57 / 75
異世界の環境改革
魔術師の変化
しおりを挟む
「エミリ殿にはいつも驚かされる……」
「理論派だと思ってましたけど、けっこう武力的ですよね」
エネルとピリカが、騎士たちから魔石を回収し始めるのを見届けると、エミリはエルヴィンたちと共に領主館の扉を潜った。
「それって……私も魔族たちの“脳筋”仲間入りってことですか?」
ため息まじりに呟きながらも、内心では少しだけ図星を突かれた気がした。
最近は魔族と過ごす時間の方が長い。エネルなんて一日中一緒だ。気づけば、話し合うより先に行動が板についてきている。
――たしかに、武力的解決の方が手っ取り早い。
でも、それを認めるのはなんだか悔しくて、エミリは現実から目をそらした。
「……人は環境で変わるものです。それを“進化”と言うのよね」
(そう、たぶん……いい意味での、ね)
軽く自分に言い訳をしているうちに、ふと目に入った光景にエミリは思わず立ち止まった。
領主館の執務室。
そこには、軟禁されていたとは到底思えないほど、優雅に紅茶を嗜む男がいた。
湯気の立つカップに端正な鼻を寄せ、香りを確かめるようにゆるりと目を細める。
その仕草はまるで、貴族のサロンの一幕を切り取ったようだ。
そしてその佇まいは、隣に立つ第二王子エルヴィンよりも、よほど“王族”の風格を漂わせていた。
「……なんですか、この落差」
思わず小声で漏らすエミリ。
記憶を手繰れば、最後に会ったディランは、『人間側につくのは義務だ』『後悔するぞ』と、眉間に皺を寄せて説教じみた言葉ばかりを並べていたような気がする。
そのくせ、今の彼はといえば、
騎士たちを黙らせ、そして迷いもなく魔族側の理を口にする。
その変わりようは、まるで別人だ。
「……別人? いや、双子の兄弟と入れ替わってたりしませんよね……?」
呆然と呟くエミリの横で、エルヴィンが苦笑を漏らす。
「残念ながら本人だよ。……この町で何かを見て、考えを変えたらしい」
エミリは言葉を失ったまま、紅茶を嗜むディランを凝視し、眉をひそめる。
「考えを……?」
ディランは手元のティーカップをそっと置いた。小さく響く陶器の音が、やけに澄んでいた。
「この領主館で何人もの魔族と会う機会があった。戦場でしか知らなかった彼らとは違った。怒りも、悲しみも、笑いも……人間と変わらない。」
その声は淡々としていたが、不思議とよく通る。焔のような激情ではなく、雪解けのような静けさがあった。
「私は恐れていたんだ。違うものを理解しようとする前に、排除しようとしていた。それが正義だと、信じていた。……だが、違った。」
エミリは息を詰める。
彼の目は澄んでいる—けれど、その奥には深い疲労の色があった。
「自分がどれだけ狭い世界にいたのかを思い知った」
短い沈黙。
ディランはわずかに笑った。
「皮肉な話だろう? 人のために魔族を滅ぼすと誓った私が、今ではその魔族たちと過ごす方が息をしやすいんだ」
エミリは何も言えなかった。
あれほど頑なだった彼が、いまは穏やかに、まるで吹き抜ける風のように語っている。
その姿を見つめているうちに、エミリの胸に小さな記憶がよみがえった。自分も、かつて同じように考えを改めたことがあった。
海外に留学して、初めて「外の世界」に触れたあの日。それまで当たり前だと思っていた考え方が、いかに狭く、偏っていたかを痛感した。
人に教えられても、説得されても、心はなかなか動かない。
けれど自分の目で見て、耳で聞いて、肌で感じることによってやっと理解できることがある。
ディランもきっと、そうして気づいたのだ。
誰かに言われてではなく、自分の目で見て、自分の心で理解して。
エミリは小さく息を吐き、ほんの少し口元をゆるめた。
(……なんだか、ちょっと親近感が湧いてきたかも)
「理論派だと思ってましたけど、けっこう武力的ですよね」
エネルとピリカが、騎士たちから魔石を回収し始めるのを見届けると、エミリはエルヴィンたちと共に領主館の扉を潜った。
「それって……私も魔族たちの“脳筋”仲間入りってことですか?」
ため息まじりに呟きながらも、内心では少しだけ図星を突かれた気がした。
最近は魔族と過ごす時間の方が長い。エネルなんて一日中一緒だ。気づけば、話し合うより先に行動が板についてきている。
――たしかに、武力的解決の方が手っ取り早い。
でも、それを認めるのはなんだか悔しくて、エミリは現実から目をそらした。
「……人は環境で変わるものです。それを“進化”と言うのよね」
(そう、たぶん……いい意味での、ね)
軽く自分に言い訳をしているうちに、ふと目に入った光景にエミリは思わず立ち止まった。
領主館の執務室。
そこには、軟禁されていたとは到底思えないほど、優雅に紅茶を嗜む男がいた。
