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【最終章】異世界改革
怪物
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ゾンビ化してしまった者たちの数は増え続け、もはや隠し通路へ戻ることはできなくなっていた。
エミリは、まだ思うようには歩けない皇太子ミルコを物陰に隠すと、エネルとともに再び赤黒い霧の立ちこめる城内へと戻る。
「もう城の外には戻れないわね……エルヴィンが早く到着して、魔法封じを解除してくれるのを願うしかない」
そう呟きながら、エミリはシャンデリアを伝って移動するエネルの背中にしがみつき、
ミルコから教えられた王の間を目指し、二人は慎重に進んでいった。
もし、王がすでに怪物と化していたら。
そこで戦闘になった場合、魔法の使えないエネルがどうなるのか、考えるだけで背筋が冷える。
「……ここだけ、異様に霧が濃いな」
王の間とされる部屋に近づくにつれ、赤黒い霧はさらに濃さを増し、天井付近まで満ちていた。
これでは、上からの移動すら難しい。
「……もしかしたら、ここに大魔石があるのかも」
奥のほうを見ると、扉の隙間から一際明るい光が瞬いている。きっと、そこに大魔石が保管されているのだろう。
エミリはどう行動すべきか考えあぐねていた。
そのとき、突如として地響きが響き渡り、獣のような唸り声が耳に届いた。
その唸りは腹の底にまでひびき、エミリたちの鼓膜を震わせる。
「しっかりつかまってろ!」
地響きの衝撃で、エネルが掴んでいたシャンデリアが左右に激しく揺れ、勢いよく払い落とされる。
落下する中、下を見下ろすと、霧はさらに濃く立ち込め、視界のほとんどが真っ赤に染まっていた。
その霧の中から、巨大な人影がゆっくりと浮かび上がった。
王だ。赤黒い霧に包まれ、目は異様な光を帯び、全身から凄まじい圧力が放たれている。
エミリの心臓は激しく跳ね、息が詰まる。
目の前にいるのはもはや、人間とは呼べない姿だった。筋肉は異様に肥大し、牙が生えた口からはよだれが垂れ、目には理性のかけらもない。
「……こ、これは……」
エネルの声も緊張で硬くこもる。
怪物と化した王は、二人を認めるや否や、手を伸ばし、エネルの足をがっしりと掴み上げた。
エネルの背から払い落とされたエミリは、咄嗟に腕で頭を抱えながら後方へ転がった。床近くに漂う赤黒い霧が鼻を刺激する。
「エネル——!」
振り回されるエネルは、何度も地面に叩きつけられ、体には深い傷が増えていく。
額には汗が滲み、息は荒く、片目は腫れ上がっていた。それでも歯を食いしばり、戦い続ける。
梁やシャンデリアを使って逃げ回るものの、逃げ場は限られ、赤黒い霧を吸い込んだ影響か、動きにも次第に鈍さが出始めていた。
「くそっ……!」
王の一撃一撃はあまりにも重く、魔力を封じられた状態では、エネルの攻撃はほとんど通らない。
全力で跳躍し、梁を伝って頭上に回り込もうとするが、王はそれを察し、腕を振り上げてエネルを床へと叩き落とす。
その隙に、王はうずくまるエミリへと向き直り、ゆっくりと歩み寄る。赤黒い霧が足元から立ち上り、生き物のようにエミリを絡め取ろうとする。
「エミリ……させるか!」
エネルは血に濡れた体を引きずるように立ち上がり、再び王に飛びかかった。
拳と蹴りが交錯し、梁を使った空中戦が続くが、王の怪力は圧倒的だ。エネルは何度も床に叩き伏せられ、それでもなお、立ち上がる。
だが王は完全にエミリを狙い、巨大な腕を伸ばした。
その瞬間、エネルは迷いなく前に出た。
王の手がエネルの腕をがっしりと掴み、凄まじい力で宙へと持ち上げる。骨が軋む感覚に視界が白くなる。それでもエネルは歯を食いしばり、空いた拳を王に叩きつけた。
その時――
どこか遠くで何かが砕けるような音がし、
エネルの身体の奥に眠っていた魔力が、かすかな流れとなって戻ってくる。
魔法封じが、解除されのだ。
「……やっとかよ」
エネルは苦笑し、残された力をかき集めるように、エミリの方へ手を伸ばした。
彼が何か短い呪文を紡いだ瞬間、エミリの視界が眩い光に包まれ、空間が歪み始める。
「これって、まさか……!」
「こいつは俺が引き付けておく。あとは、頼んだぞ」
歪む視界の向こうで、エネルの姿がぼやけていく。涙のせいか、転移魔法のせいか、それはもうわからない。
最後に見えたのは、ほんの少し気取ったような笑顔と、怪物と化した王がエネルを床へ叩きつけようとする光景だった。
「あんなに勿体ぶってたくせに……」
エミリは震える声で呟く。
「よりによって、今この魔法を使うなんて……ほんと、酷いじゃない……」
