闇の魔王に溺愛されています。

花波橘果(はななみきっか)

文字の大きさ
52 / 75

レンナルトの疑惑(1)

しおりを挟む
「フラーン、甘いお菓子か新しい花を買ってきてあげるわねー」
 石のアーチ越しにアマンダの声が聞こえた。顔を上げると黒々とした日陰の向こうに明るい前庭が白く光って見えた。
 フランは作業の手を止めてアーチのほうに駆けていった。表側の建物には壁をくりぬいたようなアーチがあって、中庭と前庭を結ぶ通路になっている。その通路を抜けると、アマンダが黒い馬の手綱を引いてフランを待っていた。
「お菓子とお花、どっちがいい?」
 フランは少し考えて「鶏の糞」と答えた。アマンダが少し嫌そうな顔をする。
「む、無理だったら、今度レンナルトにお願いする」
「無理じゃないわ。大丈夫よ」
 苦笑混じりに頷いて、馬の脇腹を軽く叩く。落ち着きなく前足を動かしていた馬がブルっと鼻を鳴らして大人しくなった。
「スクーガ、いい子だね」
「いい子よ」
 もう怖くないでしょ、とアマンダが笑う。フランは神妙な顔で頷いた。
 馬車に乗っている時は気にならなかったが、初めてレンナルトと一緒にうまやに行った時、フランはスクーガのあまりの大きさに足がすくんでしまった。スクーガというのはアマンダが手綱を引いている黒い馬の名前だ。背中の高さがフランの背丈よりも高い位置にある。城にはもう一頭、栗毛の馬がいて、そちらはモーナッドという名前だった。モーナッドもスクーガと同じくらい大きかった。
 どちらの馬も目を見るととても可愛いのだけれど、昔、ベッテが、馬に蹴られると死ぬことがあると言っていたし、なにしろ身体がとても大きいので、フランは最初とてもビクビクしていた。あまり厩には近づかないようにしていたのだが、最近になって少しずつ興味が湧いてきたところだ。
 それはアマンダがちょくちょくスクーガに乗ってレムナの街に行くようになったことと関係がある。アマンダは自分で馬車を駆ることができるし、直接馬に乗ることもできる。馬が好きなのだと言っていた。フランが怖がっているのを知ると、ちゃんと接していれば少しも怖いことはないと言って、こうして出かける前や後にスクーガやモーナッドに会わせてくれるようになった。
 慣れてきたら、一緒に乗せてくれると言っているけれど、それはまだ少し怖い。
 それに、レンナルトがいまだにアマンダと仲よくしすぎると嫌そうな顔をするのだ。レンナルト自身が、アマンダのことはだいぶ信用しているふうなのに、とても不思議だった。
 今もフランとアマンダが二人でいると、どこからか出てきてアマンダに向かって「早く行け」と急かし始める。はいはい、と呆れたように肩をすくめたアマンダは、乗馬靴を器用にあぶみに引っ掛けて、高い位置にある馬の背にまたがった。
「じゃあ、行ってくるわね」
「いってらっしゃい」
 アマンダが城門を抜けていくのを見送った後で、フランはようやくレンナルトに聞いてみた。
「どうしてアマンダと仲よくしちゃいけないの?」
 城門を振り向いたレンナルトが「あいつ、オメガじゃないだろ」と呟いた。
「え……?」
「オメガにしては背が高すぎるし、身体能力もずば抜けている。個人差があると言っても、ちょっと不自然じゃないか」
 だいたい、貴族の娘でオメガに生まれた場合、アマンダの年で番がいないことなど考えられないと言う。
 フランはアマンダの年を知らないし、レンナルトもよくは知らないらしかった。だが、オメガならとっくにヒートを迎えている年であることは確かだろうと続ける。
「むしろ、あいつはアルファなんじゃないかと、僕は疑ってるんだよ」




しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

悪役令息(Ω)に転生したので、破滅を避けてスローライフを目指します。だけどなぜか最強騎士団長(α)の運命の番に認定され、溺愛ルートに突入!

水凪しおん
BL
貧乏男爵家の三男リヒトには秘密があった。 それは、自分が乙女ゲームの「悪役令息」であり、現代日本から転生してきたという記憶だ。 家は没落寸前、自身の立場は断罪エンドへまっしぐら。 そんな破滅フラグを回避するため、前世の知識を活かして領地改革に奮闘するリヒトだったが、彼が生まれ持った「Ω」という性は、否応なく運命の渦へと彼を巻き込んでいく。 ある夜会で出会ったのは、氷のように冷徹で、王国最強と謳われる騎士団長のカイ。 誰もが恐れるαの彼に、なぜかリヒトは興味を持たれてしまう。 「関わってはいけない」――そう思えば思うほど、抗いがたいフェロモンと、カイの不器用な優しさがリヒトの心を揺さぶる。 これは、運命に翻弄される悪役令息が、最強騎士団長の激重な愛に包まれ、やがて国をも動かす存在へと成り上がっていく、甘くて刺激的な溺愛ラブストーリー。

追放された味見係、【神の舌】で冷徹皇帝と聖獣の胃袋を掴んで溺愛される

水凪しおん
BL
「無能」と罵られ、故郷の王宮を追放された「味見係」のリオ。 行き場を失った彼を拾ったのは、氷のような美貌を持つ隣国の冷徹皇帝アレスだった。 「聖獣に何か食わせろ」という無理難題に対し、リオが作ったのは素朴な野菜スープ。しかしその料理には、食べた者を癒やす伝説のスキル【神の舌】の力が宿っていた! 聖獣を元気にし、皇帝の凍てついた心をも溶かしていくリオ。 「君は俺の宝だ」 冷酷だと思われていた皇帝からの、不器用で真っ直ぐな溺愛。 これは、捨てられた料理人が温かいご飯で居場所を作り、最高にハッピーになる物語。

さかなのみるゆめ

ruki
BL
発情期時の事故で子供を産むことが出来なくなったオメガの佐奈はその時のアルファの相手、智明と一緒に暮らすことになった。常に優しくて穏やかな智明のことを好きになってしまった佐奈は、その時初めて智明が自分を好きではないことに気づく。佐奈の身体を傷つけてしまった責任を取るために一緒にいる智明の優しさに佐奈はいつしか苦しみを覚えていく。

希少なΩだと隠して生きてきた薬師は、視察に来た冷徹なα騎士団長に一瞬で見抜かれ「お前は俺の番だ」と帝都に連れ去られてしまう

水凪しおん
BL
「君は、今日から俺のものだ」 辺境の村で薬師として静かに暮らす青年カイリ。彼には誰にも言えない秘密があった。それは希少なΩ(オメガ)でありながら、その性を偽りβ(ベータ)として生きていること。 ある日、村を訪れたのは『帝国の氷盾』と畏れられる冷徹な騎士団総長、リアム。彼は最上級のα(アルファ)であり、カイリが必死に隠してきたΩの資質をいとも簡単に見抜いてしまう。 「お前のその特異な力を、帝国のために使え」 強引に帝都へ連れ去られ、リアムの屋敷で“偽りの主従関係”を結ぶことになったカイリ。冷たい命令とは裏腹に、リアムが時折見せる不器用な優しさと孤独を秘めた瞳に、カイリの心は次第に揺らいでいく。 しかし、カイリの持つ特別なフェロモンは帝国の覇権を揺るがす甘美な毒。やがて二人は、宮廷を渦巻く巨大な陰謀に巻き込まれていく――。 運命の番(つがい)に抗う不遇のΩと、愛を知らない最強α騎士。 偽りの関係から始まる、甘く切ない身分差ファンタジー・ラブ!

【第一部・完結】毒を飲んだマリス~冷徹なふりして溺愛したい皇帝陛下と毒親育ちの転生人質王子が恋をした~

蛮野晩
BL
マリスは前世で毒親育ちなうえに不遇の最期を迎えた。 転生したらヘデルマリア王国の第一王子だったが、祖国は帝国に侵略されてしまう。 戦火のなかで帝国の皇帝陛下ヴェルハルトに出会う。 マリスは人質として帝国に赴いたが、そこで皇帝の弟(エヴァン・八歳)の世話役をすることになった。 皇帝ヴェルハルトは噂どおりの冷徹な男でマリスは人質として不遇な扱いを受けたが、――――じつは皇帝ヴェルハルトは戦火で出会ったマリスにすでにひと目惚れしていた! しかもマリスが帝国に来てくれて内心大喜びだった! ほんとうは溺愛したいが、溺愛しすぎはかっこよくない……。苦悩する皇帝ヴェルハルト。 皇帝陛下のラブコメと人質王子のシリアスがぶつかりあう。ラブコメvsシリアスのハッピーエンドです。

【WEB版】監視が厳しすぎた嫁入り生活から解放されました~冷徹無慈悲と呼ばれた隻眼の伯爵様と呪いの首輪~【BL・オメガバース】

古森きり
BL
【書籍化決定しました!】 詳細が決まりましたら改めてお知らせにあがります! たくさんの閲覧、お気に入り、しおり、感想ありがとうございました! アルファポリス様の規約に従い発売日にURL登録に変更、こちらは引き下げ削除させていただきます。 政略結婚で嫁いだ先は、女狂いの伯爵家。 男のΩである僕には一切興味を示さず、しかし不貞をさせまいと常に監視される生活。 自分ではどうすることもできない生活に疲れ果てて諦めた時、夫の不正が暴かれて失脚した。 行く当てがなくなった僕を保護してくれたのは、元夫が口を開けば罵っていた政敵ヘルムート・カウフマン。 冷徹無慈悲と呼び声高い彼だが、共に食事を摂ってくれたりやりたいことを応援してくれたり、決して冷たいだけの人ではなさそうで――。 カクヨムに書き溜め。 小説家になろう、アルファポリス、BLoveにそのうち掲載します。

婚約者の前で奪われる!?王太子が僕の番だった夜

BL
僕は辺境伯家の嫡男レオン・グレイスフィールド。 婚約者・隣国カリスト王国の辺境伯家、リリアナの社交界デビューに付き添うため、隣国の王都に足を踏み入れた。 しかし、王家の祝賀の列に並んだその瞬間、僕の運命は思わぬ方向へ。 王族として番に敏感な王太子が、僕を一目で見抜き、容赦なく迫ってくる。 転生者で、元女子大生の僕にはまだ理解できない感覚。 リリアナの隣にいるはずなのに、僕は気づけば王太子殿下に手を握られて…… 婚約者の目の前で、運命の番に奪われる夜。 仕事の関係上、あまり創作活動ができず、1話1話が短くなっています。 2日に1話ぐらいのペースで更新できたらいいなと思っています。

処理中です...