黒獅子公爵の悩める令嬢

碧天

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36.

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 淑女の礼儀作法として、名乗られたなら華麗に名乗り返すのが常套句である。



 「ごきげんよう、ジャネス様。本日は急な招待を受けて頂いて嬉しく思います」

 (やや気後れするのは仕方がないわよね…)



 常套なのは手土産の受け渡しもそうだ。

 先程のウィラット嬢からも手土産を貰っているので、あとでサンディーノ嬢の分と合わせて卓へ並べるようにサーシャ達に指示をする。



 それにしても……



 (サーシャが登城する前に心配していたのはこういう事だったのね…)



 おそらく二人とも家から連れてきた侍女は五人と、制限人数一杯であろう。

 しかし、事前にキャセラック家の侍女が一人という情報は回っているだろうから、ウィラット嬢が今日の供とした侍女を一人にしたのはアリアンナへの配慮だとわかる。

 けれど、サンディーノ嬢は五人全員連れてきていて、敵陣への武装を緩めるつもりはないと暗に語っている。



 ジャネス・サンディーノはまず見掛けからアリアンナやエマと全然違っていて、彼女は美しい栗毛の甘茶の髪に、最先端の豪華なドレスもとてもよく似合っている。

 身なりも身振りもピカピカに輝いていて、ジャネスが流行の最先端ならアリアンナは最奥端であろう。

 新興の辺境侯とはいえ裕福なのも確かだ。



 確かに…存在が賑やかというか…

 まぁ、私が身に着けている装飾の数々だって、何百年も前のご先祖様方が持ち堪えて来たからこそ今の落ち着いたものになっているのだから仕方のないことなんでしょうけど……

 本来であれば、主催者を超えた振る舞いなどは厳禁な場でも、会話もいまいち聞き役に徹してしまうアリアンナにしたら、この圧の掛かる話術は有難いと思った方が得策なのかも……思い始めていると



 「ところで皆様」



 急に殊更ゆっくりと話題を変えたジャネスから茶会の場を揺るがす質問が出た。



 「先週の殿下とのご対面、いかがでした?」



 アリアンナは優雅に扇子を仰いでいた手を思わず止めてしまった。

 アリアンナからすれば何だ?としか思えない話題であるが、サーシャ、ミシェルからすれば満場一致で各々の胸中で叫ぶしかない。ニュアンスはそれぞれに全く違うが。



 (ほ…ほほ…目配せを飛ばすミシェルよりも目が座ったサーシャの方が怖くてよ……)



 「…いかが?とは……ジャネス様は何かありましたの?」

 「聞いてくださいまし!」



 (あ。聞いて間違い)



 食い気味に返事をされ、話題をそのまま広げてしまったことへの反省を大いにする。



 「私のところでの殿下のお寛ぎになった姿が、絵にも描けぬ美しさというか!お話をしていても博識で、落ち着てらっしゃって、無駄のない所作もさすが元王太子殿下ですわ。今度ダンスをご一緒して頂くお約束を致しましたの。殿下の腕のなかで踊れるならと、決してダンスの腕は下手ではございませんが、今から練習しておりますのよ」



 一気にまくし立てて話をしているジャネスから不思議な単語が……

 殿下の博識なお話?……ダンス??



 「で?皆様は?」



 無駄に扇子を仰ぐ回数が増えてしまっているのはバレてはいないかしら?

 そろりとエマの方を見ればきょとんとした瞳でジャネスを見ている。

 よし、仲間はいますわと思ったのも束の間。



 「……お話をしたのも沢山というわけではございませんが……今度、お城の中を案内して下さると……」



 (えっ?!そうなの?!エマ様まで?!……あ、あ~!私は落ちる面接をしたのだから仕方のないことなのね)



 大人しそうなエマからも殿下との話を聞いてしまうと自分の接見が零点であると自覚が出来る。



 「まぁ!お城の中をですか?では私も今度頼んでみようかしら。で、アリアンナ様は?」

 「私は……窓」

 「まど?」

 「いえ、おほほ。…窓からの景色を眺めてのお話でしたわ」

 「何かお約束とかは?」

 「視さ…いえ…外…いえ、お茶をまた飲もう?だったかしら?」

 「まぁ。……アリアンナ様とは何もお約束なさらなかったのですか?」

 「…え?えぇ~」



 アリアンナとの二回目の謁見が視察だったとはさすがに出回ってはいないらしい。

 それが良いか悪いかは別としても、とてもこの場では言えた話ではない。



 約束はしたのよ。確かに、致しましたわ。

 ただ……

 王立魔術学院への入学とか?制服とか?約束を致しましたわ。

 ……何なら、魔術を使っているところを見られて謝罪会見のような接見になったとか……

 砦でのデルヴォークとの事を侍女二人にも詳しくは語っていないので、ここで更に面倒なジャネスに話すことはない。



 (サーシャでなくても溜息しか出ないわね)



 ジャネスはアリアンナよりも多少の優位を確認したからか、ご機嫌なままその後も聞いてもいないデルヴォークとの話をしている。

 アリアンナは微笑みを絶やさず相槌を打ち、大人しいと思っていたエマからも別の話が出てくればそれにも合わせる。

 二回目が視察になった経緯はデルヴォークから聞いており、自分やデルヴォークが決めたわけではないがこんな時に話すことがないのも困る。

 デルヴォークに気に入られるわけにはいかないが、こうも二人の話を聞いていると自分の淑女姿を見せる前に素を晒し過ぎたと理解し気が滅入ってくる。

 穴があればとここ最近思うことだが、もう誰でもいいから埋めて貰ってもいいのかもしれない。いや、砦でのことがサーシャに知れたら漏れなく彼女が埋めるような気はする。



 「そろそろ、下がらせて頂きたく……」

 ジャネスが退出の申し出をした。

 それに合わせて、エマも「では私も」と続く。

 引き留めるわけにはいかないので快く退席を許す。

 これ以上ジャネスを留めておいても暗雲は厚くなるばかりだ。帰りたいなら好都合であろう。当たり障りのない話でつなぎ、扉まで二人を見送る。



 ミシェルが扉を閉めると室内にはいつもの三人になる。

 やっと終わったとアリアンナが肩で息をつくと、気を利かせた侍女たちは温かいお茶を入れ替えるのと、やや肌寒い室内に暖を入れるため部屋から出ていく。

 気が付けば外は薄暗くなっていた。

 今日のお茶会に点数を付けるなら、デルヴォークの話題以外は概ね最高点だろう。それだって自分では焦って話したように思えても、彼女達には気付かれるような毛皮ではない。

 ありがたいことに使用初回で母までの域にはならずとも、完璧な侯爵令嬢を纏えたと思う。



 しかし……

 自分の求めるものと令嬢の生活はなんと茨の道なのか……



 やはり王宮で令嬢生活をするより魔術師としての方が気が楽である。

 初めてとはいえ、本格的な茶会の主催者をしてみてしみじみ自分が合わないことが分かる。

 ジャネスやエマに気付かれる程の失態はしていないが、話題が色恋やデルヴォークとなると本当にお手上げというか専門外だ。

 魔術師への思いを新たにするところだが……そう思いつつも、ダンスや王城デートの約束などと聞けばデルヴォークを思い出し胸の奥がざわつく気がする。

 人にも、男性にも免疫のない自分だものデルヴォークに不慣れなのも仕方がない話だ。

 でも自分だけに見せてくれた笑顔だったのではないと寂しくなるような気がしてくるのを感じるアリアンナだった。


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