Under the Rose ~薔薇の下には秘密の恋~

花波橘果(はななみきっか)

文字の大きさ
15 / 118

【3】-4

しおりを挟む
 薔薇企画で、松井は光の教育係だった。
 仕事の進め方や社内ルールなどは全て松井から教わった。

 初めのうち、松井はずいぶん親切で、光をペットか何かのようにそばに置きたがった。けれど、少しも懐かない上に、薔薇企画の中で光が頭角を現し始めると、今度は逆に疎まれるようになった。

 納得しないと動かない光の頑固さも気に入らなかったようだ。
 諍いが増え、最後は追い出されるようにして光が会社を辞めた。

 独立してやってみろと言ったのは堂上だったが、扱いにくい光を松井がクビにしたのだと、まわりの誰もが知っていた。

 光自身はモノさえ作れれば、どこで仕事をしてもよかった。
 堂上がサポートすると言ってくれたし、薔薇企画の系列のような形で一定の仕事が回されることになっていた。
 毎日出勤しなくてよくなっただけ気が楽だと思った。

 薔薇企画以外からも仕事が受けられる。
 決して悪い条件ではなかったのである。

 そんな状況だったので、薔薇企画本社とのやり取りは続いていたし、事務所兼自宅に会社の人間が来ることもあった。
 それでも、あれだけ光を嫌っていた松井が訪ねてきたことには、さすがの光も違和感を覚えたのだ。

「盗むだけの時間はあったのかい?」
「仕事の資料を置いてっただけだけど、お茶くらい出せって言われて、コンビニに買いに行ったし」

 スマホで写真を撮れば簡単だ。図面やデザインを扱う部署で端末の持ち込みを禁止するところがあるのはそのためだ。

 しかも、ペットボトルの緑茶を出すと、松井は手も付けずに立ち去った。

「絶対、あの時だ」

 松井は光の仕事のやり方を知っている。アナログの資料なら盗んでも証明がしづらい上、光ではうまく人に説明できないだろうと考えたのだ。
 そこまで話して、実際、こんな話を人にしたところで、相手にされないような気がした。

 けれど、堂上は簡単に「なるほどね」と頷いた。建前だけでも「決めつけるのはよくない」などと、無駄なことは言わなかった。

 人のビジュアルまで売り物にする抜け目ない男でも光が堂上を信じるのは、こういう部分があるからだ。自分で対面した相手が嘘を言っているかどうかは自分で判断し、下した判断を疑わない。

「だけど、光。店に並ぶまでの間に、どこかで気付かなかったの? 例えば、本社に来た時に試作品を見るとか、そういう機会はなかったのかな?」

「……そう言えば、最近、会社に行ってない」
「なぜ?」
「仕事が、来ないからかも……」
「なんだって?」

 堂上が目を見開く。どのくらいの期間かと聞かれて、光は指を折りつつ記憶を辿った。

「最後の納品確認に行ったのが秋くらいだったから、三か月くらい行ってないかも……」
「それだけ間が空いていたら、仕事が暇で仕方なかっただろう?」
「よそからの仕事も、少しはあったし……。でも、言われてみれば、ちょっと暇だったかな?」

 仕事があるなしに関わらず、絶えずあれこれと作ったり考えたりしているので、あまり気にしていなかった。けれど、思えば春先の依頼に合わせて薔薇企画向けに用意していたデザインは、まだ一つも形になっていない。

「俺、干されてたのかな」

 堂上は額に手を当てた。

「このところ僕も忙しくて、すっかり松井くんに任せていたからねぇ……。でも、そうか。そういうことなら、わかった」

 社長の顔になった堂上は、昨シーズンの商品の動きが悪かったこと、一月の売り上げも鈍いことの原因を考えていたのだと言った。今日、村山を訪ねたのも、春からの商品の出来が気になったからだと続けた。

「でも、光に仕事を出していなかったなら、原因は間違いなくそれだろうね」

 堂上はにこりと微笑んだ。
 誰もが惑わされる人たらしの顔だ。実際は切れ者すぎて冷徹なところのある男だが、この顔からそれを知ることは難しいだろう。

「ところで、光。明日は、時間あるかな?」

 唐突に聞かれて、「いつでも暇」と答えた。何しろ干されているので、急ぎの仕事は何もない。

 朝一番に本社に来るように言われて、特に考えることなく了承した。

しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

希少なΩだと隠して生きてきた薬師は、視察に来た冷徹なα騎士団長に一瞬で見抜かれ「お前は俺の番だ」と帝都に連れ去られてしまう

水凪しおん
BL
「君は、今日から俺のものだ」 辺境の村で薬師として静かに暮らす青年カイリ。彼には誰にも言えない秘密があった。それは希少なΩ(オメガ)でありながら、その性を偽りβ(ベータ)として生きていること。 ある日、村を訪れたのは『帝国の氷盾』と畏れられる冷徹な騎士団総長、リアム。彼は最上級のα(アルファ)であり、カイリが必死に隠してきたΩの資質をいとも簡単に見抜いてしまう。 「お前のその特異な力を、帝国のために使え」 強引に帝都へ連れ去られ、リアムの屋敷で“偽りの主従関係”を結ぶことになったカイリ。冷たい命令とは裏腹に、リアムが時折見せる不器用な優しさと孤独を秘めた瞳に、カイリの心は次第に揺らいでいく。 しかし、カイリの持つ特別なフェロモンは帝国の覇権を揺るがす甘美な毒。やがて二人は、宮廷を渦巻く巨大な陰謀に巻き込まれていく――。 運命の番(つがい)に抗う不遇のΩと、愛を知らない最強α騎士。 偽りの関係から始まる、甘く切ない身分差ファンタジー・ラブ!

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

身代わりにされた少年は、冷徹騎士に溺愛される

秋津むぎ
BL
魔力がなく、義母達に疎まれながらも必死に生きる少年アシェ。 ある日、義兄が騎士団長ヴァルドの徽章を盗んだ罪をアシェに押し付け、身代わりにされてしまう。 死を覚悟した彼の姿を見て、冷徹な騎士ヴァルドは――? 傷ついた少年と騎士の、温かい溺愛物語。

溺愛の加速が尋常じゃない!?~味方作りに全振りしたら兄たちに溺愛されました~

液体猫(299)
BL
暫くの間、毎日PM23:10分に予約投稿。   【《血の繋がりは"絶対"ではない。》この言葉を胸にクリスがひたすら愛され、大好きな兄と暮らす】  アルバディア王国の第五皇子クリスは冤罪によって処刑されてしまう。  次に目を覚ましたとき、九年前へと戻っていた。    巻き戻す前の世界とは異なるけれど同じ場所で、クリスは生き残るために知恵を振り絞る。  かわいい末っ子が過保護な兄たちに可愛がられ、溺愛されていく。  やり直しもほどほどに。罪を着せた者への復讐はついで。そんな気持ちで新たな人生を謳歌する、コミカル&シリアスなハッピーエンド確定物語。  主人公は後に18歳へと成長します(*・ω・)*_ _)ペコリ ⚠️濡れ場のサブタイトルに*のマークがついてます。冒頭のみ重い展開あり。それ以降はコミカルでほのぼの✌ ⚠️本格的な塗れ場シーンは三章(18歳になって)からとなります。

(無自覚)妖精に転生した僕は、騎士の溺愛に気づかない。

キノア9g
BL
※主人公が傷つけられるシーンがありますので、苦手な方はご注意ください。 気がつくと、僕は見知らぬ不思議な森にいた。 木や草花どれもやけに大きく見えるし、自分の体も妙に華奢だった。 色々疑問に思いながらも、1人は寂しくて人間に会うために森をさまよい歩く。 ようやく出会えた初めての人間に思わず話しかけたものの、言葉は通じず、なぜか捕らえられてしまい、無残な目に遭うことに。 捨てられ、意識が薄れる中、僕を助けてくれたのは、優しい騎士だった。 彼の献身的な看病に心が癒される僕だけれど、彼がどんな思いで僕を守っているのかは、まだ気づかないまま。 少しずつ深まっていくこの絆が、僕にどんな運命をもたらすのか──? 騎士×妖精

処理中です...