歳とか、そのくらい?」
「なんで呼び捨てなんだ」
「さん付けするのが嫌だからだよ」
清正が低く唸る。
「家に来たって……、部屋に入れたのか。……つまり、そういう相手なのか?」
仕事で来たのだが、まあそうだと思って頷いた。独立したばかりの光は事務所を持っていないので、自宅が仕事場を兼ねている。
清正が質問を続ける。美人なのかと、どうでもいいことを聞くので、面倒くさくなって薔薇企画のホームページをスマホに表示した。
チーフデザイナー「JUNKO」の文字と、自信たっぷりの笑顔で写った華やかな顔写真が画面に現れる。
ちなみに、デザイナー名を「JUNKO」と名乗っているので、社内でも下の名前で呼ぶように、松井本人がまわりに指示していた。
「なんだよ、これ。女優かタレントのプロフ写真みたいだな」
「宣伝用だからね」
元ミスなんとからしいし、素材は悪くないのだろう。専門のヘアメイクとカメラマンを使っているので、ふだんの数倍増しで写りがいい。
ついでに経歴のほうも、ものは言いようだと感心するくらい巧みに盛ってある。
黙って画面をスクロールしていた清正の手が止まる。
「この男は?」
「ん? どれ?」
端整な面差しに自信に満ちた表情を浮かべた男が写っていた。
「社長」
「社長?」
「うん。下に書いてあるだろ」
薔薇企画代表取締役社長、堂上由多加《どうがみゆたか》。漢字ばかりが並ぶ鬱陶しさを払拭するため、フォントの色や太さまで考えられた文字が綺麗に並んでいる。
「……こいつはどういう男だ?」
「どういうって……、社長は社長だけど?」
0
あなたにおすすめの小説
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
希少なΩだと隠して生きてきた薬師は、視察に来た冷徹なα騎士団長に一瞬で見抜かれ「お前は俺の番だ」と帝都に連れ去られてしまう
水凪しおん
BL
「君は、今日から俺のものだ」
辺境の村で薬師として静かに暮らす青年カイリ。彼には誰にも言えない秘密があった。それは希少なΩ(オメガ)でありながら、その性を偽りβ(ベータ)として生きていること。
ある日、村を訪れたのは『帝国の氷盾』と畏れられる冷徹な騎士団総長、リアム。彼は最上級のα(アルファ)であり、カイリが必死に隠してきたΩの資質をいとも簡単に見抜いてしまう。
「お前のその特異な力を、帝国のために使え」
強引に帝都へ連れ去られ、リアムの屋敷で“偽りの主従関係”を結ぶことになったカイリ。冷たい命令とは裏腹に、リアムが時折見せる不器用な優しさと孤独を秘めた瞳に、カイリの心は次第に揺らいでいく。
しかし、カイリの持つ特別なフェロモンは帝国の覇権を揺るがす甘美な毒。やがて二人は、宮廷を渦巻く巨大な陰謀に巻き込まれていく――。
運命の番(つがい)に抗う不遇のΩと、愛を知らない最強α騎士。
偽りの関係から始まる、甘く切ない身分差ファンタジー・ラブ!
(無自覚)妖精に転生した僕は、騎士の溺愛に気づかない。
キノア9g
BL
※主人公が傷つけられるシーンがありますので、苦手な方はご注意ください。
気がつくと、僕は見知らぬ不思議な森にいた。
木や草花どれもやけに大きく見えるし、自分の体も妙に華奢だった。
色々疑問に思いながらも、1人は寂しくて人間に会うために森をさまよい歩く。
ようやく出会えた初めての人間に思わず話しかけたものの、言葉は通じず、なぜか捕らえられてしまい、無残な目に遭うことに。
捨てられ、意識が薄れる中、僕を助けてくれたのは、優しい騎士だった。
彼の献身的な看病に心が癒される僕だけれど、彼がどんな思いで僕を守っているのかは、まだ気づかないまま。
少しずつ深まっていくこの絆が、僕にどんな運命をもたらすのか──?
騎士×妖精
異世界にやってきたら氷の宰相様が毎日お手製の弁当を持たせてくれる
七瀬京
BL
異世界に召喚された大学生ルイは、この世界を救う「巫覡」として、力を失った宝珠を癒やす役目を与えられる。
だが、異界の食べ物を受けつけない身体に苦しみ、倒れてしまう。
そんな彼を救ったのは、“氷の宰相”と呼ばれる美貌の男・ルースア。
唯一ルイが食べられるのは、彼の手で作られた料理だけ――。
優しさに触れるたび、ルイの胸に芽生える感情は“感謝”か、それとも“恋”か。
穏やかな日々の中で、ふたりの距離は静かに溶け合っていく。
――心と身体を癒やす、年の差主従ファンタジーBL。
身代わりにされた少年は、冷徹騎士に溺愛される
秋津むぎ
BL
魔力がなく、義母達に疎まれながらも必死に生きる少年アシェ。
ある日、義兄が騎士団長ヴァルドの徽章を盗んだ罪をアシェに押し付け、身代わりにされてしまう。
死を覚悟した彼の姿を見て、冷徹な騎士ヴァルドは――?
傷ついた少年と騎士の、温かい溺愛物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる