Wild Frontier

beck

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第二章

ダンケルド

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 馬車に戻った俺たちは、不憫ふびんな二人の少女について話をしていた。

「いくら契約だからと言っても、やっぱり彼女達が可哀そうです。せめて北の農地の人々のような環境で働ければ……」

 北部の農園主は好人物らしいので、そこでならもっと良い生活が送れただろう。
 そこで雇ってはくれないのだろうか?

「急に馬車を離れたりしてすまん」
「いやいいんです。私も昔はこういった状況を見ながら可哀そうに思う事もあったはずなんですがね。自分がそうならないよう仕事するので必死で……」

 この世界は過酷だ。
 中世の地球がそうであったように、誰しもが日々を生き抜くだけで精一杯なのだ。

「ベンさん、この西側周辺の所有者ってどなたかご存じですか?」
「まだ所有者が変わっていないなら、カルロさんという方の土地のはずですね。ダンケルドで大きな農場の経営を始めた、最初の人なんです」
「どんな方なのですか?」
「農場を始めた頃のカルロさんはとても真面目で、従業員たちと一緒に自らも農作業するような人だったんですよ。私も駆け出しの事は何度かお世話になりました」

 それは全く想像出来なかった。
 話は聞いてみるものだ。

「それがなぜこんな状況に?」
「どうも数年前から農場経営を人に任せてしまったようで、本人は隠居状態らしいのです。その頃から少しずつ悪い評判が立つように……」
「隠居したとは言え、評判が悪い状況をなんとも思わないのですかね」
「その辺の詳しい話は、町の人間じゃないとわからないですねぇ」

 そう話しながらベンは日の傾き方を確認し、少し焦っているようだった。

「話の途中で申し訳ないのですが、少し急いだほうがいいようです。もし夕方までに検問が終わらないと、最悪今日も町の外で野宿かも知れません。」

「えっ!なんですって!?」

 ベンの話を聞き、ベァナは一気に現実へと戻された。

「私は急いでませんし、馬車の係留費用もかからないので野宿で構わないのですが」
「野宿はダメです! あのおいしいチーズも手に入れたいですし、そろそろちゃんとしたベッドで眠りたいです……」
「確かに慣れないと薄く敷いた藁の上じゃぐっすり眠れないですよね。西側の門はトレバーへ繋がる道なのできっと空いていると思うのですが」

 トレバーは渇水に見舞われたオリーブの産地だ。
 町を脱出している人も居るようなので、行商人の数が少ないのだろう。
 そうこうやり取りをしているうちに……

 西の門が見えた。

 馬車は……幸いな事に一台しか並んでいない。

「よかったー! これでオリーブオイル漬けチーズが買える!!」

 ベァナは多分、チーズの瓶をくれた商人さんの言葉を全部覚えていないらしい。
 言うと怒るか悲しむかのどちらかなので声に出さなかったが、その行商人ははっきりとこう言っていたのだ。

『オリーブオイル不足なので、在庫があるかわからない』と。

 検問はベンが書類を書いている間に荷物チェックをし、すぐに終わった。
 町に入って最初の行先は、ベァナの要望でアーネストさんという方の経営する食料品店だ。ゴブリン素材の換金はまだだが、当面の生活資金は村長から渡されていたようなので準備は万端ばんたんらしい。



    ◆  ◇  ◇



 今まで聞いて来た情報から、既に答えは出ていたようなものだった。

 植物油が不足している現状。
 その原因がオリーブ生産地の問題である事実。
 それらの情報は村や馬車内、関所で繰り返し聞いてきたはずだった。

 それに良く考えてみれば、そもそもオリーブが収穫出来るのは秋以降である。
 つまり今は……収穫時期の直前だ。

 女性店員の口から非情な一言が放たれた。



「すみません。昨日、全て売り切れてしまいました」

「……」



 未だかつて見た事のない程、絶望的な表情のベァナ。
 まるでこの世の終わりを告げられたかのようだ。

 これはまずい。
 何がまずいって、この後の俺の立場がまずい。
 そしてその気まずい空気を察したのか。

「ちょっと馬車の係留場所に行ってきます」

 ベンは俺に場所だけを伝え、そのままどこかに行ってしまった。
 さては…………



 逃げたな!?



 さすが商人だけあって場の空気を読むのはお手の物だ。
 しかしどうせ読むんだったら、俺の気持ちを読んで欲しかった……
 とにかくこの状況をなんとかしないと!

「あの! 他に似たような品とか無いですか!?」
「そうですねぇ……うちはチーズに関しては自家製なので準備出来るのですが、何しろオリーブが入荷して来ないですからね……」
「自家製って事は、酪農をされているのですか?」

 その質問には店の奥から出て来た男性が答えてくれた。

「そうなんだよ。うちは牛とか羊なんかも育てて、搾乳や精肉なんかもやっているんだが……おや、あんたここらじゃ見ない顔だね」

 この見た目だと、どうしてもこういう展開になってしまうようだ。

「ええ。元々メルドランで行商人の護衛なんかをやっていたのですが、ちょっとあまり良くない情勢で。それでトーラシア行きの行商人さんとこの町に来ました」
「なるほど、メルドランに騒動が起きているって噂は本当だったんだな。それでうちのダンケルド名物を買いに来たと?」
「そうなんです。連れの女性がこちらのオイル漬けチーズをいたく気に入りまして。町に到着し次第、すぐこちらに来たのですが……」

 そう言って俺はベァナに目をやった。
 傍目はためはお店の商品を眺めているように見える。

 しかし実際の所、彼女には多分何も見えてはいない。

「ああ……それは本当に悪かった。あれは女の子に特に人気があったからねぇ。でもオリーブが手に入らなくなったせいで、うちも看板商品が無くて困ってるんだ」

 この話しぶりからすると、彼がここの主なのだろうか。

「そう言えばこちらの店はアーネストさんのお店とお聞きしたのですが」
「そうだよ。俺がここの店主のアーネストだ。まぁ立ち話もなんだし、そっちの客席に掛けてくれ。うちには他にもうまいもん揃ってるぜ!」

 言われて見てみると、ちょっとした飲食スペースがあった。
 軽食喫茶を兼ねた食料品店のようなものなのだろう。
 ウッドデッキのような、落ち着いた雰囲気のある場所だ。
 この世界の他の店に比べると、店づくりにも店主のこだわりが感じられた。

「まぁさすがに全部タダとはいかないが、折角遠くから来てくれたんだ。少しはサービスするぞ!」
「ありがとうございます。それではお言葉に甘えまして」

 俺はまだ元気のないベァナを連れ、促されるまま席に着いた。



    ◇  ◆  ◇



「サックサクのトロットロでおいしいっ!!」


 俺の不安は一発で解消した。
 店主が出してくれたチーズフライをベァナが気に入ったのだ。
 しかも試食扱いという事で無料で提供してくれた。
 気前のいい主人だ。

「いやー、それだけ喜んでくれると苦労して作った甲斐があるってもんさ!」

 ベァナのお陰で店主への印象も良好なようだ。
 俺にはこういったリアクションはまず取れないので、心底称賛に値する。
 食レポとかさせたら絵面えづら的にもキャラ的にも人気が出そうだ。

 出されたチーズフライはいわゆるパン粉を使ったフライ料理だった。
 ただ日本のパン粉よりも粒が細かく、発祥の地であるヨーロッパのものに近い。

「うちでは色々な種類のチーズを作ってるんだが、発酵させる時の管理が大変でね。慣れた職人がやらないとチーズをダメにしちまうんだよ」
「もしかして湿度の管理ですか?」
「兄ちゃん、良くわかったな! 見た目と違って、実は農家だったりするのか!?」
「いえ、先程もお話した通り護衛等で生計を立てている剣士です。ちょっと知り合いにチーズを作っていた者がいて、話を聞いたことがあるのです」

 実際には本やウェブサイトで見ただけだ。
 発酵食品はその特性から食料の長期保存には欠かせない食品である。未開地の開拓を腰を据えて行おうとするなら、絶対に必要となってくる知識だ

 チーズの場合は高湿度の熟成が基本だが、単に湿度を上げれば良いわけでは無い。種類や熟成時期によっては湿度を一定に保たなければならない時期がある。
 つまりは生成に関わる菌達の生活環境を整える必要がある、という事だ。

「それなら話が早いな。要は適切な温度と湿度を見極めるのが難しくて、職人の育成が大変なんだ。温度はまだ体感でなんとかわかるが、湿度がなぁ……」

 湿度か。
 湿度を測るにはいくつか方法がある。
 アナログ的に作るとなると……バイメタルを使うか、または乾湿計か。
 或いは……

「細かい数値までは出せませんが……湿度を見た目でわかるようには出来ると思います」
「兄ちゃん、それは本当か!?」
「はい。ちょっと今日は町に来たばかりで宿も決まっていないので、明日またこちらにお伺いするという事でよろしいですか?」
「そりゃこちらとしては願ったり叶ったりだ! ただ出来れば午前のほうが有難いのだが……」

 どうやら仕事の都合で、午後は時間が空かないらしい。
 しかしそこはベァナの機嫌を戻してくれた恩人だ。
 俺は昼までにはこの店に来ると約束をした。

 そして当のベァナはというと……
 店主のアーネストにおすすめを聞きながら、何種類かのチーズを買い込もうとしているようだ。

「チーズは保存出来るので、多めに買っても平気です!」

 いや……確かに普通の食品よりは長持ちするが。

 ナチュラルチーズは菌が生きているため発酵が止まらず、その時期によって風味が変わっていく食べ物だ。
 まぁそういった事も含めてチーズの魅力でもあるのだが。


「売り切れたら困るので!」


 結局、買えなかったショックをまだ引きずっていたらしい。


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