湯気の立つカップに端正な鼻を寄せ、香りを確かめるようにゆるりと目を細める。
その仕草はまるで、貴族のサロンの一幕を切り取ったようだ。
そしてその佇まいは、隣に立つ第二王子エルヴィンよりも、よほど“王族”の風格を漂わせていた。
「……なんですか、この落差」
思わず小声で漏らすエミリ。
記憶を手繰れば、最後に会ったディランは、『人間側につくのは義務だ』『後悔するぞ』と、眉間に皺を寄せて説教じみた言葉ばかりを並べていたような気がする。
そのくせ、今の彼はといえば、
騎士たちを黙らせ、そして迷いもなく魔族側の理を口にする。
その変わりようは、まるで別人だ。
「……別人? いや、双子の兄弟と入れ替わってたりしませんよね……?」
呆然と呟くエミリの横で、エルヴィンが苦笑を漏らす。
「残念ながら本人だよ。……この町で何かを見て、考えを変えたらしい」
エミリは言葉を失ったまま、紅茶を嗜むディランを凝視し、眉をひそめる。
「考えを……?」
ディランは手元のティーカップをそっと置いた。小さく響く陶器の音が、やけに澄んでいた。
「この領主館で何人もの魔族と会う機会があった。戦場でしか知らなかった彼らとは違った。怒りも、悲しみも、笑いも……人間と変わらない。」
その声は淡々としていたが、不思議とよく通る。焔のような激情ではなく、雪解けのような静けさがあった。
「私は恐れていたんだ。違うものを理解しようとする前に、排除しようとしていた。それが正義だと、信じていた。……だが、違った。」
エミリは息を詰める。
彼の目は澄んでいる—けれど、その奥には深い疲労の色があった。
「自分がどれだけ狭い世界にいたのかを思い知った」
短い沈黙。
ディランはわずかに笑った。
「皮肉な話だろう? 人のために魔族を滅ぼすと誓った私が、今ではその魔族たちと過ごす方が息をしやすいんだ」
エミリは何も言えなかった。
あれほど頑なだった彼が、いまは穏やかに、まるで吹き抜ける風のように語っている。
その姿を見つめているうちに、エミリの胸に小さな記憶がよみがえった。自分も、かつて同じように考えを改めたことがあった。
海外に留学して、初めて「外の世界」に触れたあの日。それまで当たり前だと思っていた考え方が、いかに狭く、偏っていたかを痛感した。
人に教えられても、説得されても、心はなかなか動かない。
けれど自分の目で見て、耳で聞いて、肌で感じることによってやっと理解できることがある。
ディランもきっと、そうして気づいたのだ。
誰かに言われてではなく、自分の目で見て、自分の心で理解して。
エミリは小さく息を吐き、ほんの少し口元をゆるめた。
(……なんだか、ちょっと親近感が湧いてきたかも)
0
あなたにおすすめの小説
生贄公爵と蛇の王
荒瀬ヤヒロ
ファンタジー
妹に婚約者を奪われ、歳の離れた女好きに嫁がされそうになったことに反発し家を捨てたレイチェル。彼女が向かったのは「蛇に呪われた公爵」が住む離宮だった。
「お願いします、私と結婚してください!」
「はあ?」
幼い頃に蛇に呪われたと言われ「生贄公爵」と呼ばれて人目に触れないように離宮で暮らしていた青年ヴェンディグ。
そこへ飛び込んできた侯爵令嬢にいきなり求婚され、成り行きで婚約することに。
しかし、「蛇に呪われた生贄公爵」には、誰も知らない秘密があった。
薄幸ヒロインが倍返しの指輪を手に入れました
佐崎咲
ファンタジー
義母と義妹に虐げられてきた伯爵家の長女スフィーナ。
ある日、亡くなった実母の遺品である指輪を見つけた。
それからというもの、義母にお茶をぶちまけられたら、今度は倍量のスープが義母に浴びせられる。
義妹に食事をとられると、義妹は強い空腹を感じ食べても満足できなくなる、というような倍返しが起きた。
指輪が入れられていた木箱には、実母が書いた紙きれが共に入っていた。
どうやら母は異世界から転移してきたものらしい。
異世界でも強く生きていけるようにと、女神の加護が宿った指輪を賜ったというのだ。
かくしてスフィーナは義母と義妹に意図せず倍返ししつつ、やがて母の死の真相と、父の長い間をかけた企みを知っていく。
(※黒幕については推理的な要素はありませんと小声で言っておきます)
魔晶石ハンター ~ 転生チート少女の数奇な職業活動の軌跡
サクラ近衛将監
ファンタジー
女神様のミスで事故死したOLの大滝留美は、地球世界での転生が難しいために、神々の伝手により異世界アスレオールに転生し、シルヴィ・デルトンとして生を受けるが、前世の記憶は11歳の成人の儀まで封印され、その儀式の最中に前世の記憶ととともに職業を神から告げられた。
シルヴィの与えられた職業は魔晶石採掘師と魔晶石加工師の二つだったが、シルヴィはその職業を知らなかった。
シルヴィの将来や如何に?
