キミは真実を語らない〜自称探偵の女とおっさん警部〜

五月雨みう

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ブルーシートのその先に

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住田はタクシーの中で、小茂田から送られた、添付ファイル付きのメールを開いた。ファイルをタップすると、読込マークがグルグルと何周かした後、Googleマップだろうか、プリントスクリーンで切り取られた地図が表示された。
画面上には、手書きで赤丸が付けられ、そのすぐ横あたりに、こちらも手書きで「ここ」と書かれている。
印の近くにある荏原警察署の文字に、住田は苦笑いをこぼした。どこの管轄であるかは一目瞭然だ。

「駅前でいいですか?」
「おっけーおっけー、あ、領収書頼むわ、宛名は……佐々木で佐々木課長ってしといてくれる?」

遠慮がちに聞いてくるタクシー運転手に、ひらひらと片手を振って返事をする。
タクシーが目的地につくと、運転手に金額を言われ住田は思わずメーターを確認してしまう。

千二百二十円……

距離にすると、約二千五百弱といったところだろうか。徒歩で済みそうな金額だった。

住田は、ため息をつくと、ポケットからパンパンに膨らんだ小銭入れを取り出し、中からじゃらせんをつまむ。五百円玉と、一円玉を除いた硬貨で支払いを済ませると、運転手から領収書を受け取った。
宛名が佐々木課長になっているのを確認すると、「じゃ、どーもなー」と軽い口調でタクシーを降りた。

元々、目黒区と品川区にまたがるこの一帯は、オフィス街と言うよりも、住宅街である。
朝夜となれば通勤、帰宅で賑わいもするだろうが、今は昼間である。人通りはそこまで多くないし、この時間では、スーツ姿もほぼいなかった。

駅前のロータリーには、納品業者らしいトラックが何台か、その間にタクシーが肩身が狭そうに止まっていた。
流行の駅前開発がここにも伝播してるらしい、マンション開発現場が目の前に広がっている。工事現場を囲うパネルの存在が道を狭く見せた。
見上げれば、もう完成間近のマンションらしい。
はるか昔に何かの用で、降り立ったことがあった住田だが開発される街並みに、浦島太郎になった気分だった。

(……周りに何があるのか見えやしない)

ブブブブッ

突然右手に持っているスマホが、小刻みに震える。画面に"小茂田"という文字が浮かび上がったのを確認し、住田は慌てて通話ボタンをタップした。

「もしもし? 小茂「住田さんが今いる位置から鮫州大山線に沿って歩いて、中原通り回りで、荏原署に向かって下さい」

返事もなく小茂田が間髪入れずに用件だけを言う。(むしろ食い気味だった。)

「お前なぁー、いつも言うが勝手にGP「まだ、規制線は解かれてないと思うので、現場はすぐわかります」

プツッ

「ぅおーい!」

途中で切られ、半ば自棄で呼びかけるが、通話は既に途切れ、画面は黒い。

「ほんっと、めんどくさいのが多いなぁ……!」

スマホをポケットに仕舞い込み、小茂田に言われた通り、鮫州大山線の通りを目指す。
駅前のロータリーをドーナツ屋の方に向かって歩く、一本目の交差点にぶつかる通りが都道四二〇号……鮫洲大山線である。
あたりを見回してみれば、この辺りは住田の記憶とさほど変わりない。
さらに南東へ下って行くと中原街道交差点で、都道二号とぶつかり、左折をすれば桜田門・五反田方面となる。

「そこそこ都会だよなぁ」

二車線から片側二車線が交わる交差点を見詰め、住田がぼやく。荏原署に行く為に、桜田門方面へ背を向けて歩き始めた。

「そういや荏原署? 荏原署……荏原署か、なんか誰かいたような……」

「撮らないでくださーい。そこ、とまらないで! 車通ってますよ」

個人商店と一軒家、さらにマンションまでが混在して建っている大通りを暫く歩いていると、横道に逸れる細めの道路(狭いが一通ではない)から、ざわざわとした雰囲気があった。
覗いて見れば、警官が交通整理に立っており、背後にはブルーシートが見えた。
一方通行ではないはずの道が、人だかりと規制線で、一方通行(ほぼ通行止め)になっていた。

「小茂田すげぇじゃねぇの」

どこから情報を仕入れたかはわからないが、部下の言った通り、事件が発生していた。
手をもみ鳴らしながら住田が人だかりへと向かった。

ブルーシートが張られている。
一か所ではなく、電信柱から電信柱へと張られたブルーシートは、覆う範囲が広く、現場がいかに凄惨かを物語っている。シートからはみ出るように、五階建てのマンションが建っていた。

住田は胸ポケットから警察手帳を取り出し、黒字で「警視庁 立ち入り禁止 KEEP OUT」と書かれた規制線の前でにらみを利かせている巡査に開いて見せる。瞬時に機敏な敬礼が返ってきた。
黄色いテープを持ち上げて入ろうとすると、敬礼をしていた巡査に腕を掴まれ止められる。

「ちょ、ちょっと、待ってください!」
「え? あ、駄目?」
「駄目も何も、自分の一存で入れるわけにもいかないので! ちょっと待っててください」
「めんどくせぇ」

巡査が駆け足で規制線内に入りブルーシートの中へと消えた。時折聞こえてくる声(怒号)は、巡査が話に行った上司であろう。
よく聞こえる大きな声だった。

「あ? 本部から? 聞いてねぇよ? は?」

暫く待っていると、先ほど住田の相手をした、巡査と一人のいかつい男が住田の方に歩いてくる。住田はその間にも、ちゃっかり規制線内に立ち入っていた。
近くに来たいかつい男は、浅黒い肌のスキンヘッド、細目でたらこ唇な上に筋肉隆々とした体格の……。

住田はこの男を知っている。

「え……マルミー?」

思わず口元に手を当て、指を差す。

「お、おまっ、住田! マルミーとかいうふざけた呼び方をやめろ! 相変わらずちゃらちゃらへらへらしやがって!」
「えーやだー、マルミーじゃーん、久しぶりー」
「や・め・ろ、くねくねすんな! 俺は、丸谷幹夫マルヤミキオだ。ここの管轄は荏原署! お前の出る幕はねーよ!」
「そっかそっか、誰か荏原署知ってんのいるなーって思ってたんだよな。マルミ―だったか。ね、相変わらずなんだか四課の名残が……いてっ」

スキンヘッドにポンと置こうとした手が、丸谷に叩き落とされる。

「人の話をき・け!」

丸谷は数年前までは、住田と同じく霞が関にいた。
組織犯罪対策部第四課暴力犯特別捜査第三係の丸谷と、同じ部であるが、第五課薬物捜査第一係の住田。課内で時折顔を合わせては、憎まれ口を叩く。発端は、些末過ぎて互いに全く思い出せない。

犬猿の仲、ただの同族嫌悪(猪突猛進の気分屋で口が悪い)である。

「聞いたぞ? お前、本庁舎じゃなくてそのお隣の総合庁舎で訳わからんとこに異動だったんだろ?」

腕を組んだ丸谷が、どんと住田に肘を当てる。

「は? ちげーわ。所属は五課のまんまだわ。兼任してんだよ、班・長・を! で。マルミ―は? ここにいるってことは……」
「強行犯係だ」

ふんっと鼻を鳴らして、丸谷が答える。

「……で、見立てはどうだって?」
「……」
「話せねーよなぁ……ただな、俺も引けねーんだわ。仮とは言え本部を作ったのは、お偉いさんらしいし、仕事しねぇとかみさんに怒られるし……」
「……こい」

丸谷は踵を返すと、ブルーシートに入った。

「……っ」

住田を迎えたのは、五階建てのマンションだ。
一階は、個人が営む電気屋になっており、上には住居、店舗併設型賃貸マンションといったところだろうか。エレベーターはない。

形としては何の変哲もないマンションだが、住居に続く階段の色がおかしい。
階段の六段目くらいから五メートル程飛ぶように残る血痕の上に、足跡が残っている。
血を流しながら歩いたのであろう、その跡は電気屋の方に向かっていた。

(この出血量で歩いたのか……)

幸い一階の電気屋は、入り口がガラス戸になっていた為、店内の商品に飛ぶことはなかったが、ガラス戸に流れるような血痕が残っている。

「ほとんど終わってるが、まだ鑑識の作業が終わってないからな、立ち入るなよ。おい、林! ちょっとこっち来い」
「……はい!」

丸谷が呼びかけると片づけをしていた一人の小柄な鑑識が立ち上がった。
声を聴く限り女性の様だ。
現場の血痕は乾いているものの、踏まないように注意して歩きながら丸谷の方に向かってくる。

「ご用でしょうか? こちらの方は?」

住田の近くに来ると、その小柄さが分かる。
ヘアキャップとマスクの間には、冬なのに汗が浮かんでいた。

の住田警部補だ。こっちはうちの鑑識の林巡査長」
「……おい」

紹介され、小柄な女性が素早く敬礼をする。
丸谷に肘打ちを入れていた住田もそれに返すように、ふわっと敬礼をした。

「……総合庁舎勤務……?」
「まぁ、気にすんな。見立てが聞きたいそうなんだが……軽くでいい軽くで」
「あ、はい! ご遺体の身元は梨本ひかりさん、二十歳大学生。検査の結果待ちで、まだはっきりはしていないところもありますが、自殺ですね」

住田をまっすぐ見詰めて林が言った。

「自殺か……」
「はい。ただ、ちらりと聞いたのですが、一緒にいたご友人と、通行人の方が、咽頭部を切って大量の出血があったにもかかわらず、笑いながら歩いているのを見たと証言されているので、今、血液を薬物検査に回しています。簡易検査では陰性だったので……」
「ヤク……」

出血しながら笑いながら歩く。

その状態を聞いて、住田はふと昼に訪問した、神山浩司を思い出した。

(確か、神山もコードで首を絞めながら……)

「あと、もう一つ気になる事が……」
「その、一緒に居たご友人というのは、今どこに?」
「あ、状態が安定していないので、荏原署で保護しています」
「OK。マルミ―もサンキューなー。荏原署に行ってくるわー、あ、検査結果出たら教えてくれー」
「お前が行っても会えないぞ!」
「……まぁ、とりあえず? じゃ」

軽く右手をあげ、住田はブルーシートを捲り去っていった。

「なんだか、不思議な人でしたね」
「いい加減な奴っていうんだ、あれは、それよりなんか言いかけてなかったか?」
「あ、個人的に気になったことがあって、自殺する方がイヤホン着けるかな? と」
「イヤホン?」
「はい、ブルートゥースの耳にはめるやつです」

残された現場でそんな会話があったことを住田は知らない。
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