エネルと怪物を残し、エミリの体は光に包まれて消えていく。
一人、大魔石の待つ場所へと——。
エミリは、まだ思うようには歩けない皇太子ミルコを物陰に隠すと、エネルとともに再び赤黒い霧の立ちこめる城内へと戻る。
「もう城の外には戻れないわね……エルヴィンが早く到着して、魔法封じを解除してくれるのを願うしかない」
そう呟きながら、エミリはシャンデリアを伝って移動するエネルの背中にしがみつき、
ミルコから教えられた王の間を目指し、二人は慎重に進んでいった。
もし、王がすでに怪物と化していたら。
そこで戦闘になった場合、魔法の使えないエネルがどうなるのか、考えるだけで背筋が冷える。
「……ここだけ、異様に霧が濃いな」
王の間とされる部屋に近づくにつれ、赤黒い霧はさらに濃さを増し、天井付近まで満ちていた。
これでは、上からの移動すら難しい。
「……もしかしたら、ここに大魔石があるのかも」
奥のほうを見ると、扉の隙間から一際明るい光が瞬いている。きっと、そこに大魔石が保管されているのだろう。
エミリはどう行動すべきか考えあぐねていた。
そのとき、突如として地響きが響き渡り、獣のような唸り声が耳に届いた。
その唸りは腹の底にまでひびき、エミリたちの鼓膜を震わせる。
「しっかりつかまってろ!」
地響きの衝撃で、エネルが掴んでいたシャンデリアが左右に激しく揺れ、勢いよく払い落とされる。
落下する中、下を見下ろすと、霧はさらに濃く立ち込め、視界のほとんどが真っ赤に染まっていた。
その霧の中から、巨大な人影がゆっくりと浮かび上がった。
王だ。赤黒い霧に包まれ、目は異様な光を帯び、全身から凄まじい圧力が放たれている。
エミリの心臓は激しく跳ね、息が詰まる。
目の前にいるのはもはや、人間とは呼べない姿だった。筋肉は異様に肥大し、牙が生えた口からはよだれが垂れ、目には理性のかけらもない。
「……こ、これは……」
エネルの声も緊張で硬くこもる。
怪物と化した王は、二人を認めるや否や、手を伸ばし、エネルの足をがっしりと掴み上げた。
エネルの背から払い落とされたエミリは、咄嗟に腕で頭を抱えながら後方へ転がった。床近くに漂う赤黒い霧が鼻を刺激する。
「エネル——!」
振り回されるエネルは、何度も地面に叩きつけられ、体には深い傷が増えていく。
額には汗が滲み、息は荒く、片目は腫れ上がっていた。それでも歯を食いしばり、戦い続ける。
梁やシャンデリアを使って逃げ回るものの、逃げ場は限られ、赤黒い霧を吸い込んだ影響か、動きにも次第に鈍さが出始めていた。
「くそっ……!」
王の一撃一撃はあまりにも重く、魔力を封じられた状態では、エネルの攻撃はほとんど通らない。
全力で跳躍し、梁を伝って頭上に回り込もうとするが、王はそれを察し、腕を振り上げてエネルを床へと叩き落とす。
その隙に、王はうずくまるエミリへと向き直り、ゆっくりと歩み寄る。赤黒い霧が足元から立ち上り、生き物のようにエミリを絡め取ろうとする。
「エミリ……させるか!」
エネルは血に濡れた体を引きずるように立ち上がり、再び王に飛びかかった。
拳と蹴りが交錯し、梁を使った空中戦が続くが、王の怪力は圧倒的だ。エネルは何度も床に叩き伏せられ、それでもなお、立ち上がる。
だが王は完全にエミリを狙い、巨大な腕を伸ばした。
その瞬間、エネルは迷いなく前に出た。
王の手がエネルの腕をがっしりと掴み、凄まじい力で宙へと持ち上げる。骨が軋む感覚に視界が白くなる。それでもエネルは歯を食いしばり、空いた拳を王に叩きつけた。
その時――
どこか遠くで何かが砕けるような音がし、
エネルの身体の奥に眠っていた魔力が、かすかな流れとなって戻ってくる。
魔法封じが、解除されのだ。
「……やっとかよ」
エネルは苦笑し、残された力をかき集めるように、エミリの方へ手を伸ばした。
彼が何か短い呪文を紡いだ瞬間、エミリの視界が眩い光に包まれ、空間が歪み始める。
「これって、まさか……!」
「こいつは俺が引き付けておく。あとは、頼んだぞ」
歪む視界の向こうで、エネルの姿がぼやけていく。涙のせいか、転移魔法のせいか、それはもうわからない。
最後に見えたのは、ほんの少し気取ったような笑顔と、怪物と化した王がエネルを床へ叩きつけようとする光景だった。
「あんなに勿体ぶってたくせに……」
エミリは震える声で呟く。
「よりによって、今この魔法を使うなんて……ほんと、酷いじゃない……」
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一人、大魔石の待つ場所へと——。
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