毎週木曜日午後10時に投稿予定です。
【本編完結】転生隠者の転生記録———怠惰?冒険?魔法?全ては、その心の赴くままに……
ひらえす
ファンタジー
後にリッカと名乗る者は、それなりに生きて、たぶん一度死んだ。そして、その人生の苦難の8割程度が、神の不手際による物だと告げられる。
そんな前世の反動なのか、本人的には怠惰でマイペースな異世界ライフを満喫するはず……が、しかし。自分に素直になって暮らしていこうとする主人公のズレっぷり故に引き起こされたり掘り起こされたり巻き込まれていったり、時には外から眺めてみたり…の物語になりつつあります。
※小説家になろう様、アルファポリス様、カクヨム様でほぼ同時投稿しています。
※残酷描写は保険です。
※誤字脱字多いと思います。教えてくださると助かります。
モブで可哀相? いえ、幸せです!
みけの
ファンタジー
私のお姉さんは“恋愛ゲームのヒロイン”で、私はゲームの中で“モブ”だそうだ。
“あんたはモブで可哀相”。
お姉さんはそう、思ってくれているけど……私、可哀相なの?
転生『悪役』公爵令嬢はやり直し人生で楽隠居を目指す
RINFAM
ファンタジー
なんの罰ゲームだ、これ!!!!
あああああ!!!
本当ならあと数年で年金ライフが送れたはずなのに!!
そのために国民年金の他に利率のいい個人年金も掛け、さらに少ない給料の中からちまちまと老後の生活費を貯めてきたと言うのに!!!!
一銭も貰えないまま人生終わるだなんて、あんまりです神様仏様あああ!!
かくなる上はこのやり直し転生人生で、前世以上に楽して暮らせる隠居生活を手に入れなければ。
年金受給前に死んでしまった『心は常に18歳』な享年62歳の初老女『成瀬裕子』はある日突然死しファンタジー世界で公爵令嬢に転生!!しかし、数年後に待っていた年金生活を夢見ていた彼女は、やり直し人生で再び若いままでの楽隠居生活を目指すことに。
4コマ漫画版もあります。
【長編・完結】私、12歳で死んだ。赤ちゃん還り?水魔法で救済じゃなくて、給水しますよー。
BBやっこ
ファンタジー
死因の毒殺は、意外とは言い切れない。だって貴族の後継者扱いだったから。けど、私はこの家の子ではないかもしれない。そこをつけいられて、親族と名乗る人達に好き勝手されていた。
辺境の地で魔物からの脅威に領地を守りながら、過ごした12年間。その生が終わった筈だったけど…雨。その日に辺境伯が連れて来た赤ん坊。「セリュートとでも名付けておけ」暫定後継者になった瞬間にいた、私は赤ちゃん??
私が、もう一度自分の人生を歩み始める物語。給水係と呼ばれる水魔法でお悩み解決?
生まれ変わりも楽じゃない ~生まれ変わっても私はわたし~
こひな
恋愛
市川みのり 31歳。
成り行きで、なぜかバリバリのキャリアウーマンをやっていた私。
彼氏なし・趣味は食べることと読書という仕事以外は引きこもり気味な私が、とばっちりで異世界転生。
貴族令嬢となり、四苦八苦しつつ異世界を生き抜くお話です。
※いつも読んで頂きありがとうございます。誤字脱字のご指摘ありがとうございます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる